07 ご用事はなんですか?
夜中になる前に、私は完全なる酔っ払いになっていた。おつまみを頬張り、アルコールで流し込みっぷはぁあぁぁぁあ…テレビも消したまま、音楽もかけずに一人で外界からの生活音に耳を傾けながら、たまに鼻歌を歌ったりして楽しんでいた。

コンコン

ん?

コンコンコン

…誰だ?こんな時間に…非常識な奴だ…

「センセー!俺ッ!男鹿ッす、センセー!!」

ガンガンガンッ!扉を叩く音が大きくなっていく。

…そうだ、良く考えてみれば、石矢魔に私を訪ねる人なんて居るわけが無いじゃないか…


ああ、そうか。私うっかり男鹿くんに部屋を教えてしまったのか…!!ええ?!でも、だからって!!訪ねて来いとは言ってないでしょうよ?!しかもこんな時間…?!いったい何の用だってんだ男鹿くん!って、こんな時間に学生がうろうろしてちゃダメでしょ?!いやいや、男鹿くんは直ぐよこがおうちな訳なんだけど…!!

「センセー、入っていいっすかー?ってか入りますよ?」

私は急いで玄関まで走っていって、今にもドアを蹴り破らんとしている男鹿くんの前に飛び出した。ばっ!と両手でそのやかましくでかい口をふさぐ。

「ふぉんあんがっ」

にっこりと笑う男鹿くん。きっと「こんばんは」って言っているんだろうが、男鹿くんん!!私は人差し指を立てて「しーッ」と男鹿くんを黙らせる。私が何を言いたいか理解してないのか、男鹿くんは笑っていた目をぱちくりさせた。私は道路やら近所に人影が無いか必死にきょろきょろと目を走らせた。

…よし…誰もいないっぽい…

口に当てていた手をはなすと、男鹿くんがちょっと不機嫌そうにむくれた。何が気に入らなかったのか知らないけど、私は男鹿くんよりも、もっと不機嫌だ。

「あのね、男鹿くん。君はまだ学生なんだからこんな時間に外に出ちゃだめでしょ?」
「なんだよ、やっぱり1人じゃねぇか」

?!

や、やっぱりって何よ?!私越しに部屋を覗き込んだ男鹿くんは残念そうに、でも私を小ばかにするように目を細めて笑った。く、くそう…!!このガキぃ…!!

「女だらけのパーティーにしちゃあ、お隣さんやけに静かだったからさ…」

そう言って、さくさくと私の!女性の部屋に侵入していく男鹿くん。なんもない部屋だなっとか何とか言いながら、部屋の真ん中にぽすんと座り込んだ。

私はとにかく、男鹿くん(自分の学校の生徒)をこんな時間に部屋に連れ込みたいとは微塵も思わないわけで…とにかく追い出そうと必死になった。背中を押して放り出そうにも、男鹿くんは微動だにしないし、私が一生懸命押したところで笑い飛ばされた。

「あ、あのね男鹿くん!こんな時間に遊びに来られちゃ迷惑なのッ!」
「女友達とパーティーする予定だったくせにか?」

馬鹿にされた。にやりと笑う顔が、どうにも憎らしく、そして今の私はお酒が入っている(そしてなんか色々溜まっている)ということで、子ども相手にも大人らしい、先生らしい態度をとるような余裕は無かった。男鹿くんの背中をばしばし叩きながら喚いてやる。

「うるさいわねッ!地元から出て来たばっかりで、こっちにまだ友達なんて居ないのッ!!っていうか男鹿くん!赤ちゃんは?!15m離れると死んじゃうんじゃなかったの?!」
「ああ、それなんだけどよ。この部屋って、俺の部屋からギリギリ15m圏内でさ!いやァ、隣の部屋だったらアウトだったんだけどよぉ」
「なッなにそれ?!だだだ、だめよ!!赤ちゃんは目の届くところにおいておかなきゃ…!!ていうかなんて無責任な…!!男鹿くんひどいよ!なによ石矢魔ってこんな人間ばっか?!」

一度大きな声を出すと、自分でも驚くくらいに日ごろの鬱憤とか、なんだか余計な事までも口をついて出てくる。ああ、ダメだ。こんな怒り方、理不尽だし、ただの八つ当たりだ…いい加減抑えなきゃ…そう思っても口が回るまわる。男鹿くんもびっくりしてる。酔っ払いって怖いねぇ…

