アクアフィリア
高校に入ってから体力づくりとして通い始めたトレーニングジムを兼ね備えた温水プール。年齢とか使用目的とか都合が合う日時によってジムの人が個別にトレーニングスケジュールを組んでくれる会員制のトレーニングジムで、俺以外の利用者って言ったらほとんどが結構いい会社に勤めてる中年の男性とか、日中なら富裕層の主婦、上流階級のおじいちゃんおばあちゃんなんかがプールの中でそのみっともない体をゆさゆさ水中に晒しながらウォーキングをして居るくらいだ。

ただ、ジムのトレーナーはそんなんじゃなくって(もちろんジムのトレーナーがおじいちゃんおばあちゃんだなんておかしなことがあるはず無いんだけど)結構若くて体格のいい人が多かったりする。俺のトレーニングスケジュールを組んでくれたのはバイトのみょうじさん。いつも濃紺の短パンと清潔感極まる真っ白なポロシャツに3色ボールペンが挟さんである所為でずっと同じ方向に傾いてしまってる首からぶら下げたネームタグが丁度ふたつの乳房の間に収まっている。質素なビーチサンダルをぺっしぺっしと鳴らしながら俺が泳いで進むのよりもう少し遅い速度でプールサイドを着いて来る。

自分が水中で腕を振り上げると生まれる波の向こうでみょうじさんの足とか、その質素なビーチサンダルとかが見えるとプールには俺一人なのになんでか彼女の存在をすぐ近くに、本当に俺の肌に吸い付くような水とそんなに変わらないくらい近い距離に彼女を感じた。泳ぎ終わるとタオルなんかを差し出してくれて、プールサイドのサマーチェアに座っておしゃべりなんかをした。俺の学校の話とか今後のトレーニングの変更とかジムの機械も使ってみたらどうかとか、まぁほとんどが業務的な事務的な会話だったかもしれないけど俺とみょうじさんの声だけ(俺のトレーニングスケジュールは他の会員のよりもずっと遅い時間だからいつもみょうじさんと二人きりになってしまう)がタイル張りの大きなプールに、たっぷりの湿気を含んだそこに響き渡る音が嫌いじゃなかった。

「あ、そういえば…本好くんあのね来週はちょっとスケジュール変更になっちゃうの」

俺がいつも使ってるプールが点検のために一時使用中止になるらしい。使用中止って言うか水を抜いてしまうそうだ。掃除もかねて色々な点検をするらしく、俺はみょうじさんの説明を聞きながらプールを見渡した。たしかに、点検すべき箇所は探せば何十とありそうだな。立派な施設だ。通っているのはほとんど金持ちばかりだし、俺はたまたまここの経営者と両親につながりがあって格安で使用させてもらってる(だからあまり人が少ない時間にしてるし、付き添いもバイトなわけだ)けど結構金のかかるジムだ。プールサイドにはすわり心地のいいサマーチェアが何十と並べられているし、温泉も完備、トレーニングジムの機械は全て最新のものを使ってるとかで人気があるし、いたるところに観葉植物はあるしカフェは会員証を提示すれば大体のものが無料で飲み食いできる。まるで小さなリゾート地のようだ。そういう小洒落た感じはあんまり好きじゃないんだけど、このプールで俺が気に入ったのはプールの底に埋め込まれたライトだった。

50mのプールに5m感覚くらいに埋め込まれたライトが水中から天井に向かってはなっている光の上を泳ぐと不思議な感じがした。水中、下から向けられるライト、水の音、照らされてる天井、頭とプールサイドに響く音、顔を上げたときに俺の呼吸と鼓動と水が揺れる音しかしない空間がとても幻想的で泳ぎ疲れて気の抜けた体が水にゆすられると自分が今どこを向いていて何をして居るのか一瞬わからなくなるような非現実感とかがすごく心地よかった。


「だから来週は…、本好くん?」
「あ、ごめんなさい…時間変更ですか?」

現実的な空間で非現実な心境を携えた俺の目に映るプールサイドのみょうじさんはいつだってなんだか怪しい雰囲気を持っていた。別段なんの怪しさなんて無いんだけど、プールに浸かっている状態から、プールサイドで水面の揺れに合わせて揺れるプールの底のライトの明かりにゆらゆらと照らされるみょうじさんはとっても不思議な感じがして、時には彼女は本当は人間なんかじゃなくって人魚とか魚とか何かしら水中で生きるべき存在なんじゃないだろうかとか変なことを思った。そっちが本当じゃない、こっちが本当なんだって。

「うん、でもね本好くん塾があるでしょ?来週はどうしても時間があわせられそうに無いからお休みにして、再来週の何処かで時間が作れないかな?って思って…」
「そうします」





お休みにしようってみょうじさんと決めたのに、塾が終わると俺は反射的としか思えない当たり前の動作で電車を乗り換えてジムまで来てしまった。使用できないのはプールだけであってトレーニングルームは開放されているので、ジム自体が閉まっているわけでなく中には簡単に入れてしまった。トレーニングジムでは何人かの大人の人が黙々と自分の筋肉を痛めつけながら汗を流していた。それをガラス越しにすこし観察してから俺はプールのほうを見に行った。プールは2階の休憩室から覗き込むとガラス張りになって居る所為で真上からは全体がよく見渡せた。大きな長方形のプールは自分が使っている時とは全く違う施設のように思えた。ほとんど水が抜かれてしまったプールだったけど、少しだけ残った水の所為でいつものライトの灯りが振動に震えるようにせわしくぐらぐらと揺れていた。暗いプールで底のライトだけが付いている怪しげなプールサイドにみょうじさんを見つけた。

