01.バイト女バスケ男
もうすぐ夏休みも終わりだなーって。ファミレス特有の、ドリンクバーのガムシロップがこぼれて固まったねちゃねちゃがこびりついたテーブルを拭きながら、ガラス張りの向こうの眩しいくらいの午後2時過ぎの青色の空を仰いだ。笠松くん、もう1日オールの練習だなんてすごいなァ…。"バイト"の文字が並ぶ私の手帳のバツ印はもう8月も下旬に差し掛かってる。海常が負けてしまったあの試合から…笠松くんへの思いに、ようやく気が付いた、あの日から…もう、1週間になるんだなァ…

海常青春白書

『ちゃんと届いてるか?』

笠松くんからの初めてのメールは、なんというか…うん、シンプル…って、言うか…笠松くん"らしさ"に溢れてて、文面から溢れる、下手くそさ?というか、不器用さ、みたいな物が、なんだかそれが、無性に嬉しくてくすぐったくて、1人の部屋で声を上げて笑ってしまった。『ちゃんと届いてるよ!今日はお疲れ様!ぐっすりおやすみ!!』素早く返信して、仰向けに寝転んだベッドの上でケータイを握り締めた。どくんどくんって丁寧に心臓が鳴ってて、眼を閉じて、いまだかつて見たことの無い自分の心臓が、どくんどくんと動いてる様子を想像してみる。耳の奥の脳みその最奥でその音が響いてて、心地いいのに、落ち着かない。どくんどくんの小さな振動が、数時間前の出来事をフラッシュバックさせる。あの時はもっとはやく、もっと強く脈を打っていた私の心臓。

ロッカーで泣いてた笠松くんを、かわいいと思った。真っ赤になった耳に、触れたいとか…思ってしまった。握った手の、ごつごつした感じとか、あったかいのとかが、手を放した後でもずっと続いてて恥ずかしく思った。ロッカールームを出て、森山くんたちと合流する寸前まで、握ってた手。右手でスポーツドリンクの袋を持っていた私の左手を、右の肩から左手に向けてスポーツバックを提げてる笠松くんの右手が、ぎゅううって程じゃ、ないんだけど…きゅっと、控えめに…恥ずかしそうに、握ってくれるから…なんだか私も恥ずかしくて、ぎゅって握り返せなくって、手を握られてることには気が付いてないよー!って感じで、ゆるーく、笠松くんの右手の形に添うような形に左手をつくった。

帰りの電車は私たち4人がちゃんとみんな座れるくらいに空いていて、乗り込んだ順に、笠松くん、私、森山くん、黄瀬くんの順番に座った。さすがに、やっぱり電車の中ではコスモスのお面は目立ってしまって(電車に乗り込んだ瞬間におばあさんが声を上げて驚いた所為で、一瞬でみんなが笠松くんに注目したから)恥ずかしいってお面を外してしまった。私はそれを受け取って、かぶろうとしたら、笠松くんに止められた。

「え、でも」

小さな声で「大丈夫、だから」って言う笠松くんは、スポーツタオルで出来るだけ自然に見えるように顔を隠してた。それでも、なんだか、笠松くんとコスモス無しで向き合うのが、なんでか私が、恥ずかしくって、隣り合ったんだけど、笠松くんの方に背中を向けるような角度で座った。心臓が、うるさい。森山くんは私に西側三列目1番はじっこにすごくかわいい子が来てたんだ!!って力説してくれた。私、その人の隣に居たよ?って言うと、森山くんはビックリするくらい無関心な顔をして「ふーん」とか言うから、なんだいそれ?!私には興味関心ないのか?!ちょっとまえまではあんなちやほやしてくれたのにさ!なんなのさー!!森山くんの肩に連続パンチを食らわせてると、「えー?だってー、みょうじちゃんはさー」とか、なんかいやらしい間延びしたしゃべり方で、私を通り越して笠松くんの事を舐めるように眺めてた。おい!くそう!私の話を聴けってんだ森山くんこの!この!!わき腹へのチョップ攻撃に切り替えた頃に黄瀬くんに「みょうじセンパイ、電車ン中っスよ」困った顔で注意されてしまった…く、くそう…先輩の尊厳無しかくそう…。森山くんへの連続攻撃の所為で、ずりずりと体が笠松くん側に流れてたのに気が付いたのは、追い込まれて、肩身の狭い思いをしてた笠松くんが顔を真っ赤にして私の肩を後ろから押して「近ぇよ…」ってつぶやいたとき。そっぽ向いた耳が、また、真っ赤になってて、体全身がきゅうんっと痺れた。

黄瀬くんは何か用事があるみたいで、私たちよりはやく電車を降りた。「黄瀬くん、お疲れ様。気をつけて帰るんだよー変なおじさんに気をつけてねー」って手を振ると、ドアの向こうで笑って、私に向かって怒ったフリをして「オレ女の子じゃねェっスよ!」って言った。それから、スイッチでも切り替えたみたいにぴしっと姿勢を正して、車内に向かって凛々しい声で「お疲れっした」って短く礼をした。「おー」ってぶっきらぼうに返す笠松くんと「おつかれー」って手を振る森山くん。私も黄瀬くんに手を振ると、もうドアは閉まろうとしてて、プシューって音の向こうで、黄瀬くんは子どもっぽく可愛く口角を上げて、まるでいたずらっ子のように笑ってた。

