帰り道に見つける答え
急に囚われた。不安って言うのはいろんな種類のものがあると思うんだけど、今わたしをとらえた不安の種類はその中でもきっと、一番厄介なものだ。それは不定期に不親切に訪れる無情な生理のように唐突で、多大な迷惑を脇に抱えてやってくるものだ。私をとらえたら決して放そうとしない。大きく強い力で閉じ込めてしまう。目に見えないから怖い、対処法が無いからただ飲み込まれて恐怖におびえ、いつかそれが気を済まし去るのを小さく丸まって待つしかない。そんな種類の不安。

冬の夕方のファミレスはぼかぼかとムダに暖房が効いてた。テスト週間って事で、どのテーブルも学生のグループで埋まってた。そのテーブルがそうなように、もれることなく私のテーブルの上にも教科書やらノート、筆箱、シャーペン、消しゴム、赤ペン、傾向マーカー、教科ごとのテスト対策プリント、ケータイ、ドリンクバーのグラス、ティーカップ、くしゃくしゃになった紙ナプキン、からっぽのガムシロップのゴミなどなどで気持ちよく汚れていた。机に広がっている教科は英語。貢広は英語…というか文系?理数系もダメだけどまだそっちの方が明るい。ってことで今回は英語だけは本好くんの足元に及ぶわたしが貢広に勉強教えてあげましょう会inファミレス冬の陣なわけです。プリントが一区切りついたところで貢広が私のと自分の分の飲み物を取りに行ってくれた、のをテーブルから眺めてる時にやってきた不安。背中をべろりと冷たい舌で舐め上げられたような不快感圧倒感。何って具体的にあげられることの出来ない不安。またそれが余計に私を不安にさせる。足が地に着いてないような、考えが定まらない浮ついた思考が怖い。何かにしがみつきたくなるけど、何にしがみつけば正解なのか、この不安を取り除いてくれるのかが分からない。何をとっても不安だ。

ドリンクバーの機械のまえで同学年らしい(見たことない制服だ)女の子が貢広にぶつかっちゃってこぼれたジュースが貢広のパーカーをちょっぴり汚した。ごめんなさいって何回も謝る女の子はまぁまぁ可愛い子で(こんな言い方傲慢だよね)いいよ、気にしないでーって笑ってる貢広はきっとまんざらでもないんだろうな。君は大丈夫だった?って女の子のほうを気遣う貢広は、基本的に女の子に平等に紳士だ。それが気に食わないわけじゃない。だって、自分の彼女だけに優しくて他の女の子の事冷たくあしらったり、ひどい態度とる男子ってなんかいやだ。がつがつしすぎっていうか…必死すぎて見苦しい。みんなに優しくできるくらい余裕があるほうがかっこいいに決まってる。その点、貢広は万年頭ぱっぱらぱーだけど良識はある。そんなとこが好きだ。でもそれはやってきた。カリカリとペンを動かす音と、ケータイの着信音と、話し声と笑い声とオーダーの声と…たくさんの音が混ざり合う中で私は何も聞こえなくなった。さらりと別れた貢広と女の子を見てて不安になった。もし…私も…

「女の子にジュースかけられちゃったよ!」
「見てたよ、大丈夫?」
「うん、ちょっとかかっただけ…おなまえ?」
「…なに?」

にやにやして戻ってきた貢広は袖まくりをしたパーカーのシミをわたしに見せてくれた。学ラン脱いでてよかったねって言いながら紙ナプキンを差し出してそれに応えてやると、あからさまに表情を曇らせた貢広が私の目をじっと見つめてきた。表情、態度に出したつもりは無い。だって何か分からないものが怖いって貢広に言ったところで、伝えたところでどうなるって言うんだ。それでも貢広はじっと、私の目の中に何かを探すようにじっと覗き込んでくる。

「なんかあった?」
「…ここが暑すぎるから」


帰り道って言うのはどんな場合でもなんとなく物悲しい雰囲気が否めない。からからからっとタイヤが回る音。貢広の自転車に二人乗りしてきたから私の自転車は今日はお留守番。そして帰りは貢広が後ろに乗せてくれなかった。重かったのかな?

