09 先生と生徒ですから
「あいさつも無しかよ」
「あら男鹿くん!お久しぶりこんにちは少し背が伸びたかしらね?じゃあ私はこれで!」

バカじゃねぇの。一蹴された私のあいさつ。男鹿くんにぎゅうっとつかまれた腕があつい。放せ、痛い、くそガキ。

私は腕をいっぱいに伸ばして、作れるだけの距離を男鹿くんとの間に産んだ。顔も合わせてやるもんかと男鹿くんとは反対方向を向いた。あからさまな私の拒否姿勢は、男鹿くんを余計に不機嫌にさせる。そんな事分かっている。誰だってそんな極端に嫌がられたらムカつくもん。

「あんたそんなに俺の事嫌いかよ」
「うん」

ちょっと冒険に出てみる。

嫌いではないよ、もちろん。男鹿くんは至って可愛い私の生徒だ。見た目からは分からないけど、けっこう優しいところがあったりもする。嫌いって言えば、諦めてくれるだろう。だいたい、私を好きになる理由はなんだ男鹿くん?まさかコロッケか?包帯か?原因はさっぱり、皆目見当もつかない。

『嫌い』って言われて、傷つかないわけが無いだろう。なんとも思ってない人にそんなこといわれたら、不快になるし。好意を寄せている人間にそんな事言われたら…
「…傷ついた?」
「いや、全然」

君の心は鉄100%かァ?!

余裕そうなその声に、冷や汗。ちらりと男鹿くんの顔を盗み見ると、本当に平気そうな顔をしている。いっそうの事『その質問、なんで今したの?』って疑問の色さえ伺える。
なんてこった、男鹿くん。すげぇよ君。そのハートの強さ、ちょっと私に分けてくれれば、私もっと大人になれるのに…。

ぐいっと腕を引かれて、男鹿くんに急接近。身長差で、私は自然と見下ろされる位置で、まるで男鹿くんに覆われているようだ。すごい威圧感。さすが不良と言うか…意図的なのか天然なのかは分からないけど、ひとつひとつの仕草がすごく力強くて、抵抗する気を萎えさす様な重圧感がある。

「返事、訊きてぇんだけど」

やっぱり

「返事は出来ないって…言ったじゃない」

男鹿くんを睨み返して、出来る限り声が震えないように。こんなのおかしいけど、心臓がドキドキする。いやいや、ちがうちがう。これはアレだよね。恐怖からのドキドキだ。つり橋うんにゃら効果。私の血液が心臓発、心臓行きのエンドレス環状線をだくんだくんうるさく駆け巡っているこれは男鹿くんに対するアレだけど、あっちではない。恐怖だ。

「そいつぁ返事じゃねぇ」
「返事だよ」
「いや、肯定以外は返事として認めねぇ」
「なッ?」

なんて暴君。腕を振り払って、男鹿くんとの距離を作る。男鹿くんは、ポケットに手を入れて、まるで言う事を聞かない子供に呆れたお母さんみたいな態度でため息をついた。

下品な落書き満載の冷たい壁に背中をついて、この空間で取れる、最大の距離を置いて男鹿くんを睨む。敵意むき出しにしてみたけど、男鹿くんには通用しないみたいだ。

「で、なんで?俺のどこがダメなんだよ?」

バカ言ってんじゃないわよ!先生と生徒が恋愛なんて出来るわけないでしょうがッ!!しかも男鹿くん、ヒルダ(?)ちゃんとの間に、赤ちゃんまで居て…!!ふざけるのもいい加減にしろ!大人をからかうなッ!夜中に人の部屋に乗り込んでくるな!でかい態度で私を馬鹿にするんじゃない!汚い手つかって、私の事呼び出してッ!!なんちゃらかんちゃら!!叫びたい気持ちを抑える。

何も無い、手をぎゅうっと握って、深呼吸。そうだ、落ち着け。男鹿くんのペースに巻き込まれちゃいけない。私は先生で、大人なんだから、男鹿くんに翻弄されてちゃいけないんだ。

「あのね、男鹿くん。私は先生で、男鹿くんは学生でしょ?好意を持ってくれるのは嬉しいわ。ありがとう。でも先生は誰か特定の生徒に特別な感情を抱く事は出来ないの」

定型文みたいな言葉が白々しいほどにさらさらと出てきた。さすが、教員免許は伊達じゃないってことか。ふぅ、言ってやったぜ!はっはっは!!さぁ、男鹿くん!この私の正論に勝てるような武器はお持ちかね?はっはっは!!見ろ!正義は勝つんだ!!私は勝った気でいた。

「いいてぇことはそれだけか?」
「え?…ええ、そう、それが言いたかったのよ!」
「ふぅん。で、どうしたらみょうじ先生は俺の事好きになるわけ?」
「なッ、人の話し聞いてたの?!」

聞いてた聞いてた、耳を掻きながらてくてくと迫ってくる男鹿くん。な、なんだこの子?!私の話を聞いていたとは思えない…。この期に及んで?好きになれと?