「黄瀬くんってかわいいね?」
「あれ?みょうじちゃん、ああいうのタイプ?」
「ううん、タイプではないなー…きゅんってこない」
「じゃあ誰にならきゅんってくる?」
「あらやだ、セクハラはおやめくださいー」
「良いではないか、良いではないかー!」
「あーれェー」
「なんでお前らってそんな楽しそうなんだ…」

笠松くんも混ぜて欲しいんだー?って笑って小突くと、おいバカがうつる!やめろ!って汚いもの扱いされてしまった…!心外だ!って顔をすると、ふっと、きつい結び目を優しく解くような、そんな、蕩けそうだけど、しっかりと、でも、ほんわりと…例えようのないくらい素敵に、笠松くんが笑った。え、あ…わ、かさま…つ…くん…それ、は…反則…

「俺も構ってよー」

森山くんが、ずいっと私を笠松くんの方に押して、寄せる。おわっ、体勢、崩れる…思って、笠松くんに、もたれちゃうんだと、思ったのに、笠松くんは弾かれたように立ち上がって、私は支えのあてをなくして、ぐえっと倒れた。笠松くんと森山くんがぎゃあぎゃあ言い合いをしてて、こらやめなさいよって注意しようとした時に、ちょうど、目的の駅に停車。タイミングよすぎるでしょうよ…

電車を降りて、ホームに忘れ物みたいにおいてあるベンチに座ってまたちょっとしゃべった。って言っても、2人が質問して、私がそれに答えてるだけだったんだけど…。課題終わった?とか、休み中は何してるの?って。課題は7月中に終わらせちゃうタイプなんだよ、休み中はバカみたいにファミレスのバイトを入れてるんだよ、クラスの子とカラオケ行ったりしたよ、本屋さんに行って好きな作家さんの本を2冊も買ったんだよ、1冊はすごく面白かったんだけどもう1冊はちょっと微妙で読む順番間違えたなーって思ったよ、たまに歩いてコンビニまで行ってアイス買ったりして公園で食べたりしたよ、お家でかき氷もしたし、友達と花火にも行ったよ、おばあちゃん家に泊まりに行って、大きなショッピングモールにも行ったよ、ちょうどセールしてていっぱい服買っちゃって、でもバイトしてるから大丈夫なんだよ、映画も見たよ、私じつは映画好きなんだよ、DVD借りて観るのもいいけどね、映画館で観るのがいいよ、たまに昔の映画再上映とかするから、そういうのは逃したくないなー、でもね、ほとんどバイトしてたよ、バイトの先輩とご飯行ったりしたよ、たくさん遊んだんだよ…

しゃべってるうちに、声が震えてきた。にこにこ私の話を聴いてくれてる森山くんも、聞いてるのか聞いてないのか良くわからないけど、ところどころ突っ込みをいれてくる笠松くんも、ずっと、ずっとずっと部活をしていたんだろうな。私がバイトしてるときもカラオケで騒いでるときも特別に美味しいご飯を食べに行ったときも映画を観ているときも花火に行くための浴衣を選んでるときもお買物してるときも、ずっとずっと部活をしてて、がんばってて…今日、勝ちたくて、勝ち進みたくて、優勝したくて、がんばってたのに…

「森山くんも、笠松くんも…本当に、お疲れ様…うぅっ」
「ちょ、みょうじちゃん?!どうしたの?!」
「うぅぅッ、だ、だって…2人ともっ、部活ゥっ…」
「…みょうじ、俺ら冬まで引退しないんだけど?」
「…ふゆ…?」

え、運動部って…こう、夏の大会?甲子園?的なのが終わると3年生って引退なんじゃないの?冬?え?バスケって冬にも大会があるの?え、おいこら2人とも何わらってんの?ふざけんじゃあないよ!なんなのさ!くそう!私の、この、なんか、こみ上げる、この、あれを…かえせよ!!かえせよ!!!!

「笑い事じゃないのに!」
「だってみょうじちゃん、自分の事みたいにッ…嬉しくッぶふぉ!」
「笑ってんじゃん!嬉しくてとか嘘じゃん!100%バカにしてるじゃん!」
「ふっははは!引退試合かと思ってたのかお前?くっぅはははは!」
「あっ、くっそう!笠松くんなんてさ!さっきまで泣いてたくせにさ!」
「あっ、それ言うんじゃねぇよ!」
「あ!そういえば2人でロッカーで何してたんだよ?ちゃんと全部話せよ!」
「え…あ、っと…」
「メアド交換してたんだよ、ね?笠松くん」
「お、おう…」

えーなにそれーどういうことー?メアドと言う名の本当はなんだよー?笠松くんに絡んで遊び始めた森山くんは、まるで酔っ払いで、いつもの教室でのやり取りを見てるみたいで笑えた。いつも通りとは全然違うのに、まるでいつも通りで、それでも何もかもが違って、一瞬だけ目が合った笠松くんは、まだちょっとまぶたが腫れぼったい感じがしたけど、1秒よりも短い時間で私から視線を外したから、コスモス無しではやっぱり難しいものかなー?とか。手に持ったお面を見つめてみれば、荘厳なシルバーは夏の夕方の桃色の空を映して、うっすら照れてるように見えて、照れた。

そういうのが、1週間前
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