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柔らかくて温かい何かを抱きしめていることが分かる。ああ、やわらけぇ…体が金縛りにあってるみたいなのに、重たくて動きそうも無いのに、ぴりぴり痺れてて頭がおかしくなりそうなのに、何かを抱きしめてる両腕は、もっともっとと鳴りまくる脳みその命令に忠実に力を強めてった。体の前面が柔らかい何かにぴったりとくっついて心地いい気持ちい。顔をずらすと鼻に何かが当たった。ああ、人の鼻か。そんなことに気がつくと、自分の唇が何か、いや、誰かの唇に引っ付いていることが分かった。柔らかい。しっとりと濡れてる唇は表面が吸い付くように俺の唇にくっついて、細胞同士が繋がって離れられなくなっちまうんじゃねぇか?ってくらいぴったりと張り付いていた…ああ、俺、これ、 とキスしてんだ。ずっと思い描いてたファーストキス。女の子みたいにドキドキしながら、毎日毎朝毎晩イメージし続けてきたロマンチックなキスだ。 …、 、 …嫌がられるかもしれないけど、止まらない。顔の角度を変えて、もっともっとと唇を押し付けると、かちゃり、と何か硬いものが鼻に当たった。え…

はちきれそうだ、飛び出しそうだ

はっとした。スイッチでも切り替えられたみたいにぱっと、体が完全に自分のものに戻った。ぬるっと滑ってはなれた唇と、からだ。抱きしめてた何かを、その誰かを見て…心臓が破裂した。

「や、まだ…」
「安田くん!山田さんから離れて!」

怒りとか混乱とか、いろいろのなんかの感情が芽生える前に、ハデス先生が走ってきて俺に言った。でも、うまく体が動かなかった。ハデス先生にうつしてた視線をゆっくりと山田に戻すと、山田は泣いてて(俺だって泣きてぇ)背中になんか黒いもやもやを纏った、ミュシャだかなんだかが描くような髪がするする長い女神的な神々しいお化け?を背負ってた。え…まさかさ、これって…

「安田くん、山田さんは病魔に罹っていたんだよ。そして君もね」

『恍惚(ディルドゥ)』って言う影響型の病魔だね、山田さんに憑いてなんちゃらかんちゃらとハデス先生がしゃべってる。は?え?…なんか、うまく頭に入ってこないんすけど?ええっと、要するに?山田が罹ってて、俺が影響されちゃったわけですよね?俺被害者っすよね?なんで山田泣いてんの?は?は?は????

「また病魔…」

俺がぼうっとしてる間にハデス先生は山田の病魔をさくっと消しちゃってさらさらと俺と山田に病魔の説明?みたいなのしゃべってて、山田は泣いてて先生に背中さすられてて、俺はぼうっと突っ立ったままで、もう3分の1しか残ってない夕日を見てた。濡れてた唇に冬に近づいてきた冷たい風が沁みた。

「わ、わたし…安田くんが、わたしの事…好きになってくれたら、いいなって…思って…でも、安田くんには さんがいるって事、わかってたのに…!こんな、ことになっちゃって…ご、ごめんなさい…!!」

震えながら謝る山田。意味が分からない。だったらなんだよ…俺のファーストキス返してください。

「… 。」
「ああ、 さんなら…」

さっき見かけたけど、なんか急いでたみたいで…

走ってどっかに行っちまったらしい…体にびりりっと電流が流れた。鞭に打たれたようだった。 に見られたのかもしれない。見せてしまったのかもしれない…皮膚がじりじりして、寒い季節なのに汗が吹き出た。 …俺は走り出した。どこに行ったかもわかんねぇくせに、走った。 を探して、見つけて、話さなきゃ…謝らなきゃ…ハデス先生が俺を呼び止める声が聞こえたけど、そんなんに構ってらんねぇ。はやく、はやく…!!

「がッ!!!!」

目が飛び出すかと思った。というか半分でた。腹に喰らった一撃に吐くかと思った。衝撃に耐え切れずにコンクリートのテラスにどしっとしりもちをついた。確実に内臓のどれか1つは泣いてる。校舎の影からすらりと伸びたキレイな足。

「あんたッ!! の事追おうなんて思ってんなら今すぐ去勢してやるからッ!!」
「うっ…深田ッ…げほッ」
「ちょっと!深田!!人違いだったらどうする気?!」

俺を殺してやる!と喚きながら暴れてる深田を後ろから押さえてる(つもりなんだろうか…だとしたら微力すぎる…)明日葉。だらだらよだれをたらしたまま座り込んでる俺に深田が柄にも無くぎゃあぎゃあ喚きちらす。こいつ…もっとクールな奴だと思ってたのに…

「安田くんッ!深田の事はいいから! 追ってやって!」
「明日葉ッ!!あんたしゃしゃんじゃないわよッ!!放しなさいッ!!」
「てか、明日葉…なんで俺が の事」
「いや、最近の2人見てたらなんとなく…深田からもちょっと話聞いて、それで…」
「安田ッ!!あんた の事泣かしといて、今から追ってってどうしようって言うのよ?!また泣かせるつもりならマジで覚悟しなさいよッ?!」
「 泣かせたって…」
「いいから安田くんッ!行って!!」

 を泣かせた?俺が?…いつ?ああああ!!だめだ!!やっぱり記憶が無くなったり意識飛んでたのって病魔の所為だったのか…!!余計 に説明しなきゃだめじゃん…!!

「明日葉、深田頼んだ!深田! は俺が幸せにします!!」

立ち上がってぱっぱとケツの砂を払って明日葉と深田にポーズをつける。自信なんて無い。無いに決まってる。でももう、 の事考えたら探さずにはいられない。走らずにはいられない。背中に深田の暴言を受けながら俺は夕日と逆の方向に走り出した。


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