09.孵化するつもり
「あ!笠松くん!!さっきごめんね!ぶつかっちゃったの」
「あー、おう。気にすんな、でも廊下走るのはもうよせよ?」

了解でーす!!ふざけた敬礼を返すコスモス。教室に戻るとみょうじはさっきの女子達と立ち話をしてて、なんでか…ちょっと、居た堪れないというか…このタイミングでちょっと声かけて欲しくなかったなー…。って…、ぶつかったの俺って気づいてたのか…?!ッてことは髪触ったのとか…気づかれてんのか?!…いやいや、わざわざ自分から確認はとらねぇけど…というかむしろここで「髪触ったのゴメンねー!ぺろッ☆」見たいな不自然な事できるわけが無ェ…!!意識しすぎだろコイツって思われるのは絶対に嫌だッ!!ああ、でも!!「髪触ってきて、笠松マジきもいんですけどー」みたいに気味悪がられたり思われるのは絶対にもっと嫌だッッ!!

「じゃーん!見てみてっ!リンゴジュース買ってもらったのっ」
「…ああ、さっきの捕まえろって…それ賭けてたのか」
「お!内情ご存知?そうだよ!おにごっこで最後まで残った人がジュースもらえるの!」

予鈴で隣に戻ってきたみょうじは、コスモスの顎の隙間からパックジュースのストローを通してごっくごく音を立てながら戦利品をありがたみも無く飲みつくす。ごくごく鳴る喉はかすかに上下して、どうにも目が放せなかった。ああ…髪触ったこと謝りたくても謝れずに悶々としてる癖に…どうしてもそういうところに目が行ってしまうのか俺…情け無い…

「ねぇ!今度笠松くんも一緒にやろうよおにごっこ!!」
「はァ?…なんで俺が」
「だってバスケットのすごい選手なんでしょ?絶対ジュースもらえるよ!」

なにがそんなに楽しいのか…嬉々としているのは声だけではなく、子どもみたいに手足もわくわくさせながら今にも飛び跳ねだしてしまいそうなほどだ。落ち着きがねぇんだよなァみょうじって…。エネルギーが有り余ってる子鹿みたいだ…ぴょこぴょこ跳ね回って、危なっかしい…

「女子に混じっておにごっこ?無理だな」
「あ…そっか…。あ、じゃあ!森山くんも誘って!」
「つぅかバスケ部なめてんだろ?足で競ったって仕方ねぇよ」
「おう!言うね、笠松くん!私じつは隠れたり逃げたりって上手いんだよ?」
「…らしいな」
「だから、ね?!一緒にやろうよ!笠松くんが一緒ならきっともっと楽しいよッ!!」

コスモス越しには分からないみょうじの笑った顔。きっと、いや絶対に笑ってる。…だいたい、髪触ったとかそれについてどうとか…そんな事でみょうじが俺に対して何か思ったりするわけ無いんだ…。それはいい意味でも悪い意味でも…。都合よく考えれば、みょうじは誰にそんな事されたって気にも留めないだろう。自虐的に考えれば、俺に何かされたところでみょうじは揺るがない。…何を守ろうとしてるのか、何に恐れているのか…懸命に自分の中で何かを否定しようと無意識が働く。みょうじにとって自分がどういう存在なのかなんて、考えようとも思わなかった。普通か特別か…どっちを選んだって傲慢な気がする…。それでも自惚れさすような事を言ったりやったりするのはみょうじだ。さっきのセリフだってそうだ。一緒なら楽しい?そんな事言われたら、嫌な気なんてするわけがない…

「あ、先生来たよ!さらばっ」


今日はどうしても、隣にいるのが神秘の巨人ウルトラマンコスモスだなんて気休めの暗示が効かなかった。隣にいるのは、どうしようもないほどにみょうじおなまえで、彼女がそれを望んでなくたって(だいたい、俺だって望んだ覚えは無いのに)俺には隣の席の女子をどうしようにも意識せざるをえなかった…。体のみょうじの側を向いた半身が焦がされるような勝手な感覚。授業は進んでも、俺のノートは真っ白。ただ、みょうじのシャーペンが静かな音を立てながらノートを埋めていくのを感じていた。

もしも、見てしまったら…?コスモスじゃないみょうじを見たら、やっぱり俺は話が出来なくなるのだろうか?ほかの女子に対してそうなように、緊張して動揺して錆びたロボットのようにがちがちになってしまうのか?いままで普通に話せていたみょうじとも…普通がなくなってしまうのだろうか…?その時、後悔するのは…俺だけ、なのか…?

葛藤の中で目玉が動く。ちらっと見えたみょうじは、ちょうどノートに食いついていて顔に髪がかかっていた。あ、後ろの髪…お面のゴムの所為でちょっとはねてる…。見ようと思って、見てるくせにみょうじが動くと急いで視線を戻してしまう…。ああ、何がしたいってんだ…自分…。気色悪い変態みたいな事してるってのは分かってる…分かってるけど、もうここまできたらちゃんと見よう。見よう…なんていったらみょうじには失礼だが…気になってしょうがない…。働かないまま手に握ったペンを握りなおして方向性の間違った気合を入れる。みょうじが黒板を見上げたのを察して、もう1度。…授業に夢中…というか、真剣そのもののみょうじの顔はなんか普段のノリとは全く印象が違って驚いた。少し寄せた眉も、上を向いたまつげも、集中しすぎて少し開き気味になった間抜けな口…全部がみょうじのものなのに、どうにも俺にはしっくりこなくて心臓が落ち着かない…。負けないくらい口を間抜けにさせて、思いっきり見入ってしまう。

「…笠松、笠松ッ!!」
「…っはい!」

背中を蹴っ飛ばされたような衝撃。呆れた表情の先生が俺のほうを見てて、クラスの奴も何人かがこっちを振り返っている。気がつけばみょうじも、コスモスを装備してこっちを見ていた。…みょうじの事を見てたのを、みんなに見られただろうか…?!相変わらず心臓が落ち着かない、さっきよりもずっと居心地悪い感じに…。

「はぁ…インターハイが近いからってのは分かるが、授業はちゃんと受けなさい」
「…え、あ…はい、すみません」

気がついて、ない…?

「じゃあ、これ解いてみなさい…前に出て」

黒板を指されても、俺のノートも頭も真っ白…。死ぬほど難しい問題ではないが、黒板の前で時間をかけての回答ってのも気が進まない…とりあえず黒板に書かれた問題に必要な公式を、教科書から探し出そうとバラバラページを捲るが、なかなか見当たらない。焦りで手元が狂う。やましい事があるので余計に焦る…!!

「笠松くん」

こっそり差し出されたみょうじのノート。小さめの字が綺麗に整頓されていて、俺が黒板に書くべき解答・過程の部分には薄く目印の丸が打ってある。一瞬の出来事で、わけがわからなくなる。アホの顔になるのを阻止できない。

「ノート使って」
「あ…ああ」

みょうじのノートを借りて、とりあえず授業は乗り切れた。先生には苦笑いで「いい隣人を持ったな」と言われてしまった。ああ…、…もう、なんか居た堪れなさ過ぎる…!!別に勉強が出来ないわけじゃないんだ…弁解したくても、今日はみょうじに見惚れててたまたまです、なんていえるわけも無い…!!色んな感情が渦巻く中、まだ脳みその中心にはみょうじの横顔が焼き付いてて、煙を上げて頭が燃え上がりそうだ。

「笠松くん、貸し1つだね?」

いたずらに笑うくすぐったい声にも、激しく動揺させられてしまう。コスモスのお面を見て顔を赤くするなんて…なんつぅ情けない話だ…。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -