いただき安田
目の前にある2枚の紙。何度見てもやっぱり見間違いじゃない。ああ…1ヶ月前に戻って自分を殴、いや痛いのはやっぱ嫌だからやめよう。とにかく1ヶ月前の自分にもっと喝を入れてやりたい。ぎゅっと目を閉じてまた開いてみたけど目の前の状況は変わらない。思わず溜め息が出た。視界の端で安田がちょっと眉をひそめたのが見えた。 遡ること1ヶ月前。 安田のある一言でことは始まったのである。 「お願いがあるんだ」 「嫌です」 「まだ何も言ってねーよ!」 「だってまたなんかいやらしいことかと思って」 「いやっ、違う!大丈夫だ!…多分」 安田がおもむろに私の肩を力強く掴み(その割に痛くないように力加減はしてくれてる辺り優しい)、そう切り出した。多分て…またどうしようもないことなんだろうな。そうは思ったけどいつにも増して真剣な表情で言うものだからつい、何?と聞き返してしまった。 「聞いてくれんのか?!」 「まだそうとは言ってないでしょ!内容によります」 「そうか…」 「もー…聞くだけ聞くから。何なの?」 お昼休み中の教室では皆それぞれ仲の良い子たちと喋っているから私たちの会話を聞く人はいない。つまり安田がいくら阿呆でいやらしくてどうしようもないことを言い出しても、安田を止めてくれる人も私を助けてくれる人もいない。 「次のテストでお前に勝ったら俺の言うこと1個聞いてくれ」 「はあ?」 「頼む!お願いだ!」 「…ちなみにその内容は?」 「それは俺が勝ったら言う」 「えー…」 「お前が勝ったら俺が言うこと聞くから!」 ぱんっと手を合わせて拝むような格好。そんなにしてまでやってもらいたいことって何?なんか怖い。普通に怖い。私があまりに難色を示すからか、安田はお前の得意な教科での勝負で良いから!お前が勝った時は1個と言わず1日言うこと聞くから!とまあそれなりに私にとっての好条件を挙げてきた。そんな必死になられたら余計に怖いってのは分からないんだろうね。馬鹿だもんね。 私は特別頭が良い方ではないけど、いつも安田よりは良い成績を修めてるし、得意な教科で良いって言ってるし、何より安田がここまで言う程のお願いが何なのか気になったので聞いてあげることにした。 「じゃあ古文で良い?」 「え…、てことは、」 「仕方無いから受けて立ってあげる」 「…っありがとうみょうじ…!!」 「でも私いつも90点代余裕だけど大丈夫?」 「……」 そんなこんなであっという間に中間テストの日になり、そのテストも更にあっという間もなく終わった。得意とはいえ気を抜くこともなく、むしろいつもより気を入れて勉強してきた。安田から勝負だとか言ってきたのには学校にいる時の安田は、普段と特に変わった様子が無かった。本当にちゃんと勉強してるのかとも思ったけどなんにせよ勝てば良いと思って何も言わなかった。 そして今日。古文のテストが返却され、お互い自分の点数を明かすのは後でにしよう、ということで放課後。安田の家に来た。 そこで冒頭に戻る。お互い向き合うように安田のベッドの上に座り、私と安田の間に2枚の答案用紙。 安田貢広 96点 早川さき 92点 「嘘だ…」 「嘘じゃねーよ」 負けた。何回見比べても赤い数字は変わることなく無情に私の目を刺激する。4点。たった4点、されど4点。認めたくないが私は負けてしまった。今回は記号選択問題よりも記述が多かったし、まぐれで勝ったということではない。安田の答案用紙を改めてちゃんと見る。…勉強、したんだなぁ、安田。 「はー…」 「(また溜め息かよ)」 「…うん、仕方無い、約束だしね」 「ん?」 「お願い、聞くよ」 まさか本当に安田が勝つとは思ってなかったけど、悔しいというよりはここまで頑張った安田に素直にときめいた。私が笑って安田を見ると、安田は一瞬ものすごく嬉しそうな顔をして、すぐ後に真剣な表情になった。試験前のあの表情よりももっと真剣で思わずどきっとした。 「揉ませてくれ」 「………はい?」 「お前の二の腕を揉ませてくれ」 「ねえごめん私が疲れてるせいかもしれないんだけど何言ってんだかさっぱり分からない」 「二の腕を揉ませてください」 何言ってんのこいつ。ついに敬語になっちゃったよ。私のときめき返せ。テストの点数より信じ難い存在の安田をつい凝視するとがっ、と肩を掴まれた。またか。というか何回でも言うけどなんだこいつ。 「約束だろ?!俺のお願い聞いてくれ!!」 「安田怖いよ!なんかもう人として怖い!」 「怖くない!怖くないよ!!」 あ、本気だこの人。怖い。なんでそんなこと言い出すのか全然分からないし、二の腕揉む為にここまでする意味も分からないし、分からないことだらけだけど。ちらりとテスト用紙に目線を落としてからまた安田に戻す。 「…安田、」 「何だよ」 「勉強、頑張ったんだね」 「…?おう」 「頑張った安田格好良いよ」 「…っ?!」 「だから私の二の腕で良いなら、…どうぞ」 腹をくくれ私。二の腕とかぷにぷにしてるし正直揉まれたくないけど、AKYのグッズがかかってた時でさえあんなことになってたのに今回は本当に頑張ったのであろう安田にどうしようもなくときめいちゃったもんだから大人しく腕を安田の方へ出した。 「え…い、良いの?」 「約束だからね」 「お、おう」 「…優しくしてね」 「……おう」 安田が私の制服の半袖をまくって恐る恐る二の腕に触る。なんだろう…やたら緊張する。 「…ん、」 「なっななななんだよ!!」 「くすぐったい…」 「(うあー…今の声は反則だろー…)」 初めは撫でるだけだったのに次第にふにふにと揉まれる。く、くすぐったいって言うよりなんだか…変な感じがする。自分で触った時にはこんなこと思わないのに。やだな、…恥ずかしい。安田の指が、手が、触れられた場所がじんわり熱を持ったみたいでしかも力加減が絶妙なんだか知らないけど、気持ち良い、ような気がしないでもない。「……」 「……(うわぁ安田顔がいやらしい)」 自分のことでいっぱいいっぱいで気付かなかったけどふと安田を見れば目は真剣なのにどこか艶かしさを含んでて息もちょっと荒い。どんだけ真剣なの…。 「……、安田」 「…なんだよ」 「あ、あの、もうそろそろ…」 「なんで」 「……もう、駄目、なんかき…気持ち良くなっちゃうから!」 どれだけ時間が経ったのか、とにかくこれ以上やられると何かやばい気がして顔から火が出そうなのを感じながら振り絞るように言うとその瞬間ぱっと安田が手を離した。見れば安田もみるみるうちに顔が真っ赤になっていく。あれ、なんで? 「わ、わわ悪い!つい…気持ち良過ぎて!」 「いや!私も、その、…うん」 訪れる静寂。お互い真っ赤になって下を向いたまま顔を上げられない。二の腕は既に解放されてるにも関わらずまだ感触が残ってるみたいで。気持ち良かったな、なんて考えてしまった自分が恥ずかしくて無理矢理顔を上げて会話を試みる。 「なんで二の腕触りたかったの?」 「え……」 「…?」 「引かない?」 「うん」 「女の子の二の腕って胸と同じ柔らかさだって言うだろ?だから…」「……」 上げた顔をまた下に向けることになった。そ、そんなの初めて聞いた。てことは安田は私の二の腕を揉みながら胸の柔らかさを想像していたのか。 じゃあ胸を触れば良かったのに。 と他意は無くただ思ったことをそのまま考えもなしに口に出してしまった私と安田の間で一悶着起きるのはまた別の話。 奇才!いやいや、鬼才!ケイさんから相互祝いにいただきました!!わああい!!やったやった!!ありがとうね!!ケイさん!!大好き! |