盗っ人の小さな心臓
※ジャンプネクスト(5年後設定)ネタです。5年後の本好がイケメン過ぎた。




美っちゃんからの電話を切って、ブラインドが降りきっていない窓の外を眺める。特に感慨深いわけでもない、外の世界に広がる夜景の光を、ひとつぶひとつぶ目で追いながら道路を飛ぶように走っていく、数え切れない数の車の走行音に耳を済ませた。

「本好くーん!入るよ!」

控えめなノックのあとで、小さなビニール袋を提げたみょうじさんが部屋に入ってきた。エレベータから部屋まで走ってきたのか、顔は少し赤くて息も上がってるみたいだった。

にこにこ笑って、ちょっとだけ遠慮がちに俺に近づく。甘い、香水だとかコロンだとかの匂いが漂う。俺も笑い返して歓迎の言葉を並べた。といっても、彼女は30分前にこの部屋を出て行ったばかりだ…。俺がちょっと咳をしたら、風邪かも知れない!!と大騒ぎして、コンビニかどこかに走って栄養ドリンクだかなんだかを買ってきてくれたのだ。

「ありがとう、みょうじさん」
「ううん!気にしないでッ、体調崩しちゃわないように気をつけなきゃっ!」

少し汗をかいた、冷たい瓶に入ったカラフルな栄養ドリンク。スマートな形をしたそれを笑顔を沿えて手渡される。それを受け取ってもう1度お礼を言うとみょうじさんは恥ずかしそうに笑って、ビニール袋の中の残りを小型の冷蔵庫にしまった。

みょうじさんとは高校からの付き合いで、高校を卒業した時に友達から恋人になった。学部は違うけど同じ大学に進んで、『素敵なキャンパスライフ』って言うのを俺たちなりに楽しんでいる。みょうじさんはいつだって俺に気を遣ってくれるし、優しくて、可愛いから…俺としては、出来るのなら、このままずっと手放したくないと思ってる。まだ、女の子の友達との交流が楽しいみょうじさんに『結婚』だなんて重たい話したくは無いけど、いつかは…そういう話が出来るようになるといいな。

「あ、そういえば!」

給湯室から顔を覗かせたみょうじさんは、太陽の光を浴びた湖面のようにキラキラと輝く笑顔をたたえて、自分のマグカップを持って俺のところに歩いてくる。真っ赤なマグカプには、夏だというのにココアがたっぷり入ってた。クーラーがきついかな?パソコンがいつも起動させてある部屋だから、常に涼しい温度に設定されて居る。冷え性の彼女には堪えるのだろうか、暖かそうな湯気は彼女の頬を撫でるように空気の中を泳いでいる。

「テレビ見てた?安田くん映ってたよ!インタヴュー受けてて…」

眩しい笑顔で、何を話してくれるのだろうと思えば…そんなくだらない事か…。

「なーんかまたへんな事言っててさ、笑っちゃって」

俺のための買い物をしてたのに、帰り道にはもう他の奴の事考えてたんだ?車のナビか何かで見たのかな?あのナビだって、俺が取り付けしたのにね。壊れるたびに俺が直してたモニターで、そんなくだらないもの見てたんだ。

「懐かしいなーって…。 本好くん?」

みょうじさんのいいところは、おおらかなところだ。ちょっとやそっとじゃ、怒ったりしない。でも、それが悪いところでもある。自分が許せる程度の罪悪であれば、他人も許せるとでも踏んで居るのだろうか?残念だけど、世の中の人間全てがみょうじさんみたいにおおらかでも穏やかでもないんだよ。

もっと他人の言動に哀れなまでに敏感で、自分に都合の悪いことには蓋をして、一生見たくない聞きたくない触りたくないって臆病者で、のくせに自分が気に入ったものへの執着心は計り知れないもので、独占欲にまみれてそれに必死なんだよ。もちろん俺だって漏れなくそっちの人間な訳だ。

