訳あり物件、男女7歳にして同衾せず
「さぁ!!麓介ッおかえりなさーい!!」

じゃじゃーんっと言っておなまえが大げさに部屋のドアを開ける。建物はレンガで外装を飾ったまさにアメリカって感じの建物で入り口は一つ、音の良く響く階段を3階まであがるとその階にドアは一つしか存在しなかった。全体的に暗い建物はおなまえの言ったとおりコンクリート打ちっぱなしのかざりっけの無いもので床もひんやりとしたコンクリートのまま淵には大きな埃が転がっていた。廊下の突き当たりは両側ともガラス窓になっていて2つの通りの様子ををまぁまぁな高さから眺める事ができた。

古そうに見えるドアは思ったよりも静かに素直に開いた。靴は脱いでねと言っておなまえは得意そうに俺の顔を見てドアを開けてすぐ手元のスイッチをかちんッと大きな音を立てながら入れた。ぱちぱち…と不気味な音を立てながら入り口右手に柔らかいベージュの明かりが灯った。真っ暗だった部屋に少しの明かりが入るとその部屋の広さがよく分かった。電気がついたのは小さなキッチンだった。シンクとガスコンロが2つ、赤いやかん(焦げてる)が1つ小さな冷蔵庫が一つ、しなびた野菜がカウンターに転がっている。床にはダンボールと本がたくさん放置してあった。左手にはバスルームがあった。そしてリビング…というか、寝室?なにここ?なんて呼べばいいの?

「ようこそ!My sweet homeへ!!」

広いフローリングのワンルームにはとにかくでかいキングサイズくらいのシンプルなベッドが一つ在るだけだった。家具らしい家具ってのはそれくらいしかない。あとはベッドの周りに洋服が散乱しているくらいで…ベッドの向かいの空間にはたくさんの、たくさんのキャンバスが散らばっていた。むっと香る絵の具のにおい。俺が顔をしかめるとおなまえが笑って玄関の向かいの窓を開けた。その窓ってのもすげぇ広い?ガラスの範囲が広い。なんだここ…なんつぅ部屋だよ、映画じゃねぇんだから…。

純日本家屋で暮らしていた俺にはちょっと理解できない居住空間だった。呆然としてるとおなまえが俺の荷物を奪い取って部屋の中央へ歩いていく。天井に無数に点在する蛍光灯を設置すべきところは暗くからっぽになっていた。可笑しなところだ、というかおなまえは普段こんなにも暗いところで生活しているのか…

「ここね、昔バレエ教室をしてたのよ。でも都会に有名なバレエの先生が来たって生徒がここを辞めちゃったの。それで空き家になったのを私が頼んで住まわせてもらってるのよ。電気は全部つけると明るすぎるし電気代がすごいのよね」

そう言ってキャンバスが散らばっている空間にひっそりと立っていたスタンドのスイッチを入れると、オレンジの淡い光が部屋全体を柔らかく照らした。良く見ればベッドの枕元にもスタンドがある。

「どう?いいところでしょ?」
「ああ…でもなにそれ?すげぇ量のキャンバス」

細長い無駄の無いパイプイスを囲むようにたくさんの立てられたキャンバス、床に立てかけてあるキャンバス並べて床に積まれているキャンバス。そして絵の具の臭い。

「ん、ああ私絵描きなのよ。言ってなかったっけ?」
「聞いてない」

大学で絵の先生してんのー、のん気に続けながらベッド回りの衣服を拾い集めていく。それを目だけで追いながら鼻をこすった。絵…か、自分とはずいぶん縁遠い物を職にしてんだなー。俺は部屋の中央に向かって歩きもう1度ゆっくりと部屋の中を見回し一つの疑問が浮かんだ。

「…ベッド1つしかねぇじゃん」
「え?これじゃ足りない?」

落ちていた衣服を全て適当なダンボールにつめて、ベッドのシーツを丁度整え終わったおなまえが素っ頓狂な声を上げた。このへやにはキングサイズのベッドが一つと溢れんばかりのキャンバスがあるだけだった。あと空の酒瓶。そして女が1人居て、男が1人増えようとしていた。


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