パラレルワールドで逢いましょう
きゅっきゅっと私の上履きが廊下をこすって音が出る。生徒がいなくなった校舎は夕方のオレンジの日を浴びて、私が歩くその音を響かせていた。廊下の窓ガラスから運動部が走り回っている校庭が見える。こういうのっていい眺めだと思う。なんだか自分だけが特別な時間を過ごしてるみたいで。みんなは何かに所属した、決められた時間を決められたとおりに消化しなくちゃいけない。それは規定よりも短くても、さらには長くなってもいけないんだ。それらに縛られているはずの生徒達がそれを楽しんでいたとしても、私はなんだかそれに沿うことが我慢ならなかった。監督の先生の声や笛の音、さようならを告げ合う生徒達、談笑を先生に邪魔されて文句をたれる生徒達もいる。体育館の方の窓に向かえば、コートの上をせわしなく走り回る何十足と言うシューズの音。たくさんの音に包まれた校舎は、施錠時間も迫りつつある中でずっと静かでどこよりも寂しいところだ。私がそこを1人で歩いてるのは今からある男子生徒を迎えに行くから。カバンからぶら下がったおそろいの、アイドルの写真が入った小さなストラップ。通り過ぎる何十室もの教室の時計を、ひとつひとつ振り返って時間を確かめる。文化部が終る時間は最長でも17:50。化学室までの道のりは遠い。1年、2年、3年校舎を経て特別教室が凝縮された校舎へ入り、そのずっと奥の調理室、調理準備室を階段で挟んだ右ッ側。

「今日は部活に顔出してくからおなまえ先帰ってろよ」
「へー、珍しいね?貢広が部活なんて?」
「おう、たまにはな」
「本好くんに怒られたんだ?」
「ははっ、本好は俺が部活行った方が嫌がるだろ?」

じゃあ行かなきゃいいのに、って思ったけど男の友情って女の子には理解できないものであろうから(逆もまた然り)私はそれ以上口出しせずに置く。先に帰れ?ばーか、図書室で時間つぶして迎えに行ってあげるよ。ビックリするかな?待っててくれたの?!って喜ぶかな?それとも、先に帰ってろって言っただろ?ってちょっと怒って呆れるかな?どっちにしたって私は貢広と一緒に居たいんだもん。先に帰ってなんかやらないんだから…

2年の校舎を通り抜ける。もうすぐ階段に差し掛かるところで不意に足が止まってしまった。今、教室に誰か居た?下校時間の過ぎた学校で出るものといったら1つ…。私は怖くなった。怖いけど、やっぱり気になって仕方がない。ああ、なんでそのまま通り過ぎてしまわなかったんだろう?!廊下に伸びる私の影が少し震える。どうか神様わたしの勘違いでありますように!!そう両手を握りしめながら、少し姿勢を屈めて教室を覗き込もうとする。

「…だめ、やすだくっ」
「何が?だめってどーして?」
「だって…安田くんにはみょうじさんが…」
「バレなきゃ平気だって」
「でも、もし…」

ああ、どうか神様私の勘違いであってください。どこの少女マンガやねんボケぇ!ってくらいに素敵なロケーション。窓ガラスに背を預けて貢広に挟まれて、困惑しながらも嬉しそうな…なんというか…その…うん、嬉しそうな…日暮ちゃん。顔を真っ赤にして貢広のことを上目遣いで遠慮がちに見上げている、ふわふわのまつげが色っぽくてすこし涙がたまった瞳が夕日に輝いてすごく綺麗。貢広は日暮ちゃんのくちびるにすっと人差し指を当てる。ふにっと沈む日暮ちゃんの柔らかいくちびる。

「『もし』は無し、だろ?」
「ふッ、やすっ…!!」

重なるくちびる。廊下からそれを覗いてた、見てしまった私の足腰はまるでふ菓子みたいに簡単にぱきぽきっと折れてしまって、ぺったりと床にお尻を着いてしまう…。部活に…行くんじゃなかったの?貢広…。私は、こっそり貢広を迎えに行って驚かせよう喜ばせようって考えてた、1人ではしゃいでた自分が恥ずかしくなって涙がぽろぽろこぼれてくる。止められない涙はいつの間にか両手いっぱいになってしまう。ぬぐってもぬぐってもぼやける視界の向こうでは、こっそりひっそり泣いてる私に気が付くことも無い貢広と日暮ちゃんがどんどんとキスを繰り返し、それ以上のところまで行こうとしてる。貢広の首に回された日暮ちゃんの白い腕、日暮ちゃんの腰に回された貢広の腕。なみだでべたべたになった私の汚い腕。あああ!!こんなのって、こんなのって無いわッ!!もし、私が貢広のこと迎えに行こうとなんてしてなければこんな辛い気持ちにならなくてすんだのかも…もし貢広のこと好きになんてならなければこんな惨めな気持ちになんてならなくてすんだのかも…!!もし、もし…もしぃぃいいぃいいぃぃ!!!




「…えっと、みょうじさん、落ち着いて?」
「…なんか、俺が部活行くって言ったら急におかしくなっちゃって…。ずっと変な妄想して俺に掴みかかってくるんすよ…これって病魔の仕業?」
「だぁってぇえええ!!貢広が部活に行くなんて!!そんなの浮気のカモフラージュに決まってるもんッ!!うわあああ!!私も浮気してやる!!ハデス先生!!抱きしめてください!強く!!」
「え?!そ、それは立場的に無理だよ…」
「ええ?!じゃあ先生!もし先生と生徒って立場じゃなかったらみょうじちゃんの事抱きしめるんですか?!年齢の壁は難なく越せちゃうんですか?!もしみょうじちゃんに安田くんという彼氏がいたとしても?!」
「ちょ、日暮…関係ないとこ掘り下げんなよ…」
「うぇぇえぇ…そのあと日暮ちゃんの事めでたく孕ませちゃった貢広は私のことなんて忘れて日暮ちゃんと永遠によろしくするんだぁああ!!」
「し、しねぇよッ!!どんだけぶっ飛んでんだよ?!今日のお前ッ!!」
「えー、それはないよみょうじちゃん!安田くんっておもしろいけどタイプじゃないし…」
「えっと、まぁ…相手がどうあれ、責任ある行動をとってね?安田くん…」


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