君と仄々
「あー!!もうッ麓さんッ!!」
「…んぁ?」

日曜日の午後。あー明日学校かーとかセンチメンタルな気分が心に鈍く刺さる頃。斜めに差し込むあったかい日差しに誘われて廊下に出てみると、真っ白な干されたての布団たちがばっさばさと倒れてた。おおう…

「って、布団が俺を誘ったんだよ」
「…干したてのお布団と麓さんって、ゴキブリホイホイとゴキブリなんですね…」
「おい、失礼すぎるだろうそれ」

おなまえは、おばあの孫でおばあのおばあの代から俺のうちに仕えてる…っていうかお手伝いしてくれてる?人で、年は俺より3か4個上。前までは麓ぼっちゃんって呼んでたけど、ぼっちゃんはやめてって言ったら麓さんって呼ぶようになった。悪い気はしない。お手伝いさんが使う廊下にはあのへんな仕込みはないから本当に、本気でのんびりできる。し、運がよければおなまえに構ってもらえる。

「あーもう!お布団片付けなきゃあおばあに怒られちゃうんでどいてくださいッ!!」
「はいはい…おいしょっ」

さくさくと布団を和室の押入れに片付けていくおなまえ。まだ本当なら高校生とかの年なんだけど、おばあが高校に入るのを許さなかった。別に金銭的に無理だとか、そうとう頭が悪いとか問題があったわけではない。おなまえの母親はおばあの反対を押し切って外に仕事を持って、外で働いている。代々料亭に仕えてきたおばあとしては娘にも料亭の仕事をしてもらいたかったんだろう。娘に教えられなかった事をすべておなまえに叩き込もうとしているのだ。周りのやつは高校を出てからでもいいんじゃないかって反対気味だったけど、おばあは許さなかった。おなまえもおなまえで、料亭の勉強が出来るなら別に…と他人事のようだったから、結果。そういうことだ。ずっと家に居て、おばあから色々と教え込まれたり、料亭の手伝いをしたり、勉強したり…。大変そうだけど、おなまえはすげぇ楽しそうにしてるからまぁいっか。だからおなまえは茶器とか食器とか陶器、着物、礼儀作法、家事にはうるさいし、実際自分は完璧だ。今だって布団を押入れに入れるだけでも手際のよさがわかる。廊下からちょっと和室を覗いてるとぱっと顔を上げたおなまえが俺の顔を見てぷっと笑った。

「麓さんってずっと耳かいてますよね?そんなに痒いんですか?」
「へ?…あ、あー…本当だ」無意識のうちに耳をかいていたらしい。それを笑われた。別におかしいことじゃないだろう?耳かくくらい。でもおなまえはくすくす笑ってから部屋の隅においてある化粧台をこちょこちょいじってからまた、廊下に出てきた。日当たりのいい場所でぽすんと座るとこっちを見てにこりと笑う。ああ…可愛いんだよ、それ。なんか漫画とかだとさ、実はお手伝いさんのおなまえと俺は恋仲だったりとか、えろい関係だったりとか…あるいはおなまえが三蔵の恋人で俺が片思いで三角関係みたいな…なんだかんだあったりするじゃん?性奴隷とか?いや、それはちょっと…無しだけど…。でもそれって、どう考えたって漫画とかの中だけの美味しい話であってさ、実際には何にも出来ないまま好きだなとか可愛いなって気持ちぶら下げたままなんとなく生きてくことしか出来ないんだよな。今現在俺がそうなわけなんだけどさ。それにしてもおなまえは可愛い。本当に。柔らかい午後のあったかい日差しの中でおなまえが笑うと、本当にそれ見れただけでももうけもんって気がする。

「イヤホンばっか使ってるから耳が痒くなるんですよ?」
「いいじゃん別に、耳痒いくらいで死ぬわけじゃねぇし」
「もう、屁理屈。耳、お掃除してあげますから、お膝どうぞ?」
「は?マジ?」
「はい、マジですよ」

膝枕。眼前に広がるのは日本庭園。池があってコケが生えてて松やら椿やらススキやらどんな季節でも絵になるように色んな種類の植物が計算しつくされた位置でせま苦しそうに息づいてる。かさりかさり。耳の中で耳かきが丁寧に動かされてる音がする。そのたびに柄にも無く心臓がどきりとする。ああ、こんなに近いのに。気付かれるか?嫌がられるか?少しドキドキしながら手のひらを膝小僧に伸ばして、手のひらで包み込むように…ゆっくりと触ってみた。着物特有のさらりとした感触が伝わってくる。

「ふふっ、痛かったですか?」
「ううん…気持ちい」

やましい気持ちがあって触ったわけじゃないけど、気付かれないといいと思ってた。やましい気持ちなんて無いから、気付いてほしいとも思ってた。あああ!!自分がおなまえにどうして欲しいのかも分からない。ぱしんと手をはたいて欲しかったのか?それとも手を重ねてほしかった?どっちも両極端すぎて今の俺とおなまえには遠すぎる。触ったって気にしないのは、それは相手が俺だから?それってどういう理由?触られても嫌じゃないってこと?それとも触られてもなんとも思わないってこと?どくんどくん。心臓がうるさい。耳かきを持っていない方の手が、たまに髪を梳く様に、頭を撫でるように緩やかに動かされる。ああ、好きだなあ。その仕草が。着物と干したての布団と和室の畳と調理室に寄った時に引っ付けてきた時のにおい。全部がするのにその全部とどれとも違うおなまえのにおい。あー、まどろむ。とろりとろりとまぶたがとける。

「あッ!麓さん!!とりッ!!」

ずぼりっ

「いってぇ!!」
「あ、申し訳ない…」

君と過ごすこの廊下。とり一羽にまでも揺るがされるほどの関係だけど。大事にしたいなあなんて思う、俺って女々しい?



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