12.自慢のジェットぶっ飛ばす
走って…走って…、…走って…どうする…?


はたと、止まってしまった私の足。手に持った荷物が重たくて、結局スポーツドリンクを笠松くんに差し入れできなかった事が情けなくて、試合前に「がんばってね」も言えなくて、そもそもバスケットの事なんて何にも知らなくて、試合中の笠松くんの真剣な姿が刺さるように痛くて、それでもぎゅうっと胸を締め付けるくらいに脳みそに焼き付いちゃうくらいにかっこよくって、どれだけがんばれって思ったって、私は笠松くんのために何にも出来ないんだって悲しくなって、森山くんも黄瀬くんも海常の人たちはみんながんばったのに試合に勝てなくって、何がなんだか分からないくせに今どうしても笠松くんに会いたくて…ぼろぼろ零れてくる涙を拭いながら、宇宙からやって来た神秘の巨人ウルトラマンコスモスのお面を被った。

角を曲がったところで、視界の端にちらりと『海常』の文字が見えた。帰ろうとする森山くん達だっ!!笠松くんも一緒に居るはずだと思って声をかけたけど、届かなかった。試合が終わったばかりの会場は観客席から廊下から入り口まで、たくさんの観客の興奮冷めやらぬ声で溢れかえっていて、反響に反響を重ねた到底日本語には聞こえやしない音の流れが滞ることなく当然のようにに私の声まで呑み込んでしまったんだ。せめて追いかけようと走り出したけど、おかしいな…見慣れたはずの笠松くんのツンツンした黒髪が見当たらない…。人数を数えてみても、どうにも試合に出ていた人数には足らないみたいだ…。あら?笠松くんは…?咄嗟にケータイを取り出してみたけど、あ…ダメじゃないか…私まだ笠松くんにケータイの番号もメールアドレスも教えてもらってなかったんだ…。ぽつんと廊下に立ち尽くしてたって、仕方ないっ!!きっと笠松くん控え室においてけぼりにされてるんだ!着替えが遅いとかどうとかで!!じゃあ、森山くんたちに置いて行かれちゃっても一人ぼっちにならないように見つけてあげなきゃ…!!勝手で自惚れな使命感に体のそこからこそばゆい興奮が湧き上がる。

森山くんたちが、こっちから…あっちに行ったって事はー、あっちの方に控え室があったわけだな?!ようし!!行ってみよーやってみよー!!あ、もしも笠松くんが「森山達おいてきやがって!!」って怒ってたら、とりあえずジュースをあげて落ち着かせてあげよう!!それからじゃあ一緒に帰ろうって、一緒に電車で帰って座らずにつり革にも捕まらずに、どっちが長い間与太らないでいられるか勝負しよう!!あ、でも笠松くん疲れてるんなら座らせてあげよう!!席がもしも1つしかなかったら譲ってあげよう!!もしも、もしも席が1つも空いてなかったら、私が空気イスして笠松くんを座らせてあげよう!!それで、観覧してたときに隣の人がすごい美人だけど、すごい黄瀬くんって子の大ファンですごいすごかったんだよ!って話をしてあげよう!!すごい美人さんの話なんてしたら、きっとすごい照れたりしちゃうんだろうなッ!!アヤリーン達に話しかけられたときも、全然顔見てくれなかったって笑われてたし、笠松くんってば本当に女の子が苦手なんだからなァ!!おもしろい!!また一緒にブランコしたいな、いつか二人乗りとかしたいな!私が座って笠松くんに漕いでもらって『ガッタン』ってやってもらえたらきっとすごく楽しいだろうなァ!!また笠松くんがお尻から落ちちゃっても、きっと私笑い堪えられなくってまた笑っちゃって、また笠松くんに怒られるんだろうなァ!!あ、でもその前にメアド訊かなきゃな…今度は断らずに、教えてくれるだろうか…?…もし、断られたら、前みたいに…へらへら笑ってらんない…なァ…わたし…、…笠松くん…海常に転校してきてすぐに、かっこいい子だなーって思ったけど…仲良くなりたいなって思ったけど…まさか、こんなに執着しちゃうだなんて思ってなかっ『海常高校控え室』おおおおお!!見つけたァアア!!

興奮してすぐにドンドンってドアを叩いた。だって急に入るのはさすがにマナー違反だ!!もしも着替えてる最中だったら恥ずかしいし、びっくりしちゃうからねっ!!あ、でも笠松くんとか着替えしてても平気そうだなァ、え、でもどうかなァ?逆に女の子みたいに恥ずかしがるかもなァ…どっちにしろ笠松くんってだけで面白い。…って、そんな事ばっかり考えてるから気がつかなかった。ドアを叩いた後にはっとした…けど、遅かった。誰かが声を上げて泣いているのに気がついた時には、私の無神経な拳がマナー違反どころじゃないプライバシーの侵害を犯していた。心臓がきゅうっと縮んで小さな氷の塊になってしまった。

「…ずずッ、誰…ですか?」

初めて聴く、鼻声。んはァーって、口でいっぱいに息をする音が聞こえる。いつもよりガラガラしてる声は、ずっと大きな声を出し続けた事を思い知らせる。考え、つかなかった事じゃないのに…気づきもせずに、勝手に笠松くんに踏み込んだ…。泣いてたんだ…笠松くん…、…森山くん達だって避けて、1人で泣いていたのに…私なんかが、勝手に…来ちゃって…そ、んなの…ダメに、決まってる…。自分の浅墓さが情けなくって、恥ずかしくて体に火がついたみたいに燃え上がる。ど、どうしよう…今、なら…まだ…逃げちゃって、知らない…フリ…出来るんじゃ…、…それって、すごく…卑怯だけど…、これ以上…笠松くんの事、がっかりさせる…というか、笠松くんの邪魔…は、したく…ない…。帰ろうッッ!!

「…みょうじ、か…」
「か…か、かさまつくっ…」

くるっと回れ右を決め込んだ瞬間、ドアが開いて目の前に笠松くんが現れた…に、逃げられなかった…!!
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