2年A組
頼子にお遣いに出されて、近道をしようと思ってくじら公園を横切ろうと思ったら、深田がブランコに座ってた。こんな時間に何してるんだろう?女子1人で外にいるような時間じゃない。ケータイを家に忘れてきちゃったから時間を確認する事はできないけど、家を出たのがもう午後10時を過ぎてたから…やっぱり女子1人じゃ危ない時間だ。

「深田?なにしてるの?」
「…ああ、明日葉」

顔を上げた深田は、なんだか誰かを待ってたみたいだった。声を掛けたのが僕だったのが残念だった、というかちょっとだけ意外そうな顔をした(と思える)。こんな人気の無いところに深田一人にしておいたらよくないよな…断りもいれずに深田の隣のブランコに腰掛けると、きぃっと鎖がきしんだ。深田はこっちもみないでぼうっとしてる。なんか、らしくないなあ…

「こんな時間に女子1人じゃ危ないよ?」
「何時?」
「もう10時過ぎ」
「そうだったの…」
「知らなかったの?」
「…ぼうっとしてた」
「ふぅん、珍しいね。深田がそんなドジするなんて」

僕が笑うと深田がこっちを向いて、うっさいわよっていつもの調子で言う。安田くんと の事で疲れたのかな?深田結構暴れてたし。

「 と安田くん、どうなったんだろうね?」
「キスしたって」
「ぇえ?!」
「あんた、キスくらいでそんな騒いで」
「だ、だって…!!っていうか、それってやっぱり安田くんから…?」
「違うわ、 が押し倒したんだって」
「 が?!へぇ…」

足を地面につけてちょっとだけブランコを揺らす。きぃこきぃこ。深田は の家に行って、色々話を聞いてきたらしい。山田さんが病魔に罹ってて、それが安田くんにも影響しちゃって…あんな事になったらしい。大変だったんだな… は小学校からの友達だから、本当は僕も何かしてあげられたらよかったんだけど…

「…」
「…」
「…あんた、いつまで居るの?」
「えッ?」

 と安田くんのことについて考え込んでいたら(まぁ、考えたってもうどうにもなんない事だけどね)深田が声をかけて、少しうつむいた僕の顔を覗き込んできた。

「いつまでここにいる気なの?って訊いてんの」
「いつまでって…深田が帰るまで?」
「なんで?」
「だって、こんな時間に女子1人じゃ危ないよ」
「…あんたも危ないじゃない」
「僕は男だからそんなことないよ」
「ばかね、10人の男にあたしかあんたどっちがいいかって聞いたら4人はあんたって答えるわよ。きっと」
「ええ?!なんで?!」
「いいから、帰りなさいよ」
「ダメだよ。深田が帰るまで帰らない」
「私待ち合わせしてんの」
「いつ来るのその人?」
「知らない。来ないかも…怒ってたし」
「…彼氏?」
「うん」

落ち込む深田。そんな風に落ち込む、っていうかふさぎ込む?深田を見たのは初めてで、どうしていいのか分からなくなる。もともと女の子とおしゃべりするのなんて得意じゃないし、こんな風に緊張せずに話できる女子なんて深田か か…最近じゃ鏑木さんもそうだけど…。どうやって話したら、なんて声かけたら…深田は元気出すだろう?あああ、こういう時女子同士だったらなんか気の利く事言えたのかな?!僕じゃ話聞いてあげること位しか出来ないし、そもそも女子って男子に自分の彼氏の話とかして楽しいのかな?!本当は僕、早く帰っちゃったほうがいいんじゃないかな?!ああ、でもこんな時間に深田ひとりなんてやっぱり危ないし…

「今日さ、彼氏との約束すっぽかしたんだよね…」
「それで怒ってるの?えーっとその、彼氏…さん?」
「たぶんね。でも違うかも…」
「もともとケンカしてた?」
「うん」

この間エッチするの拒んだときから…。

ん?

「え?深田ッ?!ちょっとまって?!」

僕はブランコをがちゃがちゃ鳴らして立ち上がった。え?えッ?!僕達まだ中学生だよね?!ええええ、えッ…えっち…?!って…?!心臓が、ばくばくする…僕いま絶対に顔、赤くなってる…!!びっくりしたまま立ち尽くして深田を見ると、すごく大人っぽい顔で「ああ」ってため息でもつくみたいに笑った。

「明日葉は経験ないわよね」

それからまた前を向いてブランコを揺らし始めた深田。僕はゆっくりブランコに座りなおして、やっぱり話聞かないほうがよかったかな?って思った。だって、男子にそういう…そっちの話…したくないよね?普通…ああ、でも深田…僕の事そういう風に見てないのかも…ううーん…聞いて欲しいなら聞いてあげたいと思うけど…ちょっと、僕じゃ、次元が違うって言うか…これって、絶対…女の子同士のほうがいいんじゃないだろうか?

