春を連れてくる君
中学を卒業して、太一さんや空さんたちとは違う高校に進学した僕。1年生の時には初対面の人たちと、なかなか打ち解けあうことが出来なかった。所属を決めたパソコン部は、設備が整って居る割に専門知識を持った顧問が居なかった所為で、ほぼ帰宅部と化していた。宝の持ち腐れだ。

それでも部長だった3年生の先輩とは専門的な話も合って、なかなかいい関係だったと思う。…でも、春が来て。僕は2年になり、部長は卒業してしまった。

7


「え、パソコン部に入部したいんですか?」
「はい、え…素質なさそうですか…?」

みょうじおなまえさん。今年、僕の学校に新1年生として入学してきた女子生徒だ。人を見た目で判断するのは、良くない事だけど…彼女はあまりにもパソコン部ってイメージを感じさせない子だったから。わざわざ2年の校舎まで来て、入部申請用紙を僕のところまで届けに来た彼女本人を目の前に、素っ頓狂な声を上げてしまった。

みょうじさんは、部長(現3年の先輩は不真面目なため実質僕が部を管理している)である僕にそんな事を言われた事で、不安に思ったのか明るかった表情を一気に曇らせてしまった。ああ、ちがうちがう!

「えっと!あの…そういう、意味じゃあ…なくって、ですね…」

どうやってフォローすればいいのか分からずに、いつからか身に着けた無効力な笑いで場の空気を和まそうと試みた。けど、みょうじさんは納得がいってない様で、僕の乾いた笑い声は窓から流れ込む春の風にかき消されていった。…ごまかすのは、良くないですよね。

「あ、の。すみません…ただ、なんか…意外、だったんで…」
「パソコン部って感じじゃ無いですか?私」
「正直…」

僕が情けなく笑うとみょうじさんは声を上げて笑って「ですよね!」と、ぱあっと太陽のように眩しい笑顔を向けた。小さな白い歯が覗くそれに見合った小さな唇、ふっくらと盛り上がった頬が健康的なイメージと清潔感を与えるステキな笑顔だった。


こうしてパソコン部に入部したみょうじさん。結局新入部員でちゃんと部活に参加してくれるのは、みょうじさんだけだった。だから部活の時間は、パソコン室に僕とみょうじさん二人きり。自分からパソコン部に入部したいと言って、入部してからも、部活動に取り組む姿勢は本当に良い。のだけど…現代の子どもとして失格なんじゃないかって思うくらいに、みょうじさんはパソコンに弱かった。

パソコンの電源を入れてくださいと言ったら、元気よくキーボードのエンターキーを押した時。あのまっすぐな笑顔にはさすがに吹き出してしまって、みょうじさんに怒られてしまった。

「泉せんぱいだって、女の子用具の使い方知らないくせにッ!」

だなんて、顔を真っ赤にして反論をするみょうじさんは、僕に見合わない程に騒がしくて元気で可愛かった。反論する様も必至で余計に面白くて、お腹を抱えて笑った。


そんな風にして、ごく自然に僕はみょうじさんに惹かれていった。


春真っ盛り、絵に描いたような完璧な天気。職員室に用事が合った僕は、いつもより少し遅れてパソコン室に到着した。精密機器が保管してある部屋だから、普段はブラインドを閉めて直射日光を避けて、部屋を一定の温度に保つために空調は完璧に。ドアの開けっ放しなんて許されない…のに、部室に近づくとあたたかい空気が僕を包み込むようにして廊下に流れ込んできた。

一つの窓だけ、ブラインドも窓も開けられてあたたかい春の日差しが降り注いでいた。ひっそりとした重々しいパソコン室で、そこだけが切り取られたようにあたたかくて平和だった。日差しの中で、こちらを背にして机に突っ伏して眠っているみょうじさん。律儀に日が当たっているパソコンにはタオルが覆いかぶせてある。ふわりと香る、みょうじさんの髪の匂い。春の暖かさにせかされて芽吹こうとする新芽のように、僕の心の中で今まで確実に成長を続けてきた、ある感情が芽を出す。

「みょうじさん…?」

返事がなくて、安心するなんておかしな話だけど…。やましい気持ちがあるわけではないのに、寝て居る人を相手にするのはどこか後ろめたい気持ちになる。緊張に、口が渇いて、自然に俯いてしまうけど、みょうじさんの方から舞い込む風に阻まれる。

「…おなまえ、さん…」

名前を読んだのは初めてだ。彼女は寝て居るんだから、平気だ…照れるな。一歩、近づいたときに、彼女の髪の上で何か…微小な何かが動いたのが見えた。なんだろう?

もぞもぞと髪と髪の間を迷い込みそうな足取りで、散策を続けて居るのは一匹の真っ赤なてんとう虫だった。馴染みの深いその虫に、ふっと息が漏れる。寝相で潰されてしまっては、てんとう虫もみょうじさんもかわいそうだから。出来るだけみょうじさんに気づかれないように、髪についたてんとう虫をつまんで、窓から逃がしてやる。

潰さないように、優しく摘み上げた春の虫は、必至にみょうじさんの髪にしがみつき最後の抵抗を見せる。空いた方の手でみょうじさんの髪をゆるくひっぱっててんとう虫を引き離す。

と、電流でも流されたのかと思うくらいの衝撃でみょうじさんががたがたっと立ち上がった。

「わぁッ!!ど、どうしたんですか?!」

いきなりの行動に驚いて一歩退くと、みょうじさんは顔を真っ赤にして自分の髪を神経質に撫で付けたり、地団太を踏んだりして大きな声を出した。

「な、なまえ!呼ぶなんて…!!し、しかも…髪、髪…!!」
「…!!え、あ…!!お、起きてたんですか?!」

心臓が耳の真横にあるように、どくりどくりと五月蝿くて、冷や汗が流れる。みょうじさんに負けないくらい顔が赤くなって、どこから弁解すればいいのか分からず、言葉にならない声が無計画に漏れる。

「あ、の…えっと!これは!あの…あれです!あー!!」
「わッ!私だって!…光子郎せんぱいって呼びたいです!!」
「えッ?!」

摘んでいたてんとう虫が、僕の指先から窓の外へ飛んでいった。機械音痴な彼女がパソコン部に入部してきた理由。もしかして…自惚れてもいい、のかな…。


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