04.万歳、順応性
授業中に、こんこんっと軽い音がして視界のふちを何かが跳ねた。ノートの上をさまよっていた俺の視線が的確にその「何か」を捉える事は出来なくって、それでも動物としての反応なのか、動くものを咄嗟に目で追いかける。でもその「何か」はもうどこか俺の目の届かないところでじっとして、気配を感じさせることも音を立てることもなくなってしまった。なんだったんだ…?気にはなりつつも更新され続ける黒板に向き直ろうとすると、目の前にコスモスのメタリックな顔面が現れた。

(げッ!!…みょうじお前っ、授業中はコスモス禁止だろ?!)
(うーん、そうなんだけどさ…ごめんね、私の消しゴムが飛んでッちゃって…)

コスモスに扮したみょうじが指差すのは俺の足元。イスの影になって自分では気がつかなかった「何か」をコスモスがじっと見つめる。ああ、みょうじの消しゴムだったのか…。

(ほら、もう飛ばすなよ)
(わー!感謝感激雨アラレ!!)

俺から消しゴムを受け取ったみょうじは、俺の意識的な死角でコスモスと決別して一般的な女子高生の姿に戻る。みょうじのコスモス姿には慣れたもんだ…いや、そっちの方が接しやすい、というか…みょうじの配慮があってのコスモスで、そのコスモスのお陰で成り立っている俺とみょうじの隣人関係な訳だが…。正直、みょうじの顔をちゃんと覚えてないって言うのが、失礼な話だよなー…、ってかアイツお面被るタイミングが上手すぎるんだよな…。出し抜いて顔を盗み見てやろうって訳じゃねぇけど…。俺が振り返った瞬間にぱっとコスモスになる瞬間、どれだけ唐突な場面でもちらっと見えるのは前髪とか、丸い顎とか…ほんの一瞬、しかもだいたい一発で綺麗に被りきる。あの技術には本当に感心する…。


「で、コレがそん時の写真で」
「おー!!本当に雑誌に載ってる!!すげー!!」

休み時間にトイレから戻ってくると、俺の席に座った森山がみょうじと何か雑誌を覗き込んではしゃいで居る。みょうじの後姿は、なんとも柔軟そうにくねっていて猫みたいだと思った。いつもはゴムの先が一本走っている後頭部も今は何にも縛られてなくて、実に自然体だ。みょうじは俺以外のやつと喋るときはコスモスにならない。森山はもちろん、クラスの女子や教師と話すときは完全にお面を外しているか、あるいはいたずらっ子のように頭の横に引っ掛けてある。今は手に持って居るようだ…

「あ、笠松!」
「笠松くん!」

森山が俺に気がついて、その合図でみょうじはコスモスになる。ぱっとこちらを振り返って興奮した様子で手招きをするみょうじ、それを見てにやにや笑う森山がいけ好かねぇ…。

「何はしゃいでたんだお前ら」
「これこれ!!すごいね海常のバスケ部って!!」
「なっ!!これ…!!」

海常のバスケ部が取材を受けた月バス号。…海常ってぇかは、ほとんどキャプテンである俺への取材だったわけだが、そういう事を自慢したりしようと思ったりするのを好まないから、そんな雑誌ではしゃがれても羞恥しか感じない。さらには練習風景と称されドリブルしている俺をメインに映された写真が掲載されているページを、すごいすごいとはしゃぎながら俺本人に突きつけてくるみょうじ。騒がれれば余計に恥ずかしいし、みょうじの嬉々とした大声に、クラスのやつらが集まり始めている…!!

「森山ってめぇ人を見せもんにして楽しいかっ?!」
「楽しい。し、俺とみょうじちゃんが騒いでるのはお前の平凡なドリブル姿ではない」
「あ、いや!この笠松くんもめちゃめちゃかっこいいんだけどね!かっこいいんだけど!」

森山とみょうじが片手ずつ使って雑誌をぎゅうーっと引き伸ばす。みょうじはその合間、もう一方の片手で俺の背中を叩きながら犬みたいにぎゃんぎゃん吠える。か、かっこいい、とか…!!あんまでけぇ声で言うんじゃねぇよッ!!心にも、お、思ってねぇくせにッ…!!

「この森山くん見て!!すごくない?!」

写真の奥の奥の方、ピントの合ってない小さな小さな選手を指差すみょうじ。…え、それ、森山…?じーっと雑誌の粗い写真を凝視してみても、人物を特定する事は到底不可能。なのに、森山は自慢げに、みょうじは感動しながら、その小さな選手を指差して俺にもっとよく見ろと雑誌を突きつけてきた。…んー、よく見たって…なんだ?すげぇプレイをして居るようには見えないし、そもそも写真だ…動きが良くわからん…何がすげぇんだ…?ってか、コレ本当に森山か?

「写真がブレてて、腕が3本あるように見えるのッ!!森山くんすげぇ!!反対の腕あわせて千手観音まであと996本だよっ!!すげぇ!!」
「まぁな、まぁな!!みょうじちゃんが腕貸してくれればあと994本だけどね!」
「あ、じゃあ笠松くんも腕貸してよっ!!そしたら992本だッ」
「…お前ら、それ何がおもしれぇの…」


森山とみょうじが仲良いのは別に俺がとやかくいう事じゃねぇけど、俺を巻き込むのはやめて欲しい…。呆れている俺に気がついているのか、荘厳なコスモスの奥ではどんな顔をしているのか分からないけど、なんとなく嬉しそうなオーラを讃えるコスモスが俺の顔を見上げてた。

「笠松くんのバスケットマン姿ももちろん素敵だけどね!」

返す言葉が見つからなくて、とりあえず、子供心なりに敬愛していたはずのコスモスのよこっつらを軽く張った。凛々しい面立ちにそぐわない「うむぎゃ!!」なんて奇声を上げてみょうじが過剰なリアクションをとれば、森山に『女の子の扱いについて、傾向と対策』を解かれる事になる。

「#寸止め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -