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安田くんが…山田さんと一緒に下校…って、べ、べつに!!それだけじゃ、安田くんが私のこと飽きちゃったとか、嫌いになっちゃったとか、どうでもよくなっちゃったとか…につながるわけじゃないもんねッ!!そうだよそうだ!!安田くんは優しいから、帰りが遅くなっちゃったら危ないよって女の子送ってってくれるんだもんッ!!特別な気持ちが無くったって!!山田さんのことお家に送ってってあげただけなのかも!!…私のことは…おいてって…。…昨日、一回もお話してない…し。スキーの女の子のお風呂覗いたって…本当なのかな?…うう、おなか痛くなってきちゃった… あなたしか見てないのよ? 花ちゃんが私のこととめるのを振り払って、廊下を走った。教室からにげるみたいに走った。美作くんが嘘つくなんて思えないけど、信じたくない。安田くんに訊いてみなきゃ…、本当のこと。スキーのお風呂のこと、山田さんのこと…。ああ、おとといは安田くんからのメールであんなに嬉しくて、浮かれてたのになあ…。どうして…安田くん…?私のこと、嫌になっちゃったのかな?廊下を走ってるとちょっとはなれたところを歩いてる安田くんを見つけた。曲がり角に向かってるから、曲がる前に声かけなきゃ…!! 「あッ安田くんッ!!」 人と人との間をぐにぐに縫って走って安田くんのひじの辺を掴んだ。長袖のシャツの上にベージュのカーディガンを着てる安田くん。ぐにーんとカーディガンが伸びた。 「 ッ?!どうしたんだよ?」 「はぁッはぁッあのね!やすだくッ」 「ははッ、なに?走ってきたの?すげぇ汗かいてるよ?」 いつもみたいに優しく笑う安田くん。うっすら浮かんでおでこに髪の毛をぺたぺた引っ付けてる汗を反対の腕の柔らかいカーディガンでこしこし優しくぬぐってくれる。あ、安田くんのカーディガンが汚れちゃうのに…ちょっぴりちくちくするカーディガンからは当たり前だけど安田くんのにおいがして、安田くんが優しくしてくれるのと、昨日一日あってなかっただけでこんなに懐かしい…っていうか、久しぶりに顔見られたっていうか…ちょっと呆れたようにふにゃあって笑って私の汗をぬぐってくれる安田くんに息が詰まりそうになる。ああ、安田くん。私はこんなに安田くんのこと好きなのに…。しゃがみこんだ私にあわせて安田くんも、ゆっくりと私に引きずり込まれるように向かいにしゃがんだ。片方の眉毛をちょっと上げて、不思議そうな顔をする安田くん。いい意味と、嫌な意味でどくりどくりと鳴る私の心臓。 「あ、あのね…安田くん!お、お話があるの…!!」 「なに?てか 大丈夫?風邪気味なのにこんな汗かいて…」 安田くんのカーディガンのひじを握ったままの手がふるふると震える。話が切り出せない。安田くんの顔見たら、言えそうになくなっちゃってうつむいてしまう。安田くんは私が訊こうとしてることを知らないから…ああ、胸が苦しい。安田くん、もし…もし私のことどうでもよくなっちゃって、女の子のお風呂覗いたり、山田さんと一緒に帰ったりしてるんなら、私に優しく笑ったり、優しくしたりしなくていいんだよ。私バカだから勘違いしちゃうよ。ほら、そうやって私の風邪の心配して、頭なでたりしなくていいんだよ…安田くんのこと好きだって気持ちと、安田くんが私のことどうでもよくなっちゃったのかもっていう悪い考えと、安田くんが優しくしてくれる気持ちよさと、安田くんがこんなにも私に優しくしてくれてるのに、安田くんのこと疑ってる自分が最低だ最悪だって感じる罪悪感とがおなかの中でぬちょりぬちょりと混ざり合って気持ち悪い。なみだが…勝手に、出そうになる…。安田くんに、お話しに…来たのに… 「や、やすだくん…」 「あ!ちょっと待ってッ!!」 涙がこぼれないようにゆっくり顔を上げると、ちょっと顔を赤くしてうっすら汗をにじませた安田くんがすごくまじめな顔をして私のことをみた。ああ、かっこいいなあ安田くん。カーディガンのひじを握ってる私の手を、頭を撫でてくれてた反対の手で包み込むように優しく、握ってくる安田くん。カーディガンから手を放して、安田くんの手が持ってくままに手を連れて行かれる。二人のちょうど胸の真ん中辺りで安田くんが両手で私の手を握った。ちょっと汗ばんであったかい安田くんの手はちょっと震えてて、何を期待してるのか、私の顔まで熱く、赤くなってく。しゃがみこんだまま安田くんはきゅっと私の手を握る両手に力をこめて口を開いた。 「あ、明日の!放課後に、中庭の花壇に来てくれッ」 「えッ…あ、うん…分かった」 「ようしッ!!ふぅ…絶対だぞ?!」 「うん。あ、それでね…安田くん。私のお話なんだけど…」 「おう!なんだった?!」 ばばばって自分の言いたいことを言っちゃうと安田くんは大きくため息をついて、いつもどおりの、ちょっと気の抜けた顔に戻った。でも手はつないだままで、ああ。今なら訊けるかも。お風呂のこと、山田さんのこと。ああ、そんなの美作の勘違いだよ。俺は のことしか好きじゃないんだよ。って言ってもらえそうな気がする。 「ス、スキー合宿のときのお話しなんだけど…やすだくん?」 安田くんはすぅっと人が変わったように冷たい、ぼうっとした顔になって私の手を握ってた両手をゆっくりと放した。私が安田くんが変なことに気がついて声をかけたときにはもう、立ち上がってて何も目に映ってないような顔のまま歩き出して、曲がり角を曲がっていってしまった。しゃがんでた私は、安田くんが私から離れていくのがあまりにも自然すぎて、止めるのさえ叶わなくて、追いかけることも出来なくて…ぺたりとその場にお尻をついてしまった。校舎には午後の授業開始のチャイムが鳴ってたけど私の脳みそには響かなかった。学校の風景の中で、私だけがはさみで切り取られちゃったみたいに、ひとりぼっちでそこに居た。さっきまで安田くんが握ってくれてた手がぽとりと廊下のゆかに落ちた。 |