「こんばんわ」
「あッ、本好くん!どうして」

プールサイドに下りていくとそこで何かの検査をしていたらしいみょうじさんはオモチャのような小さな検査器具を取り落としそうになるくらい驚いた。足首くらいまで水を抜かれたプールはなんだかみすぼらしく感じて、それを覗き込んでいるみょうじさんはなんだかもっとみすぼらしくかわいそうに見えた。みょうじさんは検査器具を少しはなれた防水加工された四角いカバンにしまってしまうと笑って俺のほうに歩いてきた。例のようにぺっしぺっしと気の抜けたビーチサンダルの音がプールに響き渡る。

「今日はお休みって言ったのに」
「塾が終わって、何も考えずに歩いてたらいつのまにか」

俺も参っちゃうよって感じに笑って肩をすぼませるとみょうじさんはそれを見てくすくす笑った。プールに響くその声が反復するたびに何故か大きくなっていって最後には俺の頭の中身をかき回して可笑しくさせてしまいそうなくらい大きな音になっていた。まるで泳いでるときに耳のすぐそばで聞える水の音のようにすんなりと俺の頭の中に入ってくるのに、それは俺をそっとはしておいてくれなくて可笑しな気分にさせた。プールの中では少ない水が苦しそうにちゃぷりちゃぷりと浅い呼吸を繰り返している。

びしゃッ

無抵抗なみょうじさんをプールの底に突き落とした。困惑している彼女が立ち上がる前に俺もプールに降りてその上に覆いかぶさるようにみょうじさんを抱き込んで水中に沈めた。服に水がじわっと染み込んでくるとあたたかい体がその水の温度に驚いたかのように少しだけ鳥肌が立った。水に沈められ俺に覆いかぶさられた苦しさからか俺の奇行への恐怖からか彼女はぎゅううっと俺の服を握りしめて、心なしか俺の腕の中で震えて居るようにも思えた。ひんやりとしたプールの中であたたかいみょうじさんの体を抱きしめながら水面を揺れるライトを見ているとなんだかとっても可笑しな気分になった。水の中で揺れるみょうじさんの髪の毛の一本一本がまるで命を持った生き物みたいに自分が好きな方向へ流れるさまを見ていると彼女が本当に特別な生き物なんじゃないだろうかとまで思えた。体を揺らすと大きくなるちゃぷんという水の音が脳みそを支配して俺はいっそそのまま水になってしまいたいとさえ思った。

冷たい水の中で俺は確かに勃起し始めていてそれでも腕の中で何も言わない俺に恐怖を覚え始めて居るみょうじさんの事を見ていると、何に興奮をして勃起しているのか分からなくなってきた。水を吸って重たくなった彼女の服は彼女の体のラインにぴったりと張り付いて透けた肌色さえ確認できた。冷たい服の奥にはあたたかいみょうじさんの体があるというのに、俺は何故かそれに触れようとは思わなかった。なんでか彼女が水に浸っている姿、それを観ているだけで満足だった。彼女が恐怖で言葉にならない声を発しながら、必死に俺の腕の中から逃げようとするたびにプールに響く水の音と彼女から漏れる可笑しな声が俺をもっともっと興奮させた。

彼女の肩を掴んでぎゅうっと床に押し付けると目が水に浸ってしまうくらいに彼女の体は薄っぺらで、口や鼻に水が入ることを溺れて死んでしまうことを恐れる彼女はゲホゲホとむせながら必死に俺にしがみついたり叩いたり抵抗を繰り返した。そのたびに大きな音で鳴る水が、飛び散る水しぶきが俺にかかるとその冷たさに(実際には何に対してなのかも分かってないのだけれど)酷く興奮して、体がぶるぶると震えた。水を恐れる彼女の顔、彼女の抵抗に合わせて大きくなる水面の揺れ、暴れまわるライトの明かり…全ての動きに惑わされ弄繰り回されてでも居るかのように俺のペニスはその動きに合わせてひくりひくりとつめたい水の中でどんどんその熱を増していった。

「もッよし…くっ」

苦しさの中であがくみょうじさんが涙を零して俺に必死にしがみついてきた。1度口に入って吐き出したよだれが混じった水が顔を汚している彼女の顔は今まで出一番綺麗に思えて、もっと俺に何か大事な事を伝えようともがく彼女の口に自分の口を押し付けてそれをふさいだ。ひんやりとした水の中であたたかいみょうじさんの口の中を暴れまわる、なんて素晴らしいんだろう?耳の中にもぐりこんでくる水がざぼざぼと冷たい音を立てる。ああ、みょうじさんも同じ音を聞いているのかな、だったらなんて素敵なんだろう?俺たちは今同じ音、同じ温度、同じ感覚、同じ体温を水の中で共有しているんだ。みょうじさんのあたたかいだ液を吸い上げながら俺は水中で射精をした。ズボン越しに滲んだ白い液体が水に溶け出し、みょうじさんも汚してしまえばいいと思った。射精に伴う快感に恍惚としている俺にとうとう抵抗する気さえ萎えてしまったらしいみょうじさんはまだ、恐怖を顔に映して泣いていた。

ああ、こんなにも気持ちがいいのに俺たちは同じものを共有しているというのに、なんで君はコレを楽しむ事ができないのかなぁ…


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