01
ぱたぱたぱた…。休み時間も終わりがけ、教室に戻ろうと歩いていると向かいから さんが走ってきた。

どうしたんだろう?次は教室で授業を受けるはずだ。時間割変更の連絡は聞いてない。わざわざ教室とは反対方向から走ってくる生徒がいるはずが無い。驚いて立ち止まると、 さんも俺に気がついたのか困ったように眉を下げたいた顔をぱっと変えてにこにこして手を振ってきた。

彼女はすごく表情豊かで面白い。いつもは袖の余ったカーディガンで手の半分が隠れてしまっているのだけど、今日は…そうとう走り回っているんだろうな…暑さに観念したかのようにひじの辺りまでカーディガンと制服を捲くり上げていた。白くてふわふわとした腕が彼女の女の子らしさを増徴させた。

「本好くんだー!こんにちわー!」
「こんにちわ、 さん。どうしたの?授業始まるよ?」
「え?ああ!!もうそんな時間?!」
「うん、ちょっと余裕はあるけど…そろそろ教室に行かなきゃ遅れちゃうよ」
「うう、そ、そうか…また捕まえられなかったぁ…」
「どうかしたの?」
「あ、うん…あのね」

ほっぺたを赤くして息を切らした さんは、みのり先生に安田を捕まえるように頼まれたことを話してくれた。学期末テスト前に成績不振者は補習がある。安田はだいたいが赤点だからもちろん先生から声がかかるに決まってる。…逃げたんだな…安田。

だいたい、逃げたってどうなる問題じゃないくせに…そういう自分勝手で さんの事困らせて…本当に迷惑なやつだ…。 さんは息を整えると、一度だけちいさくため息をついた。疲れたんだろうな…。

窓の外に目をやると、今日は驚くくらい天気が良くて、すごく気持ちのいい日だった。なんでこんなに気持ちがいい日なのに、 さんは学校中を走り回って安田なんかを探してやらなきゃいけないんだ…可哀想に さん…俺が何気なしに外を眺めていると、 さんはつられて外に視線を泳がせた。

「そういえば、最近すごく天気いいよね!」
「秋晴れだね。空気が澄んでて、バカみたいに熱くないから…過ごしやすくて良いよね」
「ねー!」

そういいながら、 さんは額に浮いた微小の汗の玉をハンカチでぬぐう。ああ、 さんは今あっついよね…。というか、みのり先生… さんに安田の事追わせなくても、放送で呼び出せばいいのに…あの人もけっこう、しっかり見えてて抜けてるからな…

「あ、そうだ!私、授業の前に職員室よらなきゃ…!!」

はっと表情をこわばらせて、 さんはまた走り出そうとする。

「ねぇ」
「ん?」
「 さんは…なんで安田の事が好きなの?」
「え…?…えええええ?!な、なに?!急に…!!」

 さんが昭和のギャグアニメのお茶目なキャラクターのような意味不明なポーズをとる。ああ、相当照れてるんだな…

「なんか…俺は安田に さんはもったいないなーって思うんだよね」
「もったいないって…?!」

 さんは真っ赤にした顔を両手で挟んでいたずらっぽく笑う。ほら、だって。 さん、こんなに可愛くて(顔には好みがあるから強く言えないけど、仕草や立ち居振る舞いが女の子らしくて可愛い)、クラスの人からも好かれてて、素直でいい子なのに…

安田とは全然似合わないと思う。一緒にいたら、 さんの良い所を全部安田がダメにしてしまうような気がする。というか…似合わない…よ、やっぱり。安田はまだ、人間と付き合っていいレベルの人間じゃない。

「優しいんだ、安田くん」
「え…そう?」
「うん、そう」

もう、少しも照れてない さんは、すごく楽しそう…それ以上に嬉しそうに笑った。なにか懐かしいとっても大事なものを手のひらで丁寧に撫でるように、そんな親しみや慈しみのこもった表情で さんはもう一言「そうだよ」と、確認するようにつぶやいた。

俺には安田が優しいなんて到底思えないし、もし優しくされても気味悪く思うだけなんだろうけど…ああ、これがあれだ。恋の病なのか…。 さんはいま、恋する女の子なわけだから、きっと安田が何しようが好きでいられるんだろうな…浮気とかそういう複雑なものは置いといてさ、蹴ってきたり殴ってきたり犯罪とか犯しちゃっても「安田くん好き!」とか言っちゃうんだろうな…そういうやばい状況に陥っちゃってるんだな…ふぅ、俺には一生理解できないな…。

