07
心臓が掃除機に吸い込まれたようだった。空っぽになった体に重たくて冷たいセメントをどばどばと流し込まれるようで、それなのに体が空気よりも軽くなってふわりと浮き上がって、どこか知らないところへ飛ばされていってしまうんじゃないかと思った。奇妙な感覚と矛盾と混乱と困惑の中でただ、一人の人間が。一人の女子が…俺の視覚を、聴覚を、俺を…統べ、生かし、殺した。

ああ、夢なら目覚めて

重いお尻を持ち上げて、みんなが授業をしてる中をこっそり保健室へ向かう。ああ、授業サボったのなんて初めてだ…彩びっくりしてるかな?あ、保健室に藤くん居たらどうしよう…藤くん優しいからな…どうした?とか聞かれたら私…なんて答えよう…。ぱこっぱこっと私の上履きが廊下を歩く音がさみしく響く。保健室が見えてきてなんだか余計にうなだれる。安田くん…どこ行っちゃったのかな…

「…ッ!!」

廊下の角を曲がったところで心臓が冷えた。階段から落ちそうになった時みたいにぞくりとして、心臓が私から落っこちちゃったんじゃないかと思った。足がぼーになって、目がちかちかした。息も出来なくて、あたまがしんじゃった。安田くんと山田さんが一緒に居た。いや、えっと…一緒にって言うか…抱き、だ、抱き合って…っていうか…なんか、安田くんが山田さんに覆いかぶさるみたいに…一方的…に?二人がどんな表情でいるかとか、そんなのわかんなかった。…保健室の扉にはハデス先生が出張ですって張り紙がしてあった。あ、先生居ないんだ…。じゃなくてさ、安田くんと山田さんが一緒に居て、二人で居て、今は授業中で、二人っきりで、抱き合ってて…安田くんが山田さんのことを抱きしめてて…そうだ、なんかちょうど、遠い国の出来事を写真にとって眺めてるみたいだった。実感?が湧かない。現実的に思えない。でもそれは今起きてて、私の目で確かに確認されてて、嘘のことじゃない、ハデス先生は出張に行ってて、一番近くの教室では数学の授業をしてて、黒板に文字を書く音がする。安田くんは山田さんを抱きしめてて、山田さんは安田くんに抱きしめられてて、私は一人で、走って、にげた。

学校から飛び出す。なんてこった。脱走兵だ私。お昼の運動場はどのクラスも体育の授業をやってなかった所為で空っぽで、まるで学校じゃない。こんな時間に学校の外にいることなんてないから、変な気分だ。ああ、荷物置いてきちゃったな…お家かえってどうするんだろう?ああ、お弁当も置いてきちゃったよ、お母さんに怒られる…。ケータイも、筆箱も、彩も置いてきちゃった。…上履きのまま帰ってきちゃった。涙がぽろぽろ出てきて、視界は最悪で何度もこけそうになるし、何かにぶつかりそうになった。ああ、安田くんのばかやろう。私は嘘つかれてたのか…安田くんは嘘ついてたのか…ついさっき、私のおでこの汗をカーディガンで優しくぬぐってくれた時だって私のことなんとも思ってなかったのかな?頭撫でてくれてたときも山田さんのこと考えてたりしたのかな?手、握ってくれた時だって…

「げほッごほッ!!」
「あら、 ッ!どうしたの?今日学校午前中までだったの?」
「お母さ…お母さぁあん!!」
「どうしたの?あ、お弁当のおかず全部コロッケだったからいじめられたの?」

庭のお花にお水をあげてたお母さんに抱きつく。はじめはよくわかんないって顔してたお母さんだったけど、お部屋で寝てきなさいって言って、私のほっぺの涙をぬぐってくれた。学校には電話しておいてあげるから、着替えて、顔洗って寝なさい。

「…うん」
「あ、 ッ」
「ん?」
「上履きだけはここで脱いできなさい」

いたずらっぽく歯を見せて笑うお母さん。なんでかその顔に安田くんのことを思い出して余計に泣けた。ああ、安田くん…私どうしたらいい?どうして欲しい?消えちゃったほうがいいのかな?



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