「 …に、相談してみたら?」
「ダメよ。 にこんな話したらあの子キレちゃうもの」
「…ああ」

思い出される小学校時代。 って結構…いや、だいぶ。危険人物なんだよね…見た目からじゃわかんないけど…っていうか、僕達もあんな事起きなきゃ、ずっと知らないままだったと思う。小学校の5年生くらいのとき、藤くんと深田が付き合ってるっていう発生源の分からない変な噂が流れた。まぁ、深田と藤くんと は特別仲が良かったから、藤くんのファンの女子に少し疎まれてたりはしてたんだけど…昔からちょっと大人っぽかった深田と藤くんはなんだか余計にみんなの注目の的になってたんだけど…それを面白く思わない上級生の藤くん好きの女子が深田に嫌がらせするようになったんだ。当の深田はなんとなく目星のついてる相手に文句を言ったり、仕返ししたり…まぁ、色々やり放題だったんだけど…一人の藤くんファンがそういう事し始めると、いろんな学年の藤くんファンに火がついちゃって…深田はそうやって、いじめられてる事。 には知られたくなかったみたいで、絶対に言おうとはしなかった。たぶん、恥ずかしかったんじゃないかな?だって、藤くんファンの人にはどう見えてたか知らないけど、当時の藤くんって僕や深田、仲良かった友達から見れば、どう考えたって…とにかく、何かの拍子で深田がいじめられている事が にばれちゃって…

「…彩、なんで彩の上履きがゴミ箱にあるの?新しいのに替えたの?」
「…」
「…彩?」

 は深田から話を聞きだして、昇降口に立てかけてあった竹箒を担いでとりあえず6年生の教室へ走っていった。あのときの の威圧感って言ったら…本当に、普段のへらへらした感じからじゃ想像できない…深田も僕も、それに驚いてちょっとの間、動く事ができなかった。結局キレちゃった は6年生の何人かに怪我をさせて( も同じくらい怪我しちゃってたんだけど…)職員室に呼び出されてお説教された。でもいじめの事が発覚して はそれ以上のお咎めは受けなかった。ただ、担任の先生から暴力の無意味さ云々を説かされていた。

「 に言ったら、きっと彼氏殺されるわ」
「はは、だね…」

深田はケータイをぱこぱこと開けたり閉じたりさせてから、がくんと頭をうなだれた。深田ってこんな、人前で落ち込んだりするんだ…意外、というか…新鮮だと思う。でも、いつもクールな深田がこんな風に無防備に他人に感情を見せちゃうのって、その…彼氏さんとの事が相当堪えているんだろうな…

「ぼ、僕でよかったら…話、聞こうか?」
「…優しいのねェ、タバサちゃんは」
「うっ…やめてよ、その呼び方」

タバサって言うのは僕の昔のあだ名で、昔アメリカで放送されてたテレビドラマに出てくる魔女の女の子の名前だ。僕が女の子みたいだからって「あしたば」とかけられて「あしタバサ」「タバサ」って呼ばれるようになった。すごくいやだけど、中学に上がってからは誰もそう呼ばなくなったから、なんだか懐かしい気持ちになる。深田はもう一回ため息をついて、細くて長い綺麗な指の先端についてるつやっとした爪をいじりながら、口を開いた。「今度の彼氏は、結構好きだなって思ってたんだけどさ」
「今度のって…」
「あたしモテるのよ」
「知ってるけど…自分で言う?」
「相手が告白してきて、特に断る理由もないし、付き合ってみてから嫌いになれば分かれて、そしたらまた違う人が告白してきて…そんなのの繰り返し」
「へ、へぇ…」
「でも、いまの彼氏は…一緒に居て、好きだなぁとか一緒に居て楽しいなって思うことが結構あったんだよね…」
「…」
「でも生理中だからいまはエッチ出来ないって言って断ったら、すごく怒って…」

した方がよかったのかなーってのんきそうに髪をいじる深田。

「そんなッ!!」

がっしゃん。

ブランコの鎖が鳴って深田が驚いてこっちを見た。勢い余って立ち上がってしまった僕は、どうしていいのか分からなくなったけど、なんでこんなに怒ってるのかもわかんないけど…ぎゅって握ったこぶしがかくかく震えるくらいに、抱いてる感情の何から口に出していいのかもわかんないくらいに怒ってて、少し汗をかいてた。その彼氏の身勝手さに、深田の軽率な言動に…頭が爆発しそうになった。

「…どうしたの?」

ああ、ほら…深田もびっくりしてる。ただの同級生にそこまで干渉されたくないよね。わ、わかってるんだけど…!!なんかその彼氏に対してどうしてもぬぐいきれない嫌悪感と、怒りがこみ上げてきて…!!ああ、でも本当に腹が立ったのは…

「どうして女の子なのにそんなッ…!!そ、そういう事はッ!!もっと大人になってから、ちゃんと!結婚してから、とか!結婚相手とか!!そういう大事な時のためにとっておかなきゃ…!!深田女の子でしょ?!お、おとこは!その…何か起きても、逃げれるけど…女の子は!自分の体に起きる事なんだから…!!そんな!だっだめだよ!!深田!!」

好きだって迫ってくる男を、来るもの拒まずで付き合って…そ、そんな事、して…そんなの!!ダメに決まってる。そうだ、僕が一番に腹を立てているのは深田だ。女の子なのに自分の体を大事にしようとしない、気持ちだってあるかどうかわかんない相手と…!!か、考え方、古いって言われるかもしれないけど…!!そんなのダメだッ!!

「あ…明日葉…」

深田が目を丸くして、バカみたいに口を開けっ放しにして僕を見上げる。

「あっ…」
「あんた、そんな大きな声出せるのね…」
「…自分でも知らなかった…」

結局、深田の彼氏はその後も来なくて、僕が深田を家まで送っていった。帰り道はなんだかお互いに気まずくて、一言も口をきかなかった。僕はずっと下を向いてたし、深田はずっとまっすぐ前を見てた。家に帰ると頼子はもう寝てて、お母さんに帰りが遅いって怒られた。


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