「あのね、男鹿くん。この間は、男鹿くんの告白に動揺しちゃって、勘違いさせちゃったかもしれないけど…アレは私が酔っ払っていたからであって」

じりじりとよってくる男鹿くん。あっという間に壁と男鹿くんの間に挟まれちゃって、身動きが取れなくなった。自分の体と壁で、私のことを押しつぶそうとするみたいに体重をかけてくる。

男鹿くんは、ちょっと今までに見たことも無いような、怒った顔をしていて、チラッと一度見ただけで、正視することができなくなった。視線を何に移せばいいのかも分からずに、泳がす。

「いいから、ごちゃごちゃ言ってねぇで。俺のどこが悪ぃのか答えろよ」
「うぐッ」

あ、あごが潰れるんじゃないかって、心配になるくらいの力で、ぎゅうっとあごをつかまれて無理やり男鹿くんの方を向けられる。目だけはそちらに向けないようにしてるけど…怖い。心臓がうるさい。耳の直ぐ横に心臓があるんじゃないかってくらい、心臓がうるさい。顔がどんどん赤くなっていくのが分かる。涙すら出てきそうだ。苦しいからだ。苦しいよ、男鹿くん。

「は、放してよ…」
「放したら好きになんのかよ」
「だから…」
「泣いたからって、放さねぇぞ?」

ぽろぽろって私の目から、涙がこぼれた。違うんだ、弁解させてくれ。これは、うんそうそう。アレだよ。男鹿くんが私の体圧迫しすぎなんだよ苦しくて生理的に涙がね?ぽろぽろね?

怖すぎて泣いたとか、辛くて泣いたとか!何があろうと、空が破れて海が割れて山が崩れようとも!胸が苦しいとか、感情の溶融とか、キャパが足りないくらいいっぱいいっぱいになっちゃったとかの甘く痺れるようなほろ苦い理由の涙ではない…!!無い!!絶対にッ!!

「泣いて、ない」
「…俺はあんたの事が好きだ」
「好きに、なられるような事、してない…」
「一目惚れ。これでいいだろ」
「そんな話っ、ききたく、ない」

歯を食いしばって、嗚咽が漏れないようにこらえる私のくちびるは、怯えきった犬のようにふるふる震えてた。聞き分けの無い私に、必死に言い聞かせようと、でも怒鳴るのを我慢して、話す男鹿くんの湿った熱い息が、くちびるにかかる。

目をぎゅっとつぶって、絶対に男鹿くんの顔を見ないようにする。顔は見えないけど、気配で男鹿くんの様子が分かる。すっと、息を吸って静かになったと思うと、ほんのあと少しでくちびるに触れようとする。でも、ためらってまた少し退く。2、3回そんな事を繰り返す男鹿くん。もいやだ、やめろ男鹿くん…

「ちょッ、ヒルダさん…!!今は…」
「おい!男鹿ッ!!いつまで坊ちゃまを放っておく気だッ!」

ちょうど、頭上の階段から声が聞こえてきた。男鹿くんは、金曜の夜のように、また舌打ちをして、何かいいながら私から離れていった。今度は少しだけ、名残惜しそうに…
そう感じたのは、私の自惚れなのかも知れないけど…。肩を掴んでいた手に、離れる直前、ぎゅうっと力が入れられた。

「あんたは俺の事、どう思ってんだよ」
「…呼んでるよ?早く行かなきゃ…」

男鹿くんから顔を背けてそう言ってやると、男鹿くんは何も言わなかったけど、直ぐに階段を上がって行った。

私は、そこから動けなくなってしまった。足の力が抜けて、まるで麩菓子がぱすっと折れちゃうみたいに折れて、床にぺたんと座り込んでしまった。

体が震える。心臓がドキドキしているのが抑えられなくて、どうしていいのか分からない…。何度も、あんな風にまっすぐ、好きだなんて言われたら、頭がおかしくなりそうだ。だけど

「やっぱり、彼女大事なんじゃない…」

つぶやいた声が、自分でも悲しいくらいに切なくて、涙を誘った。だめだ、そんなの。いけないことだ。分かってても、理屈じゃないって…これのことなのか…。うらむよ、男鹿くん。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -