08.臆病男の子
昼飯を済ませて体育館で練習しようと思い、教室を出ると室内じゃ分からなかった凄まじい晴天に目が眩んだ。ガラス張りの渡り廊下からは中庭がよく見える。仲良く弁当を広げている集団や、上着を脱いで走り回ってるあからさまにアホな集団。あー…いいかげん暑ぃ…、ジャケットなんて着ていられるような気温じゃねぇよなァ…

校舎から体育館につづく、今度は開けた渡り廊下に差し掛かると吹き渡る風が気持ちいい。ジャケットは手に、ネクタイを少し緩めてシャツのボタンを1つだけ開けるだけでけっこう体感温度は変わる。耳を澄ますとドリブルの音やシューズの摩擦音が聞こえてくる。…破壊的なダンクの音、…黄瀬か?体育館の格子戸から中の様子が見えないものか、体育館のほうばかり見て歩いていると急に、すぐ近くに人の気配がした。気配って言うか、気がついた時にはもうぶつかっていた。

「わっ申し訳ないッ」
「悪ぃ、俺も余所見…」

丁度おれの胸辺りに全速力で思いっきり頭突きをかましてきた女子。相当慌てて居る様子で、むしろ彼女のほうでも余所見をしていて自分に過失があるような言い草だ。とっさに、目の前の頭を手で押さえる。さらっとした髪の手触りが妙に手のひらに馴染んだ。身長差の所為でつむじまで丸見えで、なんか間抜けだこの子…。

って!こんな風に女子に触ってちゃ、あっあの!!エロい奴だとか勘違いされるんじゃねぇか?!ってかそもそも髪とか触ってんじゃねぇよ俺ッ!!変態かッ痴漢かップレイボーイじゃねぇんだからッッ!!慌てて手を放して、馴れ馴れしくした事を弁解したくて口を開こうとしたけど、そんな事より頭突き女子は尋常じゃなく急いでいるらしく、俺の気も知らないで(気づかれても不都合だが)自分の頭を押さえ込んですぐに走り去って行ってしまった…。…なんだアレ…。謝るくらいならよそ見して走ってんじゃねぇよ…。ぶつかられただけで痛むような体じゃない。というか、思いっきりぶつかってきたあの子の方が心配なくらいだ…ちょっとコミカルなまでにフラフラしてる…、…頭を触った手に、まだ生々しい髪の手触りが残ってて、良くも悪くも感慨深かった。

「あ!笠松くんッ!!みょうじちゃん捕まえてー!!」
「…はッ?」

向き直って体育館を目指そうと思えば、前方から走りこんでくる同じクラスの女子グループ。動揺してる暇もくれない彼女達は息を切らしながら興奮気味に叫ぶ。こ、こわッ…。ぐっと縮まった距離に、緊張で昼飯が舞い戻ってきそうだ…。

「みょうじちゃん超足速いんだけど…!!マジやばい!!」
「このままじゃ明日もうちらの奢りじゃんジュース!!」
「ちょっと笠松くん!みょうじちゃん捕まえてきてよッ!!」
「…え、あ…いや…」

状況が把握できない、緊張と動揺と羞恥と何かとてつもないストレスで口が乾く…。喉が絞まって、指先までがちがちに固まってしまう…う、わー…な、なんだこれ…こういう、の…久しぶりってか…あ、れー?!俺ここまで?こんなにダメだっけ?こんなに重症だったか?女子への苦手意識…もうこれアレルギーの域だろ?!ダメだこれこれダメだ…!!意思疎通できないことすら伝わらねぇ…!!

「ぷふッ…笠松くん本っ当にダメなんだねっ」
「ねー、みょうじちゃんとは普通にしゃべってるから平気なのかと思ったー」
「ごめんね、なんかびびらせちゃって?うちらもう行くから」

わ、笑われた…けど、解放されてよかった…。じゃーねーとか、愉快そうに手を振られたが…それに笑顔とか手を振り返すとかで返事が出来たらなんの苦労もねぇよなァ…。はぁ…なんかすっげぇ疲れた…。ってかそもそもなんでみょうじ追いかけられてんの?ってか、え?じゃあ、さっきぶつかって来たのみょうじ?あ、…え?声みょうじだったか?…き、気づくわけ無ぇ…よなァ…。一瞬だったし、普段のみょうじの声ってお面越しでくぐもってるし…。ってか…頭とか…触っちまった…


「見ぃてたっスよー、笠松センパーイ」
「?!…黄瀬っ」

突然現れた黄瀬が、ボールで顔をちょっとだけ隠しながらすげぇ嫌味な顔をしてたからとりあえず蹴りを一発。痛ってぇっスよ!!とか癪に障る声で喚くからもう一発食らわせてやると、今度は俺をバカにするようなニヤニヤ笑いで甘んじて蹴りを受け入れた…なんだコイツ?気色悪ぃ…黙って練習戻ればいいのによォ…

「センパイ女の子からモテモテだったじゃないっスかー!!」
「あ、あれはクラスの女子だッ!!そういうんじゃねぇよッ!!タコっ!!」
「そうっスよねー?センパイにはコスモス先輩がいるんスもんねー?」
「はァ?」

コスモス先輩って…誰だ?みょうじの事か?…っみょうじの事なのか?!にやにや笑いをやめない黄瀬に鉄槌を食らわせるほどの冷静さを欠いていて、非常に情けない話だが少し取り乱して黄瀬に掴みかかり問いただす。

「まーまー!落ち着いてくださいよ!」
「うるせぇンだよッ!!さっきのどういうことだよ?!」
「たまたま見かけたんスよ!3年の校舎行ったら先輩がコスモスと仲良くしてるとこ!」
「なっ、なかよくってなんだよッ!!そんな事してねぇよ!!」
「ムキんなんないで下さいよ、ってかセンパイ冷たいっすよ…コスモスの事知ってたんなら教えて欲しかったっス…」

驚いた…。そ、そうか…まぁ、そう…だよな…女子と交流が無い俺が、みょうじ(顔面はコスモスだけど、制服は女子の制服だから傍目はもちろん女子…!!)と話してたら…それだけで、仲良い、とか…あ、いや…実際、席が隣同士だし話が面白いから仲が良いって点では否定する気はないし、しきれないのも事実だが…!!ち、っげぇよッ!!それはいいんだよッ!!た、ただ…な、ななんだよ!!その、付き合ってんだろ?見てぇな言い方ッ!!

「みょうじはただのクラスメイトだッ!!席が隣で話す機会が多いってだけだッ!!アホっそんな事ばっか考えてねぇでさっさと練習もどれッ!!」
「そんな事ばっか考えてるわけじゃないんスけど…ってか、これ自主練なのに…!!」

泣き言を抜かす黄瀬の尻を蹴飛ばしながら、正直どんどん顔が赤くなっていくのが止められなかった。「ただのクラスメイトだッ!!席が隣で話す機会が多いってだけだッ!!」なんて…黄瀬言ったんじゃなくて、自分に言い聞かせてる節があるんじゃねぇのか…?感じたことの無いタイプの緊張に蝕まれる何かが、もどかしく痛い。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -