バカじゃないの
ぎしぎしぎし。安いパイプ製の簡易ベッドが人間二人分の体重と、騎乗位で現在進行中のセックスの衝撃に何とか耐えながら叫ぶ。ぎしぎしぎし。

はぁはぁと息を切らしながら俺にまたがったまま体を揺さぶるおなまえが、気持ちよさと、足腰に鈍く響く疲労に顔をゆがめる。彼女は俺よりずっと年上なのに、俺は彼女のことを可愛いと思う。週1で、俺とおなまえはこうやっておなまえのマンションでセックスする。恋人かって聞かれたらどう答えていいか迷う。友達かって聞かれたって困る。でも赤の他人でもないし、もちろん家族でも縁者でもない。近所のお姉さんでもない。

俺が学習塾の帰りに、夜遅くだったんだけど。暗い道で、向かいから千鳥足で歩いてくる女の人以外、誰もいなかった。人っ子一人虫一匹いなかった。その女の人は、まぁおなまえなんだけどね。おなまえは俺とすれ違ったとたんに、電柱にもたれかかってげえげえ吐いた。そのにおいって言ったらひどいよ。俺、今でも忘れらん無いな。暗かったから内容物がどの位原形をとどめていたかは分かんないんだけど、とにかくおなまえが俺の横でひどいにおいのそれをげろげろ出産しだして、ひどい声出しながらね。だから本当はそんな酔っ払い放っておいて早く家に帰ろうって思ってたんだけど、そんな風にげえげえ苦しそうに吐いて、近づいてみて分かったんだけど服がだいぶ乱れてる。スーツ…なのかな?ジャケットは片袖しか通ってなくって道にずりずり引きずってるし、ブラウスはボタンほとんど取れてて上品そうなレース多目のキャミソールも肩紐が垂れ下がっててブラジャーの片カップが丸出しだった。スカートはホックが外れててギリギリ。ストッキングはいたるとこ伝線しまくっててぼろぼろ。そんな調子の女の人、酔ってるのに…道端に置いていけないって思って声をかけると、一応答えてきた。汗とタバコとにんにくとさっき吐いたものの混ざり合った大変なにおいのするおなまえを彼女が指差す方向(彼女のマンション)へ担いで行ってやる。もちろん俺は力なんてそんなに無いから、ほとんどおなまえのこと引きずってる状態。今まで感じたこと無いほどの強い疲労に息が切れる。ああ、ぜん息が起きたらどうしよう。おなまえはお酒の所為で体がくてんくてんになってて、俺にもたれる体は熱くそして信じられないくらいやわらかかった。俺だって男子中学生だ。まぁ、どっかの安田ほど見境無しで下品で下劣で行儀悪くはないけど。背中にぴったりとくっついてくる彼女の柔らかい体に、さっきの乱れた格好。彼女に対して性を意識しないわけにはいかなかった。ひどいにおいを放ってる彼女から、なんともいえない…脳みそをくすぐるような、腰をじわりと溶かされてしまいそうな、そんな言い得ない不思議な香りを感じた頃にマンションに着いた。部屋に上がって彼女をベッドに寝かせて、早々と帰ろうとすると「ねぇ」と、仰向けに寝転んで目を瞑ったままのおなまえに呼ばれた。

「服、脱がせて」
「俺もう帰らなきゃいけないんですけど」
「…だれ?」
「本好って言います。常伏中2年、本好暦」
「そう」

そのままおなまえは寝入ってしまって、俺も部屋を出て家に帰った。夜中になってたから両親にすごく心配かけたけど、帰り道でごみ置き場に突っ込んじゃったんだって説明した。暗かったし、ちょっと疲れてたから足元がふらついちゃってさ。両親はそれを信じた。まさか、どう考えたらごみ置き場に突っ込んでいくんだよ。服に、体に染み付いたおなまえのにおいを隠すためにありえない嘘をついてみたけど、人って案外簡単に騙せるもんなんだな。

「本好くん!本好暦くんッ!!」
「え、あ…はい」

下校途中に車に乗ったおなまえが声をかけてきた。ああ、なんだ。普通の服装してればすごい可愛い人じゃないか。いや、第一印象はげろ吐き女だったのが最低すぎたのか。

「この間はごめんなさいねッ」
「気にしないでください。あのあと平気でしたか?」
「いや、もう最悪。ベッドでまた吐いちゃって…」
「ああ、あのバイオハザード。また生産しちゃったんですか」

また何度か謝ってからおなまえは軽い自己紹介をしてから、お礼がしたいから車に乗ってくれって。夕飯をご馳走してくれるらしい。拉致とかじゃないですよね?当たり前だよ!!じゃあ乗ります。あ、けっこうすんなり。やっぱ危ないですか?ううん、もっと拒まれちゃうかと思ったの、だって私げろ吐き女としてインプットされてるんじゃないかなーって思ってたから。俺、体が弱くて昔から病気がちで…嘔吐とか下痢とかそういうのに一般人が抱くような特別な嫌悪感って無いんです。へー!!

