手の平ダンサー
あー、あの雲…ソフトクリームみてぇだなぁ…


昼下がりの中庭で日差しを体いっぱいに浴びながらのんびりしてると、体の中の悪いもの(無いに等しい量だけど)が全部キレイに蒸発されてっちまうような気分だ。ひとりでこうやって、なんていうかな?特になんもせずにぼうっとしてるってか瞑想してるってか…こういうのさ、かっこよくねぇ?こう、俺は一人好きだから、あんま構わないで…みたいなクールじゃね?いやいや、これは全然、藤の真似とかじゃねぇから!!アイツは寝ることが目的で、寝心地の良さを求め(結局、空調設備の整った優しい保健室)ふらふらしてると、まるで一匹狼のように女子どもは錯覚してきゃあ藤くんかっこいい!!みたいになっちゃってるだけでさッ!!俺は本当に、1人になりたかったからここに来てんだよ?!本来俺って孤独を愛する奴なんだよ…かっこいいだろ?

「あ、あの雲、うんこみたいだ」
「あー、そういう見方も…ッ?!」

って、ぇええええ?!びびった!!おっわ!!普通に返事しちゃったけど、なんで?!なんでみょうじちゃんが俺の隣に居んの(アヒル座り)?!なんか一生懸命雑誌よんでるし…!!いつのまに隣来てたんだ?!みょうじちゃん…!!全然気付かなかったぜ…口のまわりが冷たい気がして手でぬぐうと、ぬるっとすべった。あ、よだれ垂れてら…俺寝てたのか…

「みょうじちゃん、何してんの?」
「雑誌読んでるの」
「ふうん、おもしろい?」
「うん、勉強になる」
「おしゃれの?」
「ううん、いろいろの」

みょうじちゃんが、かじりつくようにそれこそ雑誌のページにのめり込みそうなほどに顔をちかづけて凝視してるそれは、女子がきゃあきゃあ言いながら読むよりどりイケメン詰め合わせ全集でも、表紙がキラキラした愛されメイク術!モテファッション!みたいなファッション誌でもなかった。いや、逆にそっちのほうがよかった…。けばけばしい色彩で記された『極楽☆天国の体位』、ポップな自体で『Hカップ・流れ乳』重々しい明朝体の『縛り』などなど、不穏な響きの文字ばかり所狭しと印刷された…あれ。えろ雑誌。まさかみょうじちゃん…ええええ

「それ…みょうじちゃんの?」
「ううん、安田くんに借りたの」
「そっか」

よかった…いや、逆によくねぇ…!!なに?!安田とみょうじちゃんってそんな?!こんな雑誌共有しちゃうような仲だったの?!えッ?!そんな話まったくきたこと無いんですけど?!マジか?!え、てか、もしかしなくても…『極楽☆天国の体位』試しちゃうような仲ではねぇよな?!それはまさかッ!!ねぇよな…?!みょうじちゃんは一向に雑誌から顔を上げようとはせずに、この気持ちのいい青空の下でエグいえろ雑誌に読みふけっていた。ちょっと…みょうじちゃん…女の子がそういうの読んでちゃだめだぜ…

「うっわ!!これは無理でしょう?!美作くんこれどう思う?」
「ええ…ちょ、これは…体に悪そう…」
「だよねッ!これやろうって言われたら私、相手の事去勢しちゃうわ」
「っていうかさみょうじちゃん、女の子がこういうの読んじゃダメだよ」
「えーなんで?」
「なんでって、男子に変な勘違いされたらいやでしょ?あいつ誘ってんじゃね?みたいな思われたくねぇでしょ?」
「美作くんうっさい」
「いやいや、うっさいじゃなくってさ…」

みょうじちゃんは気分を害したとでも言うように分かりやすく、俺に背を向けて、また俺たちにはちょっとまだ官能的過ぎる雑誌にもぐっていった。俺はまた寝転んでぼうっと空を見上げ…あ、あの雲はネコっぽいな…。ぺらりとみょうじちゃんが官能世界のページをめくる音がする。どっかで鳥の鳴き声やら、誰かが本気鬼ごっこして廊下をばたばた走り回る音やら、風が木の葉っぱをざわざわ揺らす音が聞こえてた。また気持ちよくまどろんでると、ぽすっとみょうじちゃんが俺に背もたれた。なんだ、これ。あれっぽい。ハイジとハイジのむくむくでかい犬。あのコンビのようだ。そのうちにおんじが迎えに来る。あのくッもッはなッぜーネコーのかたッちなのッ

