カフェで静かな読書を妨げられる女

店内の人間は大体がおっちゃんか若い男女でぱっと見ではあんまりその人間みんなに共通点なんてなさそうに見えたけど、可笑しな叫び声ってのは世界共通人間の笑い袋を刺激するらしい。3人くらいの女のグループなんて腹を抱えて笑ってた。こりゃあ、名誉毀損とかで訴えられたりすっかな…アメリカだし…裁判大国だし…

「あー、Are you okay?I'm sorry えーReally」

おっちゃんを避けるときにちょうど俺の背になってたお客の頭を思いっきりリュックサックで殴りつけてしまった。声からして女だった。急いで弁解をいれて振り返ると苦痛に頭を抱えてうずくまっていたのは日本人の女だった。

「うわー、日本人だ」
「だったら殴っていいのか?!」


二次災害でコーヒーをぶちまけてしまった彼女。芳ばしい匂いと素敵なベージュの不規則なドット柄に彩られてしまった小説を紙ナプキンで必死に修復させようとして居る彼女は、どうやらこのお店の客とは知り合いらしくおなまえーと愉快そうな英語の合間に名前を呼ばれながらあたたかく野次られていた。それに対し平気で悪態をついている彼女。店内はさらに沸いた。

「あー、すみません。火傷とかしてませんか?」
「うん、でも本が…うん。まぁいっか」
「本なら弁償」
「できないでしょ?これ日本語版だもの」

いたずらに笑って「気にしないで」と、本をテーブルのふちに置いた。リュックを下ろして彼女の向かいの席に座る頃には店主のおっちゃんが新しいあたたかいコーヒーのお代わりを彼女に差し出し「さっきの見せ物のギャラだよ」と皮肉を言った。彼女は「明日もよろしく」と返して笑った。

「それで」

彼女は淹れ立てのコーヒーに少し口をつけてから俺に向き直り、さらっと髪を撫でて話を切り出した。きっと俺より年上なんだ。見た目じゃ全然、そんなじゃないけど姿勢って言うか雰囲気が大人って感じがした。それは決してカフェインの摂取量の差でも英語力の差でもない。

「初めましてみょうじおなまえよ。…で、家出少年くんの本名は?」
「家出って…」

初対面で図星を付かれて少し動揺してしまう。俺が動揺を顔に出してしまうと彼女はとても愉快そうに、不思議の国のアリスに出てくる猫みたいな三日月の口をしてにたにたと笑った。両肘をテーブルについてあわせた手に顎をのせて馬鹿にするようないやらしいめで俺を見た。

「そんな大きなリュックサックもって、こんなとこうろうろする日本人いるはず無いもの」
「…長い目で見れば家出だけど」
「そして名無しくんはまだ宿無しくんなわけだ」
「なっ…?!」

なんでそこまで判るんだ?驚いたけど地域に精通している人間ならそういう情報(特に日本人同士)には強いのかもしれない。見栄を張ったって仕方ないし事実なわけだから返事をしないことで肯定すると、彼女はふうんと気の抜けた声を出しながらももっともっと愉快そうに笑った。

「そんなに可笑しいすか?」
「うん、だって昔の私にそっくりだもん宿無しくん」

窓の外にオモチャみたいな古ぼけたバスが一台いまにもエンジンが止まってしまいそうな不吉な音を立てながら到着した。店の客はみんなそれを待っていたようで、のんびりと席を立ち店主や彼女に軽く挨拶をして店を出て行った。電話が鳴って店主は店の奥に引っ込んでしまった。漏れ聴こえた声色からして親しい人間との電話のようで、長電話になりそうな事がわかった。


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