05 近づきます
「あ、男鹿くんだ」
「あ…みょうじ」
「ダブっ!!」
「?!みょうじって…!!間違っちゃないけど!先生ってつけてくれ先生って…!!」
「わーみょうじせんせーこんにちわー」
「はーい、男鹿くんベルくんこんにちわー」

下校時刻間際の廊下で男鹿くんとすれ違う。正確には、すれ違う前になんとなく呼び止めてしまったわけだけど…

「ちょッ、男鹿くん…!!手ッ怪我してる…!!」
「え、ああ…いつの間に切ったんだ?こんなところ…」

右手の小指の付け根の側面に、深くて広い切り傷を見つけた。真っ赤な血が流れているというのに、男鹿くんは今私に言われて気が付いたみたいだ。

べろりと傷口を舐めてから、ぷらぷらっと手を振って私を見る。平気だよといわんばかりにニコっと笑って立ち去ろうとする男鹿くん。

ほとんど反射的に、私から離れようとするその腕を引いてしまった。

「…なに?」
「あ…ほ、保健室ッ!だめよ、そんな大きな怪我ほったらかしにしちゃあ!」
「いや、別に…これくらい…」
「だめ、消毒してあげるから…」

保健室は、他の教室同様に落書きがされていて、ゴミも散らかってたけど、薬品の棚だけはきちんと管理されているようだった。

とりあえず、何で切ったのかも分からないから傷口を現せて消毒。ばい菌が入らないようにガーゼを当てて包帯を巻いてやる。

「…先生って、不器用なんだな」
「うッ、うるさいッ!!」

ゆっくり丁寧にやってるつもりが、どんどんくしゃくしゃになっていく包帯の不思議。何度もやり直しているうちに頭がこんがらがってくる。

もう、本当は包帯をくしゃくしゃにしてぽいっと捨ててしまいたいくらいなんだけど、手当てしてやるって言った手前、投げ出す事はできない。

「うちの姉貴なんか、乱暴だけどもっと上手いし速ぇぜ?」
「不器用ですみませんねッ!もうすぐ終るよッ!」

ちょっとゆるいかもしれないけど、今のところ一番自然に巻けた。ふちをきゅっと小さなちょうちょ結びにしてやって完成。

男鹿くんはじぃっとその包帯を見て、ぷすっと笑った。いやッ!笑うのは失礼でしょ?!そりゃ、自分でもへたくそだなーって思うけどさッ!!

「あ、ゆるいなら…あれだよ?お家かえってお姉さんに巻きなおしてもらいなさい。あの、嫌味とかじゃなくてね?」
「分かってるよ、何にもないよりはマシなんじゃね?」

こんな包帯でも、って男鹿くんが子どもっぽく笑う。あ、いや…子どもなんだけどね。

保健室を出て行こうとする男鹿くんは、扉に手をかけたままくるっと顔を私に向けた。
なに?って聞こうとしたけど、それよりも先に男鹿くんが口を開いた。

「包帯はへたくそだけど、コロッケは美味かったぜ?」
「なぁにそれ、馬鹿にしてんのー?褒めてんのー?」
「超褒めてるっつーの」
「あら、栄光の至りですわ。では今度は包帯も美味しくしてきますわねー」

なんだそりゃって笑いながら、男鹿くんは保健室を出てった。

「可愛い子だなー、男鹿くん」

夕暮れの赤い空気に沈んだ保健室で、つぶやいた私の声は『お母さん』の声でも『お姉さん』の声でもなかった。


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