1974愛していたよルーシー1130
オレンジ色に燃える石油ストーブが狭く乾燥した部室の空気を暖めている。鉄板が熱膨張でカチカチ鳴って、その上ではべこべこにへこんだヤカンが辛抱たまらんと言った風にシューシュー上気を噴いていた。消し忘れが頑固に残る古いホワイトボードと、色んな教科の古い教材が乱雑に突っ込まれた、ガラス戸のはまりが悪いかび臭い棚。背もたれが半分へしおれたり、足と足の接合部が錆びてて危険だからと処分を待っている数脚のイス。歴代の卒業生が思い思いの学生的遺言を書き残し思念の集合体と化した机。「寒い」と言ってみょうじ先輩が火をともした石油ストーブは、まだ少し季節はずれな気がした。あと30時間ほどで12月になるわけだが、冬っちゃ冬だし、寒いっちゃ寒いけど……この程度の寒さでストーブ使ってたらみょうじ先輩はきっと1月とか2月になったら狭くてあたたかい穴の中で冬眠でもしなきゃ生き延びられないだろうなあとか考えながら、甘いトリュフの中に丸くなってすやすや眠るみょうじ先輩の事を想像してみる。とろけそうにあたたかくて甘い空気の中で幸せそうに眠るみょうじ先輩は、うっとりした寝顔でたまに舌を突き出して床だか壁だかのチョコレートを舐めるんだ。ぺろっと撫ぜるように、舌先をすぼませてほじるように、表面を波打たせてチョコレートを愛撫するみたいに。そういうみょうじ先輩はすごく可愛いと思う。想像は妄想になり、ゆっくりとチョコレートの壁から無数の突起物が現れる。それはうねりながら震えながら、まだすやすや眠る幸せそうなみょうじ先輩の肢体に伸びてきて、少しずつとろけながらみょうじ先輩の肌をあたたかく粘着質に愛撫し始める。チョコレートにそんな効果は無いってわかっていても、妄想の中ではそんなの関係なくて、甘くて優しいチョコレートはみょうじ先輩の着ているものに沁みこんで、そこから徐々に溶かしていく。そんで「安田くん、聞いてる?」

「すんません、エロい事考えてました」
「外で頭冷やしてきたら?」

俺の脳内でチョコレートに犯される1月のみょうじ先輩は、「人類研究同好会(会員2名)」の部室で11月の終わりに、かび臭い新聞のスクラップ(先輩の自作)を開いている。みょうじ先輩は3年で俺は2年。なぜ俺がこんな胡散臭くて痛々しい「人類研究同好会」の部室に入るのかというと、何を隠そう俺がこの同好会の副会長だからであって、もちろん会長はみょうじ先輩で、1年の頃の俺はこの一風変わったみょうじ先輩に夢中だったからだ。同じ学校に姉ちゃんがいるってクラスメイトから「可愛いけど変な先輩がいる」ってきいて、可愛いなら見ておかねばと2年の教室に偵察に行ったのがきっかけ。丁度先輩は教室にいなくて、休み時間も終わりがけ、自分の教室に戻ろうとした時に、便所から出てきたみょうじ先輩にぶつかった。水洗便所の洗浄音をBGMに俺はあっさりみょうじ先輩に一目惚れた。クラスメイトに頼んで姉ちゃんからみょうじ先輩の情報を集め、とうとう「人類研究同好会」に辿り着いた。かくして俺はめでたく、よく言えば隠れ家的な率直に言えば倉庫のようなどこの教室よりも狭いこの部室でみょうじ先輩との2人きりシチュエーションを手に入れたわけでありました。

が、現実は小説より健全なり。俺のえっちな妄想のように、簡単にみょうじ先輩のパンチラが拝めたり、チラとは言わずむしろスカートのホックがぶっ壊れてスカートがパサリと乾いた音を立て床に落ちて上は制服着てるのに愛らしく小さな下着は露になり白く柔らかな線の太ももは輝き、かつ靴下は不動であった…みたいなえろハプニングも無く、ずっこけた俺の顔面がみょうじ先輩のおっぱいに埋もれて、俺の体重を支えきれなかったみょうじ先輩がそのままこけて、意図せず押し倒した押し倒されちゃったドキドキドキドキ(あ、あれ……私、なんでこんなにドキドキして……)みたいなのも無し、良くわかんないけど俺のちんこがみょうじ先輩の中に挿入されるのも無し、手コキもフェラも顔射も見せ合いっこもなんも無し。それどころか、普通の会話され叶わない。みょうじ先輩は俺のしゃべることきいてくんねぇし、俺はみょうじ先輩の言ってる事難しくて興味なくてすぐ妄想にふけるしで会話のキャッチボールすら成り立たないのに、先輩が俺のゴールデンボールを優しく揉みながらねっとり舐めてくれたらなあーなんて考えてる。そんなこんなでお互い名前の呼び方が変わることも無く、必要以上に触れ合うことも無く、ただただ「人類研究同好会」としての活動(授業終了から最終下校時間まで部室で自主的人類研究)を続けるっつうしょっぺぇ時間を過ごしてきた。

「1974年11月30日にエチオピアでアウストラロピテクスの化石が発見されたんだよ。それからルーシーって名前をもらうの」

みょうじ先輩はうっとりした顔で少し遠くを見つめる。アウストラロピテクスが発見された日とか言われてもいまいちピンと来ないし「へぇ〜」としか言いようが無い。そもそもエチオピアってどのあたりの国?寒いところか熱いところか検討もつかないし、アウストラロピテクスのイメージも沸かないので、とりあえず俺の脳内でそのルーシーって子を露出多めの腰布とちょっとおっぱい隠しただけのみょうじ先輩に置き換えて、先輩の次の言葉を待った。先輩が続きを話すまでの間、俺の脳内のみょうじ(ルーシー)先輩は可愛い小さな口で果汁たっぷりのフルーツをかじりながら小鳥と戯れていた。

「ルーシーの足の骨の形のおかげで、アウストラロピテクスが二足歩行をしてたって根拠が生まれたんだって」

「すごいっすねー」って返事しながら、それでも俺の妄想のみょうじ(ルーシー)先輩は、さっきからずっと二足歩行してたので何も感慨深くない。むしろみょうじ先輩がそんなこと言うもんだから、今俺の妄想の中でみょうじ(ルーシー)先輩は四つん這いになって尻もおっぱいの谷間も晒して俺に謎のフルーツを差し伸べてくる。脳みそは原人って設定だから、言葉は拙くて羞恥も無く俺の体に跨ってくるもんだから俺のマンモスが冷凍冬眠からパオーンだ。

「私も、例えば318万年後に私の化石が見つかって、今の私たちがどうやって生きていたかの証明になって、新しい名前をつけて欲しいな」
「じゃあ俺は同じくらいに冷凍保存から目覚めて、みょうじ先輩の化石ズリネタにして318万年分オナりますね」

叱られる覚悟で口を開けば、みょうじ先輩は目を細めて微笑んだ。ヤカンの中の水が涸れてパチパチ音を立てた。俺も先輩も口をつぐむと、グランドのサッカー部の掛け声とか、ブラスバンド部の発展途上な演奏とか、野球部のバッターが球を打ち上げる音が聞こえてて、遠くで水洗便所の洗浄音が聴こえた。

「その時は、安田くんが新しい名前を頂戴ね」

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