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血の気が引いた。と、同時にうるさかった心臓がしぼんだ風船みたいにぷしゅっと止まった。急いで公園内に駆けてって、その女子の首元を引っつかんで噴水から引っ張りあげた。勢い余ってその女子は頭から後ろのめりに地面に落下した。…なに、してるんすか、 さん…。顔と頭は勿論、胸元までべたべたにした から滴る水に地面が黒くなっていった。濡れた髪からぴっと飛んできた水が顔にかかって、それが、すげぇ冷たかった。

脈略もなく

「お前ッ!何してッ」
「やッ!!やだッ!!安田くんやだ!!触んないでこっち来ないでいやだ嫌いだからどっかいって、私安田くんのことなんて嫌いだからお願いだからこっちこないでしゃべらないで邪魔しないで!私いまから噴水の女神に会いに行くんだから…!!」

叱ってやろうと思ったら、 は俺を払いのけるみたいに立ち上がって、ふらふらの足取りで俺から離れてった…え…?初めての の否定の言葉に呆然とする。さっきまでイライラしてたのとか、ぽろっとどっかにやっちまった…カーディガンでぐずぐずと顔をぬぐう に歩み寄るとまた、いやだ!!って言われた。一生懸命俺を睨む目がうるうるしててかわいそうなくらい真っ赤に充血してて、泣いてたってのが分かる。

「 、 ごめん」
「しゃべん、ないッでぇッ!!」
「聞いてくれよ、さっきの…もし、山田とのあれ…見ちまったんなら、それ…誤解だから、説明させてよ」
「やだ!!!絶対聞いてあげないッ!!だって、安田くん嘘つくでしょ?そんなんなら聞くだけ損だもん」
「嘘って…!なんで、そう思うんだよ?!」
「知ってるもん!聞いちゃったんだもん!スキー合宿での怪我、女の子のお風呂覗いて、それでみんなに怒られて受けた怪我だったんでしょ?」
「そ、それは…」

すごい剣幕で俺を睨む 。こんな怒った 初めて見る。いつもはへらへらにこにこして安田くん安田くん言ってんのに…勝手に傷ついた。俺に傷つく資格なんてねぇのに…

「ねぇ、どうして嘘つくの?私にお話するの嫌になっちゃったの?」
「ちがッ!!…だって、そんな…言えねぇよ…」
「だったら嘘つくの?ねぇ、安田くん」
「女子の裸見たいなんて言って に幻滅されたくねぇじゃん!!それに、風呂覗いたのだって、 の…あの…見たかったから…」
「そんな…!!裸見せてって言われるより、嘘つかれる方が嫌だよ!げんめつするよ!きらいになるよ…!!」

え…?

どんどん声が大きくなっていく はどしどしとでも効果音が出そうな威圧感をまとって俺に詰め寄ってくる。歩くたびに、濡れて束になった髪が揺れて水滴がぽろりぽろりとこぼれた。すがるみたいに俺の胸倉を掴んで が俺を睨む。

「じゃあ、山田さんは?安田くん、山田さんと…だ、抱き合って…キ、キ…」
「それは…!!」

頭の中で何度も練習したセリフがバラバラになって順番を守らずに俺の頭の中を飛び回る。早く、早く言葉にしなきゃ…。ぼろッ、ぼろっと言葉を吐き出しながら、 に、病魔の話をする。俺が言葉に詰まっても は急かしたりせず、ずっと俺の次の言葉を待った。話の途中、胸倉を掴む手を少し緩めて俯いた は、きっと泣いてたんだと思う。信じてもらえんのかな?話しが終わっても、 はぴくりともしない。

「… ?」

 の顔を覗き込もうとしたら、がばっと に押し倒されて、馬乗りされた…え?顔を付き合わせる の目からぽろぽろあったかい涙がこぼれてくる。髪からはつめたい水滴が。俺の服をぎゅうっと掴む手がふるふる震えてる。

「なッんで?!その…びょーま、の所為で…!!やすだくッが…そんな目に、あわなきゃ…なんないの?!わ、たしと…やッすだくッ…うぇッ…ふッぇ」

こんな調子で俯いて言葉になんない言葉と嗚咽を繰り返す 。なんでだろうな…俺だって、なんで病魔の所為で に嫌われなくちゃいけねぇんだよ、なんで のこと泣かせなきゃなんねぇの?どーして俺だったの?他のやつじゃだめだったの?俺のファーストキス返してよ、記憶なくしてた分の、俺の意志で動いてなかった分の時間返せよ… と俺…どーすりゃいいんだよ…ああ、だめだ…俺まで涙出てきた…男のくせに…

「おっ、おれ…だって…っ」

涙が目じりからこぼれて、顔をつたって、耳に入ってぼそぼそっと鳴る。俯いてた がぱっと顔を上げた。あ、はなみずたれて…

かつッ

歯が、あたった。しゃべってる途中だったから少し口が開いてた。 がもう、ほとんど、落ちて来る勢いで俺のくちびるに、 のくちびるを押し付けてきた。やわらかくて、冷たい。鼻がごつっとぶつかってじーんって沁みるみたいに痛んだ。濡れた髪が耳に触って冷たくてちょっとちくちくして痛い。ふんふんと の鼻息がこそばゆい。それでも涙が出てくるくらい気持ちがよくて、だんだんあったかくなってくる のくちびるが、初めて触ったくちびるがうれしくて…体がふやけるかと思った。

「わたし…ずっと、スキーの時だって、帰ってきてからだって…ずっと、安田くんの事考えてて、おでこにキスしてもらったの嬉しくて…いつか、いつか!…安田くんと本当の…キス、できたら…いいな、嬉しいなって…思って…」

くちびるを放して、 はまたぐずぐずと涙をぬぐいながら言った。俺だってそうでしたよ さん。でも、なんで…なんでこんな事になっちゃったんだろ?俺、ファーストキス… に奉げる気満々だったのに…

「やすだくん、私ファーストキスだよ」

俺は垂れてた鼻水をずずずっと吸ってから、カーディガンの袖で鼻の下をぬぐった。

「 さん…これ、俺のファーストキスにしていいですか?」

 はまた泣いて、俺は起き上がって を抱きしめた。体はあったかいのに頭が濡れて冷たい。かわいそうで可愛い 。額に張り付いた前髪を払って、冷たいそこにくちびるをくっつけてやると はぎゅうっと俺を抱きしめ返した。

テイクツーオッケーってロマンも無きにしも非ず。

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