「美作くんって、冷蔵庫みたい」
「へ?」

今なんて言った?みょうじちゃん。冷蔵庫?俺が?…冷蔵庫ってあれだよな?大抵の家庭の台所にあって大体一番でかい家電で、夜中にぶーんってクーラーの音がしてて開ける時にばこって真空の音がする…あの冷蔵庫?俺安田に「指がポークビッツ」とか、本好に「胸板がスーパーヒーロー」とかなら言われた事あるけど…冷蔵庫?は、初めてだな…ってか、冷蔵庫みたいっていわれたことあるやつっていんの?もしいたなら教えて欲しい、なんて反応すればいいんだ?喜べばいい?もしかしてみょうじちゃん突っ込み待ちなの?そう思ったけど、ちらっとみょうじちゃんの顔を見ると、別にふざけてるような顔ではなかった。

「…なんで冷蔵庫?」
「冷蔵庫って無いと困るでしょ?そりゃあ、最初から冷蔵庫の存在を知らない人たちは冷蔵庫の重要性を知らないかもしれないけど、冷蔵庫を使った事ある人ならやぱり冷蔵庫はあったほうがいいっておもうじゃない?でしょ?」
「ん、まぁ…たしかに」
「だって、そうよ?冷蔵庫が無かったら牛乳は冷やせずに腐らせちゃうし、お肉も魚もすぐに悪くなっちゃうし、チョコも冷やせない、氷もつく入れない。クッキーの生地を寝かせることだってできやしないのよ?困るでしょ?」
「それは困るな…」
「でしょ?無いと困るのよ。それに、なんにもないって分かってても開けちゃうのよね。開けて中を覗き込んじゃうの。もう、5分前とかにあけてても、やっぱり何かあるんじゃないかって寂しいおなかをさすりながら覗きに行っちゃうわけ。もちろん、お腹空いてなくたって、なんとなく開けちゃったりって事あるじゃない?」
「うん、それ結構やるな」
「ね?そういうことよ」
「なるほど…」

そういい終わるとみょうじちゃんはまたぺらりとページをめくった。ん?まてよ…みょうじちゃん、もしかして…今の告白?俺の事好きなのか?だって冷蔵庫=俺で、冷蔵庫の事無いと困るとか、なんとなくあけちゃうとか、重要性だとか…それって同時に俺の事褒めちぎってんだよね?居ないと困るみたいな?一匹狼作戦成功か?!まじか?!みょうじちゃん…?!

「それにね、冷蔵庫は外見無機質でも中では丸一日、ずーっと。たくさんのものを守ってるの。悪くならないように、あるいは美味しくなるように。大事に大事に守ってるのよ」
「クッキーの生地とか?」
「そう。分かってるじゃない」
「あ、あのさ…ちょっと訊いていい?」
「ん?」
「今の話聞く限りさ、みょうじちゃんってもしかして、俺の事好き?」

みょうじちゃんはばっと雑誌を床に置いて、俺にずいっと詰め寄ってきた。顔がいかにも不機嫌そうだ。

「あのね美作くん、掃除機と手繋ぎたいって思ってる人がいる?電子レンジにキスしたいって人がいる?DVDレコーダーとセックスしたい人がいると思う?」
「え…いや…いねぇ、と思う」
「そういうことよ。」

すっとみょうじちゃんは雑誌を拾い上げてすっと立ち上がる。俺は半身を起こしてその姿をぼうっと見つめる。なんか俺…すげぇ、1人で舞い上がってたな…寂しい奴…涙が出そうだぜ…

「でもね、美作くん」
「ん?」
「私は好きよ。冷蔵庫」

この雑誌あげる。そう言って俺の腹の上に雑誌を放ってみょうじちゃんは走っていった。え…?好きって、冷蔵庫が?

「あ、その雑誌!本当は私のだからッ」

遠くから手を振ってそういうと、みょうじちゃんは今度こそどこかに行ってしまった。…これは、本気で…脈ありってこと?!ってか、え?!このえろ雑誌マジでみょうじちゃんのなの?!ぱらっとページを開くと中から薄い冊子が落ちた。大抵の家電量販店で無料配布されてる商品紹介の冊子だ。最新型の一つ前の型の大手の冷蔵庫に赤丸がしてる。

…みょうじちゃん、どういうこと?俺、遊ばれてる?


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