俺は安田と同じ高校に進んでいた。そこで出合ったみょうじさんは、どういう経緯でかは判らないし、知りたくも、考えたくも無いんだけど…。高校生活3年間を安田の恋人として過ごしてきた。俺と安田とみょうじさんは、結構な時間を一緒に過ごしてきた。クラスも一緒で、部活もまた安田と一緒だった俺は特に、みょうじさんとの交流が深かった。彼氏の友人、だ。

3年になって、安田だけクラスが分かれた。だからって、何が起こるでも…あるいは終わるでもないだろうと思ってた俺は、やはり人間関係と言うか、恋愛関係だとか言うものに疎かったんだろう。安田の隣に居る女の子が、みょうじさんではなくなっている時間が増えていった。それでも、『恋人』の役目はみょうじさんがしていたし、お互い嫌いあって居るというわけでもなかったように、俺は思う。特にみょうじさんは、安田の理不尽で不条理な女性関係に、嫌気は差していたにも安田本人に嫌悪感を抱くと言う事は全く無かったようだ。まだ、安田を見つめる目には少し熱のようなものがこもっていたように思う。

受験シーズンになって、よりいっそう、安田とみょうじさんの距離は深まった。代わりに、といっては癪なんだけど…。俺とみょうじさんが一緒に居る時間が増えた。勉強の合間にも、こっそり携帯電話をいじくって誰かとのメールのやり取りを楽しむみょうじさんの横顔は、どこか儚げで…自分の力量も知らず、守りたいと思った。

『奪ってしまおう』

俺がそういう思考に傾いてしまうには十分すぎるくらいに、安田はみょうじさんをぞんざいに扱っていた。結局俺は、無理やり安田からみょうじさんを奪って、高校を卒業、みょうじさんと同じ大学に進学して、安田からていよくみょうじさんを隠してしまったわけだけど。…いま思えば、あの頃の安田とみょうじさんは、いわゆる倦怠期だったのではないだろうか?

少しの時期、俺は悩んだ。安田からみょうじさんを奪ってしまった事を悩んで居るのではない。みょうじさんを俺のものにしてしまったことに悩んだ。本当は、まだ、二人はすきあって居るのではないだろうか?切っても切れない絆とか恋だとか愛だとか…そういう俺には見れない、触ることの出来ない綺麗なもので硬く強く結ばれているのではないだろうか?

そうは思っても、みょうじさんに訊く事は出来なかった。それは単に俺が臆病だからだ。みょうじさんの中で、俺が安田に勝って居る自信がない。守ってあげたい、だとか幸せにしてあげたいなんて自分勝手な一方通行極まりない強引で、でも純粋な気持ちをみょうじさんに押し付けておいて。もしみょうじさんが「安田の事がまだ好きだ」って言ったら、みょうじさんのその気持ちを尊重して俺がみょうじさんの事を諦めて、安田との復縁に尽力を注ぐ事が。結果みょうじさんの事を守ることになって幸せにすることになるんだと判っていても、もう俺にはそんなこと出来ないんだと体の熱が、心のそこからみょうじさんの事を求める激情が暴れまわって、凶暴な感情を目覚めさせる。

「本好、くん?」

呼びかけに応じない俺を心配して(不気味に思って?)震える声で、俺の背中に触れるみょうじさん。


俺の危惧が事実であったとしても、あの日。俺の気持ちにこたえたのは君だ。いまさら、もしも安田のところに戻りたいなんて言ったって…聴けないから。


とっさにみょうじさんの手をとって、引き寄せ抱きしめた。きゃっと小さな声を上げたみょうじさん。頭を潰してしまうように、自分の胸と腕で締め付ける。痛いだなんて一言も漏らさないみょうじさんは、身長差の所為で少しだけかかとが浮いている。彼女の持っていたココアが衝撃に身を揺らし、俺の服に、カーペットにかかって甘いしみを作った。

放したくない。放せない。君の幸せなんてもうどうだっていいんだ。そんなものぶち壊れてしまえ。俺は君が居なきゃ壊れてバラバラになって原形をとどめておくことはおろか、元の形だって忘れてしまいそうなんだ。はじめから、3人で居たかったわけじゃない。はじめから、こうして2人で居たかったんだ。俺を守ってて、幸せにして。君がここで息をしてる、それで十分なんだから簡単でしょ?


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