「学校は不良ばっかの無法地帯だし!皆私のことばかにするし!知り合いは居ないし、寂しいし、彼には捨てられるし…!!」

どんどんプライベートな愚痴になって、いよいよ男鹿くんの目がお皿化。ああ、しんじらんない…

自分でも言い過ぎたと思った頃には、頭から血の気が引いて、そのまま倒れてしまうんじゃないかってくらいにつかれきってた。泣き出さなかったのが唯一の救いだ。もう、男鹿くんを追い出す元気すら残ってなくて、そのまま男鹿くんの横に座り込んだ。そうだ、どうせ部屋に上げてしまったんだから、いまさらどうしようもない。テーブルの上で汗をかいてる缶ビールに手を伸ばそうとすると、ぱしっと男鹿くんに手をつかまれた。あったかい、大きな手だ。

「もう、飲まねぇ方がいいんじゃね?」
「飲まなきゃやってらんない」

手を払ってビールをあける。プシっと爽快感溢れる音は、いつもなら気持ちがよくなるはずなのに、どうにも今の私には効果なしだ。

男鹿くんは私のことをじっと見てから立ち上がった。そのまま歩いて、勝手にキッチンに入ってく。もうやだ。私すごいかっこ悪いじゃん…

「こっちにしとけよ」

差し出されたのはグラスいっぱいの水。ああ、男鹿くん。君はなんて大人なんだ…私に八つ当たりされてもなお、その余裕…先生はうらやましいよ…

でも、今の私はそんな優しさに素直に甘んじれるほど可愛い人間ではなかったので、それを無視してビールを飲み続けた。『可愛くない』って散々言われてきた理由だ。男鹿くんは、怒るかと…思った。キレやすい生徒が多い学校だ。男鹿くんも漏れなくその不良の1人なわけだから、怒鳴って怒って、出て行くと思った。

でも男鹿くんは、意固地になってビールを煽る私を立った位置から見下ろして、ふんって笑った。うわ、なんだその笑いかた…大人っぽい…

「迷惑、か?」
「そこそこ」
「さっき言ったよな?遊びに来られるのは迷惑だ、って」
「…もう1回言ってほしい?何度だって言うよ」
「迷惑、かも知れねぇけど…」

私の横にしゃがみこむ男鹿くん。私は手に持った缶を傾けながら、横目で男鹿くんを睨んだ。

「遊びに来たわけでもねぇ」

何言ってんだか、呆れて口を聞こうとも思えなかった。男鹿くんから目線をはずして、天井からぶら下がっている照明にうつした。

「好きだ」

ごばぁ

びしゃびしゃっと口の中のビールを床に吐き出した。鼻にまでビールが逆流して沁みた。むせて苦しい息を整える事もできなかった。

「ばッ?!なっなに言ってんの?!げほッバカじゃないの?!男鹿くん、あ、ッのね?!…バカッ!!信じらんない…!!」

どんどん顔が熱くなっていく。よだれなのかビールなのかも分からない液体が口からぼたぼたたれるのを必死で拭いて男鹿くんを見ると、信じられないくらい真剣な顔だった。

「いや、告白しに来たんだわ。好きです」

彼氏も居ないらしいし、あんた寂しい思いしてんなら好都合だ。さらっとそんな事を言いのけて、私ににじり寄ってくる男鹿くん。心臓がばくばくして、破裂しそうだ。

私はちょっとずつ男鹿くんと距離を置くように、後ずさってみたけど逆に壁に追い詰められてしまった。ゆっくり近づいて来る男鹿くんの表情と、シチュエーションにいけないてん末を想像してしまう。と、

『っぴゃぁあああ!!』

ちょっと信じられないくらい大きな、赤ちゃん?の鳴き声が聞こえてきた。まるでサイレンのように鳴り響いたそれに、男鹿くんが過剰な反応を見せる。ぱっと立ち上がってなにか悪態をつきながら玄関に走っていった。

「あ、返事!後で聞きに来っからッ!」
「えっ?!返事って…あ、男鹿くん…!!」

走って出て行ってしまった男鹿くん。へ、返事って…。体中が脈打つように私の心臓はひどいリズムを刻んでいた。あんなまっすぐに好きなんて言われたのは、初めて…だ。


(返事なんて出来ません、そもそももう二度と男鹿くんの事部屋に上げれません)
(なんだよ、うちのお袋のみたいなパンツはいてるくせに、お高くとまりやがって)
(・・・?!あ、あれはデザイン性よりも機能性をとらなきゃいけない種類の下着なのッ!!っていうか勝手に見るなッ!!)(干してあったんじゃん…)


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