おなまえの家で夕飯をご馳走になって(まぁまぁおいしかったけど、デザートのプリンはまだ生で、二人とも残してシンクの流しの三角コーナー行きになった)それからセックスした。どうしてそんな流れになったかなんて俺は、きっとおなまえにもわかんないけど、それは確実にそうなったんだしおなまえはセックスが上手くて、俺はずっと女の子みたいな声であえぎながら一生懸命おなまえについていくことしか出来なかった。会って二度目の女と初めてのセックス。疲労と驚きと自分が自分じゃなくなるような恐ろしいほどの快楽に、俺は泣いた。それから俺とおなまえは会うたびにセックスをした。俺は最初やり方がわからなくて、いつもおなまえが騎乗位でしてくれた。手でしてくれることも口を使ってくれることもあった。そのうちに俺もなんとなくだけどやり方がわかってきて、おなまえの上になったりもしたんだけど体力がもたなくて結局はおなまえにまかせっきりになった。

「暦は、頭いいから…バカの気持ちなんてわかんないよ一生」
「おなまえはバカじゃないでしょ」
「そういう所がわかってないって言ってんのよッ!!」
「…じゃあ、俺がバカなんだよ」
「暦はバカじゃないッ…バカなのは私」

おなまえは自身にひどい劣等感を抱いてて、普段はそういうのを見せないよう一生懸命になってるんだけど、セックスの最中にはたがが外れたように信じられないほど大きな声で自分の事を叱咤した。ちゃんと喘いだりもするんだけど、基本的には自分の文句とか愚痴とかを言ってる。そうやって被害妄想で自分を悲劇のヒロインに仕立て上げていい気持ちになってるような女の子とは違って、彼女の場合は本当に本気で自分の事をダメな人間だと思っているんだ。俺はいつも、それを否定してやりたいと思うんだけど、じゃあおなまえのいいところをあげられるのか、おなまえ本人に教えてやれるのか。そう考えると、俺はあまりにもおなまえについて何も知らなさ過ぎるし、誰かをフォローするための言葉を知らなさすぎて、そんなこと出来なかった。汗なのか涙なのか分かんないけどおなまえからこぼれてきたものが、俺の体にぽたりと落ちる。ああ、涙だったんなら何か言ってやらなきゃ、抱きしめてやるだけでもいいのかもしれない、おなまえに教えられたキスをしてやるだけで止むのかもしれないのに、俺はずっと何も出来ずに少し我慢できるようになってきた喘ぎ声を大きくしないように意識することしか出来なかった。いつもなら1回セックスしたらシャワーを浴びて、テレビを見たり、何か雑談をしたり、おなかがすいてたら何か食べたりしてたんだけど今日は合計で4回もセックスをした。2回目だけ俺が上になって、めずらしくおなまえはどろどろになって俺にすがるみたいに甘えてこよみッこよみって俺の名前を壊れたステレオみたいな調子に繰り返した。3回目4回目は正直あんまり覚えてない。ただ、床に落ちてるコンドームのごみで回数はわかった。

あの日からおなまえには会ってない。ケータイにメールしてみてもセンターからメールアドレスが存在しないと跳ね返されてしまうし、電話をしてもつながらなかった。マンションに足を運んでみたけど空っぽで、ここに住んでた女性は…って近所の人に聞いたら、ついこの間引っ越したよ。といわれた。ああ、かわいそうなおなまえ。どこに行ってしまったんだろう。あんなひどい劣等意識を抱いて一人きりでどこに行ってしまったんだろう。自身を卑下する気持ちにつぶされて、また道路でげえげえとひどいものをはき続けているのだろうか。俺はどうしたらおなまえのこと助けてやれたのかな?嘘でもおなまえの事を褒めちぎってやればよかったのかな?頭を撫でて額にキスをしていい子いい子って唱えてやればよかったのかな?鼻の奥がつんと沁みて、涙で視界がゆがんだ。ああ、そうか。おなまえに好きだって言えばよかったのかもしれない。そういえば一度も言ったことがなかったな。そんなことにも気づかなかったのか…やっぱりバカなのは俺のほうだっよ、おなまえ…


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