はじめのキッスは恋の味
お砂場の真ん中で、ざっくざっくと二人だけのお城を作る。

湿った灰色の砂は、叩けば叩くほど強固になったが、それが完成に近づけば近づくほど、私の心はこてんぱんにされていった。

日が沈み、公園の時計が5時のいい子は帰れテーマを流し始めても、私はお砂場と言う二人だけのサンクチュアリから出ようとはしなかった。

つめに砂が入っても、大きなカラスが意地悪に私達を睨んでも、水色のスモックが汚れても、靴下が下がっても、よれたゴムの靴の中に砂が入っても、膝に引っ付いた砂が冷たくなっても、涙とよだれがこぼれても。私はその場から動くことなく、お城作りをやめなかった。

向かい合った安田くんは、私が何も言わなければ、何も言わなかった。二人で黙ったまま、一緒にお城を作った。どんどん大きく、立派になるお城。私と安田くんの間にそびえたつそれは、いっそ何かのメタファーであるとしか思えず、力いっぱいに睨んだ。立ち上がって、蹴り上げた。

崩された二人のお城は、ざァっとおどろおどろしい音を立てて、不気味な夕闇に飛び上がった。そして、ばしゃばしゃっと重たい音を立てて、私と安田くんに降り注いだ。

ぐずぐずと俯いて、泣き始めた私を、安田くんは身じろぎ一つせずに見上げていた。

怒ったっておかしくない。自分が作っていたお城を壊された幼稚園生の男の子なんて、そんなの小さなゴジラだ。もう何もかもが壊れるまで、自分の気が済むまで暴れまわったって可笑しくないのに。安田くんは、じっと私を見ていた。

すくっと立ち上がる。

安田くんは靴下をはかずにゴムの靴のかかとを踏んでいた。大きな靴擦れに、私が上げたピンクの絆創膏が張ってある。それもだいぶよれよれになってる。

泣いてる私の頭に、肩に乗っかった砂を、ぱんぱんっと払ってくれる小さな手は、いつも深爪。自分も砂まみれなのに、私の事しか考えない安田くん。あたたかい手に私の涙が落ちた。泥が乾いた汚れがにじんで、安田くんの手を汚す。

「わたし…やすだくんと、おわかれ、したくない…」

引越しが決まった事を、言い出せなかった。

言ってしまえば、本当になる。言わなければ、無かったことになる。小さな私の心臓は破裂するまでがんばって、重たすぎる秘密をその小さな身体にとどめていた。つい先ほどまで。

いつも砂場で一緒に遊んだ。ブランコで靴飛ばしをして、滑り台を一緒に降りた。かけっこでは私が負けたけど、あやとりは私のほうが上手かった。安田くんはクレヨンの黄色が好きで、私はピンクが好きだった。だから交換して、私のクレヨンの箱にはピンクがふたつ。安田くんの箱には黄色がふたつ。ずっと一緒にいた。だから、これからも

「ずっと…いっしょがッ…いいよぉ」

鼻水をたらしながら泣き喚く私。それでも安田くんは、ずっと黙ったまま。ぎゅうううっと私を抱きしめた。小さい子は、自分の力を加減できないのと一緒で、自分の感情にまでも加減が出来ないみたいだ。

抱きしめる。その行為に、どんな意味が込められているかなんて、その頃の私達は知らない。ただ、体が、心が。そうせずには居られなかったんだ。

私も安田くんを力いっぱい抱き締め返した。鼻水が、安田くんのスモックを汚す。

「おなまえが、とおくにいっても、だいじょうぶだよ」

身体を離して、見詰め合う。安田くんの瞳は、きらきらと輝いてて宝石みたいだった事をよく覚えてる。

「おれがロケットのってむかえに行くから」

ちゅうっと重ねられたくちびる。
「おなまえがないたら、いちばんにとんでいくから」


10年前の約束。

あれから、私も少し変わってしまったけど…安田さま、おなまえは今でも、安田さまのお迎えを、お待ちしております・・・!!




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