14 然様なら、さようなら
目が覚めたのはお昼過ぎで、男鹿くんが何時ごろに帰っていったのかは判らなかった。ただテーブルの上にもう1杯お水が置いてあったのを見るととりあえず男鹿くんは私にキスされたことで怒って出て行ったってわけではなさそうだ。鈍い頭痛に悲鳴を上げる頭をよしよしと撫でてから、私は学校に急遽退職させていただきたいという旨を伝えるために電話を取った。あとでコンビニに行ってレターセットを買って退職願を書こう。大丈夫、もともと先生なんて要らないような学校なんだ。私一人居なくなったところであの世界は回っていく。


「ということで、今日付けで私みょうじおなまえは石矢魔高校を退職する事になりました」

久しぶりにホームルームをやったけどやっぱり教室に生徒なんて本当に少ししかいなくって、女の子達が急すぎる!なんでー!とちょっと乱暴な言葉だったけど私が学校を去ることに対して悲しみとか寂しさのようなものを感じてくれて、正直私も寂しくなってしまった。でも特に古市くん。涙を流して私に掴みかかってくる勢いで私の退職を悲しんでくれた。

「なんで、なんで辞めちゃうんすかァア!!俺、俺…みょうじ先生が居なかったら俺ぇえ!!」
「はいはい、ごめんね。でも次に来る先生はおっぱい大きいらしいよ?」
「なッ…くっ…!!それでも俺はみょうじ先生の事忘れませんからッ!!」
「あ、でも私は既に過去の人なんだね?」

次に来る先生なんて嘘だけどねー、ごめんね古市くん。

「にして、男鹿あいつ何してんだ?先生がやめちゃうってのに」
「あー、男鹿くん?今日はお休み?」
「はい、なんか朝迎えに行ったんすけど…」

ちょっと安心、したようなでもだいぶ不安になった。今日男鹿くんの顔を見なくて済むっていうのは私としてはすごく嬉しい事なんだけど…もしかしてあのキスの所為で先生怖い学校行けない人間不信未成年淫行罪だ訴えてやる!!ってなってたら困る…。男鹿くんに限ってそれは無いと思うけど…ううーん、だからってわざわざおうちまで行ってさようなら言うってのもおかしいし…。はぁ、最後まで私の事を悩ましてくれるなぁ男鹿くんは…。



引越しの準備をするために早めに学校を切り上げる。最後にみんなにもう1度バイバイして本当に石矢魔とはさよならだ。地元の友人にやっぱりおとなしく地元に帰るよって連絡をすると彼女たちは笑ってじゃあまた飲み会しなきゃねって言った。歩きなれた道も最後なんだと思うとなんだか感慨深く感じた。男鹿くんのおうちの前を通るときなんてなんでか涙が出そうになった。よく音が響くアパートの階段を上がって自分の部屋のドアに鍵を差し込もうとドアノブを掴むと、それにはいつもどおりの手ごたえが無く簡単に開いてしまった…あ、鍵かけわすれたのか…?

「よう」
「…通報しようか?」
「別に何も盗ってねぇよ」
「住居侵入罪って立派な犯罪なんだよ、男鹿くん」
「じゃああんたは人権侵害だ」

部屋の中には男鹿くんが居た。もう、何で?とか出て行け!とか言わない、言ったってしょうがない。私は部屋に入ってさっそくダンボールを組み立てて身の回りの整理を始めた。男鹿くんはそれを黙って見ていた。手伝うわけでもなく、なんで荷物まとめてるの?引っ越すの?とか何も訊かずに。ただ、じっと座ってた。男鹿くんも喋らない私も喋らない。イケメンの若者は心優しいのだ。

もともと引っ越してきたばっかりだったので荷物をまとめるのにそんなにも時間はかからない。夜には電話しておいた友人が大きめのレンタカーに乗って私を迎えに来てくれる予定だ。後は何もすることがなくて、部屋の真ん中に座っていた男鹿くんとの距離感を考えた結果マットレスだけになったベッドのうえに座る事にした。沈黙が痛くなってきた私はとうとう口を開く。

「今日、学校来なかったね?古市くん寂しがってたよ?」
「いや、寂しがってはねぇだろ」
「あ、いや…まぁそうだけど…怒ってたよ?」
「勝手に怒らせときゃあいんだよ」
「…クールですね」
「んなこたァないですよ」

そして会話終了。ううあ…友人、はやく迎えに来てくれ…この沈黙は耐えがたいがたすぎる…!!もしもこの空気の中で「なんでキスしたの?」とか訊かれたら困る非常に困るそして男鹿くんならそういうの平気で訊いてきそうだから困る…!!天井を見て何か考えてる(?!)ご様子の男鹿くん。もう嫌な予感に心臓が破裂しそうだ…!冷や汗まで流れてきたよ…

「俺、いますげぇ怒ってんだよね」
「え?!マジですか…えっと…ごめんなさい殴らないでください」
「急に辞めるって何?俺の所為?」
「あ…それは」

男鹿くんの所為、そう言ってやりたいけど本当は私の所為だ。男鹿くんに対して可笑しな感情を抱き始めた自分がいけないんだ。そして私は男鹿くんからそんな自分から芽吹いた淡い感情から逃げるために学校を辞めて石矢魔を出て行くんだ。傷心を、これ以上傷つけないように…といっても、もう私の頭の中にも心の中にも前の彼氏のアホ面は浮かんでこなければ何かを傷つける事も無かった。今の私の頭の中は全部全部…

ぴりりりり…

私のケータイがなる。友人から「着いたよ」って連絡だった。引越しの合図、本当に石矢魔ともお別れ、男鹿くんとも…お別れだ。

「ごめんね、荷物運ばなきゃ…」

私がケータイを持って外で待つ友人の元へ行こうと、玄関に立つと男鹿くんも立ち上がって私の事を呼び止めた。振り返れなかった。私はダメな人間だから今振り返って男鹿くんの顔を見たらきっとまた泣いて、男鹿くんも自分自身も困らせることになるんだ。だから立ち止まりはしたけど、男鹿くんのほうは向かなかった。

「本当はあんた、俺の事好きだったろ?」

その言葉に、私はぎゅうっと目を瞑って涙を奥に引っ込める。涙が押し込まれた目の奥は刺されたみたいにぎんぎんと痛んでその痛みは脳みそにも心にも響いた。それでもその痛みに、寝ぼけていた浮ついていた心は引き締められてふっと小さくため息をつくと心配していたよりもずっとマシな声が出た。

「んなわけないでしょ、高校生なんてまっぴらごめんだよ」

男鹿くんは笑って私は部屋を出て行った。さよなら男鹿くん


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