明日葉くん
目が覚めると土曜日で、なんだかまだ…深田に怒鳴った事が、心臓の辺りでモヤモヤしてた。僕があんな事言ってよかったのかな?いや、でも…本当に思った事なんだから…仕方ないって言うか…でも、あんな事、言いたい事だけ怒鳴り散らした僕の行動だって、すごく身勝手で、なんだか自分に経験の無い事、理解できない事を頭ごなしに否定して…もしかしたら、深田の事をもっと傷つけたかもしれない…。

午前6時39分。こんな時間、深田に電話したら起こられるだろうな…というか、起きてなさそうだ…。僕だって普段、休日にこんな時間に起きたりしない。目が覚めちゃって、どうしてももう一度寝る気分にはなれなかった。お腹で渦巻く罪悪感。一度深田に謝ろう。許す許さないの話じゃないけど、なんだか…謝らなきゃいけない気がする…。

午前8時。これくらいの時間なら起きてるかな?ベッドに座ったままぼうっと1時間21分待った。パジャマはくしゃくしゃだし、顔も洗ってない。ただ、握ったままのケータイがぬるくなってた。

「…」
『…』
「あ、深田?」
『じゃなかったら誰に電話したのよ?』
「あ、ご、ごめんね!こんな時間に」
『いいわよ、別に。起きてたし』
「そっか、よかった…」

で?用件は?深田の言葉が耳に刺さる。急に口が渇いて、何を言おうとしてるのか分からなくなった。早く、しゃべらないと…深田に失礼だよな…はぁ、でも…電話でなんて謝ればいいんだろう?もともと電話ってあんまり得意じゃないんだよね…相手の顔が見れないから、いやな事言っちゃったかな?とかわかんないし…

「あ、あのさ!10時頃にくじら公園まで来てくれない?かな…?」
『…なんで?』
「あ…昨日、の事で…えっと、その…話っていうか…なんていうか…」
『…いいわよ、10時ね』
「う、うん!じゃあ10時に!!」
『あんた、なんかおかしいわよ?大丈夫?』
「え?そ、そうかな?!」
『まぁ、いいけど…』


10時にくじら公園に行くと、もう深田が居た。僕、呼び出しといて遅れるって…

「ご、ごめんね!待たせた?」
「別に、着いたの今よ」
「そっか」

昨日と同じブランコに座って、お互い口も開かずに漕ぎ続けた。天気は曇ってて、寒い。はやく、深田に…昨日の事、言わなきゃ…

「で?なんで急に呼び出したの?」
「あ、うん…その…」
「もしかして、告白する気?」
「まさか…!!」

冗談よ。深田が僕の事を笑い飛ばす。僕は少し居心地が悪くて、何度かお尻を浮かしてブランコに座りなおした。

「あ…昨日は…ごめん」
「は?」

まさに、は?って言う顔で深田が僕を見た。まったくもってわけが分からないって顔。間抜けだ。

「勝手に…その、深田と深田の恋人の問題なのに、口出ししちゃって…」

僕の言い分だって、勝手だったかもって、思って…。

そう言うと、深田は変な顔をして笑った。なんだ、そんな事かって…

「あんたが気にする事じゃないわ、それに事実だもの。あんたが言った事。間違ってないと思うわ。」
「…うん、でも…なんか、」
「気にしないでよ。あんたが気に負うことじゃない」
「…うん」

深田は、よく分からない。あんまり、人に頼ろうとしないっていうか…人間関係が冷めてる、すごく個人主義な気がする。僕だから? だったら違ったのかな?藤くんだったら?僕がどれだけ悩んだところでこれは深田の問題で、僕の問題じゃないんだ。僕にどうこう言う権利はない。

「雨、降りそうね」
「ああ、そうだね…帰る?」
「話したい事って、もしかしてアレだけ?」
「うん。ちゃんと、その…謝っておきたくて」
「あんたって、律儀よね…」
「そんな事無いと思うんだけど…」

公園から出て、深田を送っていこうとすると、道路に出たとたん深田が歩くのをやめた。

「どうしたの?」
「…彼氏」
「え?!」

深田が指を指したほうを見ると、背がすらっと高くて大人っぽい男の人がいた。深田の彼氏。うわ…大人っぽいな…しかもすごくおしゃれ…。彼氏の方は深田を見つけるとこちらに近づいてきて挨拶してきた。なんだか人懐っこそうな人だ。

「彩ちゃん、なんで電話でてくんないの?」
「…電話、した…私から」
「え?あ、そうなの?ごめんね出れなかった」
「今朝…、知らない女の人が出た」
「えー何それ?知らないよ、俺」
「だったらそれでいい、別れる」

なんだか、変な空気…だな…。僕、ここにいてもいいのかな?深田と彼氏の会話がエスカレートしていく。深田はもう完全に冷めてるのに、彼氏のほうがそうじゃないみたい。口調で分かる、すごく…イラついてる…止めなくていいのかな?でも、僕が口出しする問題じゃないし…

