MY GREAT ESCAPE
今日知り合ったばっかりの女と、一つのベッドで寝ろって言うのか…。せめてソファでもあればそこで寝られようものの、この部屋にはそんな都合のいいものは無かった。まぁ最悪の場合、床でもバスタブでもどこでも寝られるけど…そんな事よりも俺が怪訝に思ったのはおなまえのその鈍感すぎる…無神経すぎる言動だ。いい歳の女が簡単に男(若い)を部屋に入れて、これから一緒に暮らそうベッドは一つよ一緒に寝ましょうって…アメリカってそこまで?そんなに自由な国だったのか?それとも俺が硬派過ぎんの? 「麓介…?」 黙り込んだ(きっと不機嫌な表情をしていたんだろう)俺を心配するようにおなまえが近づいてくる。何を考えているんだこいつは?別に俺にはおなまえに乱暴しようとかそういう…無理やり犯してやろうとか言う意識はこれっぽっちも無いわけだけど、まさか彼女の方にその意思があるのだろうか?モデルのバイトをしている間、そういうことは何度かあったしそれを受け入れてきたのも事実だ。女性の先輩モデルが俺とヤリたがる。衣裳部屋でトイレで非常階段の影で、無理やりキスされて胸を押し付けられて手を引いてパンツの中を触らせられた。いい気分はしないが、抵抗すると余計面倒くさい事になりそうだし先輩たちはそういうの慣れてるみたいで俺のズボンの中に手を突っ込んで俺のペニスを扱く手つきは素晴らしく洗練されたものだったので俺はそのまま身を任せ続けてきた。 から、たとえばおなまえがベッドの上で、あるいは今ここで俺にセックスを要求してきたら…呑んでやってもいい。ここに住もうが住むまいがこれから必ずどこかでおなまえには世話をかける、というか既に町を案内してもらったわけだし…そのお返しにって言われたら抵抗するわけにはいかない。それにおなまえの事は嫌いじゃない。自分勝手なところはあるけど、それは誰かのため今回は俺のためだったりする。面倒見がいい割にさばさばしていて…理由はどうあれ、1人だけでこんな所に暮らしているという生活スタイルとか、言いようの無い彼女の雰囲気のようなものには正直好感を抱かざるを得なかった。いつのまにか惹かれてた。ただ、だからこそ。ここでおなまえに体を求められたら、彼女も結局そういう…表層的なところにしか興味を持てない人間なんだ、薄情な生き物なんだなと俺は決め付けてしまう。興醒めする。 「なに?お腹空いたの?」 「は…?」 何よ急にぼうっとしちゃってー!おばさんみたいにぶつぶつと小言を言いながらおなまえは俺の背中をばしばし叩いてから冷蔵庫に向かって歩いていった。…不意を付かれたような気分だ…。俺は何を考えてるんだ…自分の浅墓で高慢な杞憂に少し顔があつくなった。なんとなく、彼女に限ってそういう事は無いような気がした。面食いだとかおなまえが可笑しな事を言うから、余計な心配事をしてしまった…いや、少し…期待していたのかも…しれない。まだすこし自分の気持ちの整理がつかない。それは多分、この部屋が広すぎるんだ。 「ねー!チーズならあるよ!チーズ!食べれる?」 冷蔵庫の前にしゃがみこんで大きな声を張り上げるおなまえはしゃがんでいる所為でローライズのズボンがずり下がって、なんとも色気の無い下着が顔を覗かせていた。ああ、これは…無いな…そういう事… 「サンドイッチとか気の利いたもん無ぇの?」 「うわッ!!新入りのくせに生意気いうんじゃないわよ!!」 ぼてぼてになったレモンを投げつけられる。それを軽く避けるとどちらからとも無く笑って、おとなしくドライのチーズを食べる事にした。おなまえは1本のワインと1つだけグラスを持ってリビングに戻って来た。そしてベッドに座ってチーズをかじっていた俺にグラスを手渡してからキャンバスの山の中からパイプイスを持ってベッドの近くに戻ってきた。 イスに座って慣れた手つきでコルクをあけると、そのコルクを適当な方向に放り投げてなかった事に。…なんて適当な奴だ…。何も言わずに顔をこっちに寄せるおなまえは普段は案外無口な性格なのかもしれない。俺は彼女が何を思い顔を近づけてきたのかなんとなく分かって、手に持っていたかじりかけのチーズを差し出してやる。当たりだったしくおなまえはそれにかじりつくと、口をもぐもぐさせながら体勢を戻しイスに座りなおした。ワインボトルの口をこちらに向ける。俺はグラスを少しだけ傾けた。 とっぷとぷとぷ… 濃厚な果実酒がグラスの半分まで注がれると、一帯にワインの香りが広がる。おなまえは注ぐのをやめるとまだチーズを口の中で遊ばせながら俺の顔をじっと見つめてきた。真剣な顔をして居るんだろうが、頬が大げさに動く所為でひどく間抜けだった。俺たちは少しの間そうして無言で見詰め合っていた。 「私と麓介の出会いに」 そう言ってもう1度、今度はワインを注ぐためではなくボトルを傾けるおなまえ。何を言えばいいのか正直分からなかった。黙ってグラスを差し出して乾杯を済ませてもいいのだけど、それじゃあどうも味気が無いような気がしてはばかられた。それに多分なにも言わないとおなまえは怒っただろう。乾杯を捧げる対象が思い浮かばずに手を止めた俺を見かねておなまえがもう1度口を開いた。 「今日から私たち、パートナーよ」 正直そういう言葉は苦手だ。 「For Great escape」 「Cheers!!」 かちんっと軽い音を立てておなまえがボトルを俺のグラスにぶつける。満面の笑みでボトルに喰らいつく様子を見るとずいぶん俺の誓いが気に入ったように思えた。 |