全国の皆さんおはようございます
ミーンミンミン…ジージー…

夏の1日の始まりは早い。朝はもう5時になれば太陽が顔を出してじわりじわりと大気を温めだすし、朝顔は色とりどりに顔を出す。黙れといっても黙らぬセミは、まだ太陽の意地悪が届かない陰った木の幹で大合唱。

さわさわと青く茂った草木を揺らす風はまだ、夜の湿気を含んで冷たくて、髪を揺らされるとふぅっとため息が出た。出来るだけ影を選んで進む道。首からぶら下げたビニールひも。しっとりと汗ばむ肌に張り付く髪。少しずつ近くなる学校の校舎に、水色にピンクが入り混じった真新しい、高く澄んだ空を仰ぐ。大きく息を吸い込めば、どこへだって行けそうなほどに力に満ちた、無限大の可能性を感じられる不思議な時間だ。



「おう!みょうじ、サボらずに来てんじゃん!」

関心関心ッって腕を組んで偉そうにしているのは安田くん。近所の大人の人が、一昔前の大きなラジオをセットしてる。学校のグラウンドにバラバラと無秩序な列を作って居るのは近所の小学生。みんな一様に首からぶら下げたラジオ体操のカードが風に遊ばれていた。そう…ラジオ体操…。

「安田くん、時間ギリギリじゃん…」
「間に合えばいいんだって!」
「えー」
「なに?俺が居なくて寂しかった?!なぁ寂しかった?!」

小学生の列に向かい合ったところに立って、安田くんと隣り合う。お互いが両手を広げても手がぶつからない距離。安田くんの凄まじいアピールに、恥ずかしがって答え渋って居ると、ざらざらとしたラジオの大きな音がグラウンドに響いた。


夏休みが始まる前。私と安田くんはみのり先生に呼び出されてしまった。私と安田くん。共通点はなんだろう?職員室にたどり着くまで、少し前を歩く安田くんにドキドキしながら一生懸命頭を働かせた。それでも私にはどうしても安田くんとの共通点は見つからない。先生に呼び出されてしまった不安のドキドキと、安田くんと一緒って言うドキドキが私を支配する。となりに並べない。それは決して廊下が狭いからとか、噂で聞いた『安田くんに触ると妊娠する』って言うのを信じてるからじゃない。私の意識の問題だ…

最近ちょっと、安田くんが気になって居るだけ…制服の衣替えしたときに、たまたま少人数制クラスで席が隣り合った時「肌が綺麗だね」って言われた。それってちょっといやらしく聞えるかもしれないけど、その時の安田くんは、本当に…自然って言うか。へー!ほー!そうだったんだー!知らなかったー!っていう感じの驚き?っぽい色が濃かった。だから私も「変態!エッチ!」とか言えずに、「ありがとう」としか言えなかった。

そのあと、よく考えたらあの言い方ってちょっと傲慢?普通「そんな事ないよ!」とか言うべきだったんじゃないのか?!って思って…でも今からわざわざ、仲良しでもない安田くんに声をかけて「さっきの私の肌の話だけど、そんな綺麗じゃないよ」だなんて言えないし。だいたいそんな事言ってどうするの?!だからなに?!って感じじゃん!!って一人でパニックになってた。

みんなが邪険に扱う安田くん。エロリスト、変態、一生中二…いろんなあだ名がある、変な安田くんに、そんな風に褒められてしまって…褒められるってことだって慣れてないんだから…ドキドキするのは当たり前で…太陽に肌が焼かれるみたいに、私の心臓は安田くんにじりじりと焦がされた。病名、恋あるいは憧れ。原因、夏の所為でしょう?


「二人とも、体育の授業を休みすぎです」

いらいらとしたオーラを放ってみのり先生が私と安田くんに、地域で配布される小学生用のラジオ体操のスタンプカードを突きつけた。え、これを…どうしろと…?

「体育の授業で補習はできませんので、地域の早朝体操への強制参加を命じます。小学生のお手本としてしっかり体操を見せてあげてください。無論、担当者の方にスタンプを頂いて、夏休みの課題と一緒に提出していただきますからね」

サボるなよって目が言ってる。これ以上先生の事、刺激しないようにしなきゃ…そう思って、先生の一言一言に従順に相槌を打っていると、安田くんが挙手と共に大きな声を上げた。

「みのりちゃんはブルマで参加するんですか!」
「わ、わたしは参加しません!これはペナルティなんですよ?!安田くん、わかってるんですか?!」
「じゃあみょうじはスク水ですか!」
「なんで私は水着なの?!」
「二人とも学校指定の体操服です!!」


こうして始まった、幸か不幸か私と安田くんの夏休み。じりじり焦がされる胸を押さえて、ラジオの音に身体を任せる。ちいさな子たちの前で体操するのは、その…すごく、恥ずかしい…。ふざけて体操する子、恥ずかしがってなかなか手足を伸ばせずにいる子、お母さんから離れられない子…。そんなの、どうやって声をかけていいのか、どうやってちゃんと体操させていいのかわからないから知らない振りをして体操を続けた。

だんだんと高くなる太陽の眩しさに、顔をそむけると、横で体操をして居る安田くんが目に入った。ハーフパンツからすらーっと伸びた細くて白い足、スニーカーから少しだけのぞいた派手な色のくるぶしまでの靴下。大きなアクションのたびにちらちらっと捲れ上がる体操服の、中の…ぎゃあ!!私ッ!変態ッ!アホ!安田くんの事を少しでもいやらしい眼で見た私地獄に落ちろ!!安田くんごめんなさいって100回言って1回まわれ!…ん?100回まわって、1回謝る?んんん?!

わたしが一人で混乱していると、一人の男の子が私の前に来た。体操もしないで、じぃっと私の事を見上げてくる。…は!もしかして変なこと考えてるのがばれた…?!

「ちゃ、ちゃんと列に…」
「なー!兄ちゃん!この姉ちゃん、飛ぶときにおっぱい揺れてる!!」

こ、ころす…!!

あ、いや!間違えた、殺してくれ…!!!!

胸が揺れてるって事を指摘されたことによって、自然と私の体操は消極的になっていく。それをもっと煽り立てるように男の子たちが集まって、恥ずかしがってるーとかおっぱい揺らしてーとか言ってくる…。く、くそう!!中学校にきたら、私なんかよりももっとずっとおっぱい大きい子たくさん居るのに…!!

おっぱいで盛り上がる男の子たちの鎮め方なんて知らないし、女の子達はなんだか「不潔」とでも言いたげな目で、冷ややかな視線を送ってくる。ラジオ体操に夢中な保護者は気づいてもない。…ど、どうしよう…ってか、安田くんの前でおっぱい揺れてるとか言われた…!!恥ずかしくて死ねる…!!ていうかいっそ殺して欲しい…!!恥ずかしくて熱くなる顔、もう体操なんてしていられない。安田くん、助けろ…!

「おい!お前ら!その姉ちゃんのおっぱいで満足してたら、本物の男にはなれねぇぞ!!世の中にはもっとでっけぇおっぱいが五万と存在するんだ!!!!」

なにやら熱くこぶしを突き上げた安田くん。派手なアクションに引き寄せられて、男の子たちの興味は一気に安田くんへ。両手を胸の下にあてて、ボインボインのポーズした安田くんが、ラジオ体操の音楽に合わせて変な踊りをはじめる。男の子達は笑ってマネをして、女の子達は子どもっぽい中学生に冷笑と呆れの色を見せた。

…こうして初回のラジオ体操は終わって、無事にスタンプをもらった私は、また男の子達につかまってしまう前に家路を急いだ。

あああううう!!安田くんとラジオ体操だって、ちょっと楽しみにしてたのに…!!もしかして、もしかするかも…だなんて思っちゃった自分を恥ずかしく思う。そうだよ、一緒にラジオ体操するだけだもん。そんな、急に距離が縮む訳がないんだ…。

大きな太陽を睨んだところで、私の今日の失態がどうにかなるわけでもなく、ただ私の目の奥がちくちく痛むだけだった。じくじく熱くなる肌、真っ青な空に向かって訳のわからない言葉を叫ぶ。でもそれだって絶好調のセミたちにかき消されてしまう。今日はまだ始まったばかりなのに、人生は終わってしまった気分だ。安田くんの前で、おっぱいとか言われた…恥ずかしすぎる…。しかも何あれ、安田くんの言い方…私のおっぱいじゃ不満ですか…いや、エッチな意味とかは無しの方向でね…望み薄かな…

「みょうじッ!ご褒美!」

声に振り返ると、安田くんが紙パックのオレンジジュースを投げてよこした。訳がわからずぼうっとしてたら、同じ紙パックのオレンジジュースの、ストローを口にくわえたままの安田くんが「ほごひゃ」って言った。…ほごひゃ?…あ、保護者。

「ありがとう」
「いや、俺じゃなくてね、お母さん軍団がね」
「…うん」

いま、安田くんに会いたくなかった、なぁ…ってか、このひと夏。早朝の10分だけ切り取ってどこか深い海に沈めておきたい。なかったことにしたい。明日もあさっても…毎朝、安田くんに会えるのは…嬉しいけど…。また今日みたいにかっこ悪いところ、見せたくない…

「暑いの苦手なの?みょうじ」
「え?…なんで?そんなことないけど…」

隣を歩く安田くん。髪の毛が太陽を反射してキラキラしてる。じっと私を見つめる目も、太陽の光でつるりと輝いててとってもかっこいい。首からぶら下がったビニールヒモは、もうけばけばに裂けちゃってる。

「やっぱ体操とかだるい?朝早ぇもんなァ」
「うん…そうだね…」
「でも俺は実は嫌じゃなかったりする」
「へ?!」

急に、がしッと肩を掴まれて、手で遊んでいた未開封のジュースがぼてっと道路に落ちた。真剣な顔の安田くんがじぃっと私を見つめる。かっこいい…のに、やっぱりオレンジジュースのストローは銜えたままで、どうやってそんな上手に喋れるのか不思議だ。

「みょうじとのラジオ体操、俺は嫌じゃない」
「え…あ、 ジュースもらえる…から?」
「ちっがーう!!」
「え?!わ、ごめんなさいごめんなさい!!」

安田くんに肩を突き飛ばされてしまう。わあ!!なんだってんだ?!安田くんにつかまれてたところがじくじくと熱くなる。安田くんが言ってることが、信じられなくて…ついとぼけてしまったけど…え?安田くん、マジで?

「明日もあさっても!サボんじゃねぇぞ?!」

ちょっと走って、私から離れたところでそうやって怒鳴った安田くん。顔が赤くて、こっちまで意識してしまう。もしかして、もしかしなくても…あ、わ…なんか恥ずかしくなってきた…!!え?!安田くんが?!私を?!あはは!いやいや、まさか…!!

「や、やすだくん!!」
「おう!」

遠くで安田くんが立ち止まって、まっすぐにこっちを向く。そういえばまだ、挨拶もしていなかった…。

「お、あ…おはよう!!」
「ばっきゃろー!!!」

安田くんはわざと派手にこけてから、私に向かってさっきのボイン体操を披露してから、こんどこそ本当に走って帰ってしまった。

じりじりじり…私を焦がす太陽は、まだ昇り始めたばかりの、夏の初めの朝だった。

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