「はぁ…もっと頭悪いと思ってた」

彼氏が吐き捨てた言葉。さっきまでとは全然雰囲気が違う…大人っぽいっていうか…なんか、上手くいえないけど…不快だ。

「ていうか彩ちゃんさ、先に約束破ったの彩ちゃんじゃん?なんで昨日来てくれなかったの?」

もしかしてその子と遊んでたの?鼻で笑って僕のほうを見る彼氏の目は冷たくて、もうさっきのような人懐っこさは無かった。急に話に出されて、おどおどしてしまった。深田は黙ったままで、彼氏のほうを見ようともしてない。

「あ、の!僕は、ただの幼馴染で…その」
「あ、そうなの?」

本当にどうでもよさそうに、視線をはずされる。大人の人の威圧感に押しつぶされそうだった。まだちょっと心臓がうるさい。

「彩ちゃん、嫉妬とかしない子だと思ってた…見た目大人っぽいから、ちょっと遊んでみようかなって思ったんだけど…」う、わ…酷い事言うな…この人…。深田、キレちゃうんじゃないかな?そしたら僕、どうやって止めよう? 見たいに、土壇場で急にどうにかできるタイプじゃないからな…藤くん、か誰か…呼んだほうがいいのかな?おそるおそる、深田の顔を覗いてみる。

…あ

「なに?!泣いちゃったの?!…めんどくせぇ…」

「でも、いまの彼氏は…一緒に居て、好きだなぁとか一緒に居て楽しいなって思うことが結構あったんだよね…」

深田が泣いてるところなんてはじめてみた。僕はさっきまで深田が怒って、暴れだしたらどうしよう、どうやって止めようって考えてばっかりだったから…泣いてる深田を見て、正直拍子抜けした。…深田が、泣いてる…

「あ、あの!」
「ん?」
「深田、本当に貴方の事が好きで、貴方と付き合ってたんだと思います!だから、その…」
「何急に?」
「だから、遊んだとか!面倒とか!言うのは失礼だと思います!」

そういいきると、イライラが頂点に達したらしい彼氏が僕の胸倉に掴みかかってきた。うぐッ…!!う、けっこう…く、くるしい…な、これって…!!

「は、なッ」
「はァ?」

放せって言おうとして口を開いてみたけど、息が詰まって声にならない。苦しい…はぁッ…やっぱり…口出しするべきじゃなかった、のかな…だって、ほんとに…僕、関係ないのに…そりゃ、怒るよね…

がんッ!!視界の端で、真っ白な足が僕を掴みあげてる男の腹に突き刺さった。ぐあッって男が苦しそうに声を上げる。僕を乱暴におろして、お腹を手で覆って地面に突っ伏してしまった。…深田?深田のほうを見た瞬間、顔が見えるか見えないかってところで、腕をぐんと引っ張られ、視界がゆらいだ。僕の足がもつれるのもお構い無しに深田は僕の腕を放さずに、それどころかぎゅうぎゅう握る力を強めて走った。雨が降り出して視界がぼやける。深田の背中だけが見える。冬になる前の雨は冷たくて、服がゆっくりと重たくなっていった。適当な曲がり角で深田は走るのをやめて、僕もやっととまることができた。

「はぁ、はぁ…びっくりした…だって、深田、急にッ」







…ちゅぱッ



「わあああああああああああああああああ!!!!!!なッ、深田ッ!?いいいいいいいまの?!」
「キス」
「わ、わわわかってるけどぉ!!な、なんで?!僕、明日葉だよ?!大丈夫?!えッ?!」

しゃべってる途中で口をふさがれた。雨で濡れて、冷たくなっていた唇に深田のあたたかくて柔らかい唇が重なった。なッ!深田はいったい何を考えてるんだ?!昨日僕が説教したばっかりなのに…!というか彼氏蹴って逃げてきて、そのタイミングでキスってなに?!なんでキス?!深田、安田くんに変な病気うつされちゃったの?!僕は、上手く日本語がしゃべれていないまま、深田の肩を掴んでそれ以上僕に近づけないようにした。な、何考えてるんだ?!

「あたし、アシタバの事が好き」
「…はぁ?!」
「だって、あたしの事あんな風に叱ってくれる人なんて今までいなかったし、あんたと一緒に居ると落ち着くの。ねぇ、だめ?」
「いいとかだめとかの話じゃなくて!!深田彼氏居るでしょ?!いま道路でお腹抱えてひぃひぃ言ってるの深田の彼氏でしょ?!」
「いいのよ、別れたんだもの。」
「だッだだ、だめだよ!!」
「そんなの知らない」

黙れとでも言わんばかりに、深田がもう一度僕にキスする。頭がおかしくなりそうなくらいに柔らかくて気持ちがいい。ゆっくり抱きついてくる深田の体は細く見えるけど、女の子っぽく柔らかくて…

「明日葉は、あたしの事嫌い?」
「…わ、わかんないよ…そんなの」
「じゃあ、付き合ってよ。明日葉があたしの事好きになるようにするから」
「するからって…!!」
「ねぇ、あたし、自分から告白するの初めてなのよ?女の子に恥じかかせる気?」
「そ、そんな…!!」

なんだか、僕よりも深田のほうが『タバサちゃん』だと思う…。

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