でも、傍から見る『恋する さん』はとっても愛らしくて、目の保養にも心の癒しどころにもなって俺としてはとっても気持ちがいいので…まぁ、仕方ないかな。安田の事は大目に見てやろう。

「あ!じゃあ!また教室でねっ!!」
「うん。呼び止めちゃってごめんね」

いいよー!!って大手を振りながら さんは職員室のほうへと向かっていった。






「おい!今の聞いたかよ!!マジか?!おいおいおい!!」
「安田うるさい」

マジで?!マジかよ!!おいおいおい!!みのりちゃんが俺を捕まえさせるために を使ってきて、休み時間中ずっと から逃げてなきゃいけないような状況に追い込まれて、なんだよもう!俺らせっかくちゅうする仲になってこれからはスーパーイチャイチャタイムだぜよっしゃー!!って思ってたのに…!!そして 律儀すぎる…!!マジで俺の事追っかけてきちゃうんだから、なんかもう可愛くってたまんなくって…!!逃げちゃうよなあ!!そりゃあ!あんなに一生懸命追いかけてきてくれるんだからさ!!だって、どう考えたって教室で待ち伏せたほうが賢いじゃん!!

ほんと、ほんと!! ばかかわいい!!ってことで、絶賛 とふたり鬼ごっこ中、校舎から飛び出して木の陰に隠れてると、すぐ横の廊下から本好と の話し声が聞こえてきた。おおう、本吉が女子と二人っきりでしゃべるって…ちょっと意外だ…。いいことじゃねぇとは思ってるけど(まぁ、だから燃えるんだけど)こっそり二人の会話を盗み聞きしてたら聞こえてしまった。

『優しいんだ、安田くん』

っぎゃああ!!かわ、かわいすぎるだろ?!俺、ほんと…爆発するかと思った…!! 可愛すぎる!!声だけでだいたい分かるんだよな…どんな顔でしゃべってんのかとか、どんな風に手とか足とかもじもじさせてるかとか…あ、でもたまにありえないくらい暴れまわって喋ってるけど… は基本的に一生懸命しゃべりながらボディーランゲージで同時通訳してくるから本当に飽きない。

ていうか、俺、優しいか…? はよく優しいって褒めてくれるけど…そのたびに悩む…。う、うーん…まぁ、 が優しいって言うんなら…優しいんだろうな…うん、いまいち理解できねぇけど…優しさってあれ?エロさと似通ったものがあるんならそれ多分おれいっぱい持ってるんだけど…優しさとエロさの似てるレベルがほうれん草とチンゲンサイが似てるってレベルくらいだったら が見誤っちゃうのしょうがないなーってなるけど…優しさとエロさって大豆とドリアンくらい違うよな…? 大丈夫かな…?

「てかさ、本好俺が外にいること気づいてた?」
「うん、下品の気配がした」
「うわ!ひどっ!!」
「 さんに迷惑かけるのやめろよ。嫌われるよ?…まぁ、俺としては嬉しい事だけど」
「大丈夫だって!!だって、 どう見たって俺にべたぼれだろ?!優しいって褒めてたし!!てかべたぼれなの実は俺のほうだったりしてっ?!もう、ほんっと かわいい!!なッ!なァッ!!」

俺が本好の肩に腕を回そうとしたら、本好はすっとかがんでそれを避けた。うわ、ひでぇ…!!こういう海外ドラマみてぇなことしてみたかったのに俺!いぇーい!ジョー調子どうだい?!やぁトニー、絶好調さ!はっはっはー!!見たいなの!!かすった俺はよたって、廊下の壁にひじをぶった。いってぇえ!!

「でもさ、転じて言えば さん。優しい人だったら安田以外でもいい、ってことだよね?」

キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン

「っ!!あ、授業!!」
ぼうっとしてる間に本好は歩き出して、俺は急いでそれを追う。おいおい、まさか本好おまえ、マジで?!本好の前に回りこんで歩きながら顔を覗き込む。

「おまえ、もしかして に惚れてんの?!狙っちゃってんの?!射程圏内ッ?!」
「だとしても安田の彼女はごめんだよ、俺」
「え?!どういう意味だよそれ?!」
「これ以上俺に絡むなってことだよ」

ええええ?!

テスト、テスト、テスト



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