06.ユウウツマン
先の誠凛高校との練習試合を終えてから、メンバーの空気が変わりつつあった。それは一様に黄瀬の変化がもたらしたものなんだろうが、以前よりずっといい雰囲気で体育館は盛り上がっている。黄瀬目当てのギャラリーは相変わらずだが、レギュラーをはじめ部員はみんなそんなものに集中力を欠かされることなどなく、チームや自分のペースで練習をこなすほど精神面が成長した。

まだまばらに集まっただけの部員が好き好きに個人練習をしている体育館の入り口で、自主練の前のストレッチをしながら今日は何すっかなーと考えていると凄まじく興奮した面持ちの黄瀬が、フラフラと更衣室から出てきた。な、なんだコイツ…。顔を真っ赤にして、新幹線に奇声をあげるガキのような表情…

「なんだよ、とうとうファンに薬盛られたか」
「笠松センパイ…やべぇっスよ…センパイぜってぇ信じないっスよ、マジすげぇやっべぇんスよ!!」

でかい図体を威勢よく暴れさせながら意味の無い言葉ばかり並べる黄瀬を蹴っ飛ばして話をさせる。何見たってんだよ、ったく…くだらねぇ事だったらもっかい蹴っ飛ばしてやる…。なんか近頃、俺のまわりの人間は無駄にじらすのが好きなようで、気が長いほうではない俺としては煩わしいことこの上ない…

「へへ、見ちゃったんスよ!!マジでっ!!マジで居たんスねっあーもう!!超感動っス!!写真撮りたかったァ!!あーマジすっげぇ!!」
「だから何を見たんだって訊いてんだよっ!!」
「ウルトラマンっ!!」

…嫌な予感

「しかも、コスモスっすよ?!俺マジでコスモス大好きだったんスよ!!劇場版も全部映画館まで見に行ったんスよっ!!やっべぇマジで本物見ちゃったやっべぇええ!!」
「…どこで見たんだ?コスモス」
「あ、笠松センパイもコスモス世代っスよね?今行ってももうきっと居ないっスよ!!ってかマジやべぇえ!!」
「うっせぇ!!どこで見たんだって訊いてんだよ!!何度言わせる気だ?!一日ボール磨きさせッぞ?!」
「ひっでぇ!!体育館と校舎の渡り廊下っスよ!更衣室の窓からチラッと…」
「森山きたら部活始めろって言っとけ」
「だから、もうきっと居ないっスって!」



渡り廊下…部活が無い生徒はみんなもうとっくに下校して校舎は空っぽ、俺の知ってる身近なウルトラマンコスモスだって部活には所属してないから、居るはずがねぇのに…、…居たしな…。夕日を浴びてひっそりと膝を抱え込んだ小さいコスモス。こんな寂しげなコスモス初めて見た、みょうじとしても、こんな哀愁を帯びた姿を見るのは初めてだ…。

「どうしたんだよ、みょうじ…」
「笠松くん…」

ゆっくりこっちを見上げるコスモス…いまだかつてこんなに弱りきったコスモスを目にした事があっただろうか?…夕日で出来た小さな影が、コスモスらしからぬ華奢なみょうじを思わせる。お面にくぐもった声にも、元気が無い…

「大丈夫かよ、なんか元気ねぇみてぇだけど…」
「…ごめんね、部活だったよね…ごめん」
「調子狂うなァ、なんか用事だったのか?」

ここで、背中を擦ってやるでも頭を撫でてやるでもしてやれれば、みょうじをこうまで落ち込ませている何かに逆らって、元気付けさせたり楽にしてやる事が出来るのかもしれない…が、俺には出来ない…。発想はあっても、行動に移せない…情け無いが、これが事実だ。黄瀬にきいて、追ってここまで来ただけでも俺としては自分に驚くくらいの積極性を見せている。

「笠松くんの筆箱にさ、私のシャーペン入ってなかった?あの、ピンクのやつなんだけど…」
「ないのか?…いや、俺のには入ってねぇよ…さっき使ったけど、ピンクなら気がついたはずだ」

更衣室でメモを取る用事があって筆箱を使った。そんなもの見当たらなかったのは確かだ。自分の筆箱にピンクのペンなんてあったらその場違いなカラーリングに違和感を覚えるに違いない。

「そっか…ありがとう、それ訊きたかっただけだから…えーっと、じゃあ部活がんばってね!」
「あ…!おい…」

さっと立ち上がって、軽くガッツポーズを見せるみょうじ。無理やりな激励が痛い…。肩を掴んで校舎に入っていくのを止められないし、シャーペンがどうかしたのかよと問いただす事もできない…。あ…!おい…、から言葉が続かない…。なくしてしまった、探すのを手伝ってくれと頼まれたのなら、手伝う事は厭わない…。ただ、自ら切り出す事はできなかった、そしてみょうじが手伝いを俺に請うなんて事あるはずもないとも分かっていた…。
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