そして私は神様じゃない
晴れ過ぎた日だった。もっと適切な言葉にすればそれはとても、とても眩しい日だったと思う。窓の外には空があって、それは曇りの無い鏡のように太陽光を反射させ元より太陽は視覚を撹乱させるまでに真っ白に輝いていた。真っ白に輝く光が、空気が全ての事物が世界中の隅から隅まで照らさん勢いでその輝きを放っていた。だから俺はカウンセリング室のドアをくぐると、白いカーテンやら開け放たれた窓から入り込む明かりやらいつもはくすんでいるくせにその時だけは空気に染められたかのように真っ白になっていた机やイスに自分が居るところを間違えたのではないかと思い違いをしてしまうほど目が眩んだ。

眩しさに目を細めていたからすぐには気がつけなかったが、その異様な空間に彼女は居た。みょうじおなまえ。何度かカウンセリング室に訪れた事があった悩み多き彼女はいつも俺のざっくりとした返答(そこを評価されている事が多いはずだったのだが…)に納得がいかないような、そうじゃないんだと言いたげな敵意すら感じる目線を投げかけ乱暴にイスから立ち上がり消えるようにカウンセリング室から出て行った。そんな事が何度もあった。彼女は何度も俺を試すような態度でじっと睨みつけてきた。みょうじはきっと自分の中に答えがあったんだ。それを他人であり、カウンセラーである俺に求めていた。きっと自分の答えが正しいという確信、正しくなくとも良いせめて誰か同じ答えを持った人間に会いたかった、自分の答えを認知し、許して、理解してもらいたかったのだろう。

みょうじの中にその対象は俺しか居なかったのだろう。だけど、俺にはそうではなかった。多感な時期の中学生を何百人と抱え込んだこの場所では彼女のように心に悩みを持った生徒は掃いて捨てて燃やすほど居た。俺はそれを流れ作業でこなすのが精一杯で、それでも生徒達は廊下に並ぶほど俺のその切り裂くような言葉を求めた。あの時おれはみょうじもそう言った先鋭さを求めて居るんだと思っていた。

それが間違いだったのだろうか。


「先生、生きて居ることに意味を感じなくなった時…どうすればいいと思いますか?」

彼女の首筋に今この空間で一番に輝くカッターナイフの刃があてがわれている。手首ではなく、首に。その細く小さな手は頼りなく震えたりせず、何かの核心のもと確固たる決意を持ってそこに在るんだとでも言うかのように少しもぶれる事は無くそこに在る。眩しすぎるそこで俺はまだ事実が飲み込めずに居た。口ぶりが、冗談ではないんだと言う事は分かった。表情も凛としていて、どうすればいい?などと訊いておいて本当はもう答えなんて決まって居るんだろうとみょうじの目を見れば分かってしまった。さぁ、俺は彼女に何を言うべきだろう?何を言ってやれるだろう?

「先生…天国って信じますか?」

なかなか口を開かない俺に痺れを切らせたのか、それとも元から俺の答えなんて欲していなかったのかみょうじはすぐに質問を変えてきた。こんなにも眩しい空間で何故か彼女は一度も瞬きをしなかった。俺はしょぼしょぼと鈍く痺れるような感覚に耐えながら細目を開けて居ることがやっとだというのに、彼女は俺をその首に当てた眩しい刃の様な鋭利な視線で刺した。窓から舞い込んできた風が白いカーテンを、彼女の髪を、短いスカートを、長いまつげを揺らした。どちらも口を開く事の無いその空間で風に煽られるガーゼのカーテンのばさばさと言う乾いた音は良く響いた。

「天国は、死期を悟った…善人にのみ許された最期の拠り所だ」
「自殺者には許されないところですか?たとえば私には」
「実在はしていない。それは天国と言う言葉を媒介にした一種の偶像崇拝だ」

死んだらそこで終わりだ。そこから何処かに続いたりはしない。


だから死ぬな。


そう言えば良かった。


「やっぱり」


彼女はそう笑うとさっと首を切って死んでしまった。俺は彼女が死のうとした理由を聞かなかった。生きる事に何かを見出せるという可能性を提示する事すらできなかった。悩みをしっかり聞いてやることすら出来なかった。ただ、最後に自分が言うべきだと思った言葉を選ぶと彼女は満足そうに笑って死んでしまった。事、切れてしまった。

だから死ぬな。

そう言えば良かった?


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