「行きさ、ぜってぇおなまえのパンツ見えてたもん」
「はぁ?」
「おれ以外にパンツ見せちゃダメじゃん!!」

ぷんぷん怒りながらぽふっとお尻を叩かれた。二人乗りしてるときにパンちらしてたって言いたいのかな?水色とピンクが混ざり合った空には軽そうな雲の筋がすぅっと通っていた。空気は冷たくて、自転車のハンドルを握る貢広の指が可哀相に赤くなっていた。貢広が何かしゃべってるけど、聞こえない…こんな何気ない風景が…となりで笑ってる貢広が、ベルが変な方向に向いてる汚い貢広の自転車が、その声が当たり前になってた。でももし…いつか貢広が私のことを好きじゃなくなったら?当たり前の風景が当たり前じゃなくなったら…私は、どうなっちゃうんだろう?

「あいうぉんちゅー」
「I want you」
「あいにーじゅー」
「I need you」
「あいらーびゅー」
「…」

貢広の好きなアイドルの歌。隣でずっと歌ってるから覚えちゃった…。貢広が他の子を好きになっちゃったら、その子もこの歌を覚えるのかな?一緒に歌って、同じタイミングで息を吸って、ハモったりするのかな?

「ねぇ、貢広」
「なーんすかー?」
「もし私達が別れる事になったらどうする?」

今が幸せだから、今が幸せすぎるから…これ以上無いって思えるからこそ訪れる不安。だって後は悪くなるだけだ。ジェットコースターと一緒で、どこまで高く上ったっていつかはそれ相応の落下がある。貢広じゃないかもしれない、先に心変わりするのは私かもしれない。そうなったらどうすればいいの?どうなっちゃうの?貢広いがいの人なんて今は考えられないけど、いつか…もし…

「それって原因はどっち?」
「どっちでもいいよ、私でも貢広でも。原因も他に好きな人が出来ましたでも、あなたのことが嫌いになりましたでも…」
「うーん」

むうううって呻る。ぎゅうっと眉間にしわを寄せて考え込む貢広。出来ればそんな事起きない。今が永遠だって嘘でもいいから言ってほしいのかも。声に出して気休めでもいいから約束して欲しいのかも。もう離れられないんだよ、離れちゃダメになっちゃうんだよってさとして欲しいのかも。そんなの許さないってしかって欲しいのかも…

「俺が原因だったら思いっきり殴っていいよ、多分それ気の迷いだから。おなまえの事嫌いになるとか、それ以上に好きな人が出来たとかって…殴って蹴ってつねって、目ぇ醒まさせてやってよ」
「…なにそれ」
「んで、おなまえが原因だったらもう俺泣くしかないからッ!別れないでぇ!そばにいて!!って泣きつくから!!もし別れるなら毎週使用済みパンツ3枚送ってくれなきゃだめて約束事作って、そんで新しい彼氏とセックスしたらそれをビデオにとって俺に送る事、あとは…」
「人が真面目に相談してるのに、なんでふざけた事言うの?」
「ええ?!真面目な話だったの?!浮気のあてがあるの?!」
「冗談だと思ったの?!」

別れるうんぬんの話を冗談だと思ってた貢広はぎゃあぎゃあ喚きながら私におしりでタックルしてきた。別れるなんてゆるさねぇぞ!俺が英語のテストで100点取るまでぜってぇ別れられないって法律つくってやる!!っていうか本当に?!マジで別れないでね?!ダメだからね?!おなまえ、マジで俺おまえしかいねぇんだよ!!わああああ!!って冗談なのか本気なのかわかんないけどずっと喚いてる貢広がおかしくて笑った。

「えええ?!なに笑ってんの?!笑い事じゃないよ?!」
「っはは!ごめ、ごめん…でも、ふふッ」
「…ひゃはっははははははっはああは!!」
「へッ?!なに急に?!」

怒ったと思ったら急に笑い出した貢広。びっくりして訊いてみたら、すっごい真顔になって「おなまえが楽しそうだったから」って言った。急に笑い出したのよりもっとびっくりしてフリーズしてしまった。そのままちょっとの間見詰め合ってると、さっきまでの不安がいつの間にか過ぎ去っていた事に気が付いた…ああ…

「貢広だからか…」
「何が?!浮気したくなっちゃったの?!」
「ううん、違うよ。不安になっちゃうの」
「…俺は浮気しねぇよ?…そりゃあ女の子は好きだけどさ」
「だからちがうって!」

ちょっと拗ねた顔でこっちを睨む貢広。可愛いけど憎たらしい顔。一緒にいるのが貢広だからだ。だから今にしがみついていたくなる。ずっとこのままがいいって望んじゃう。今だけじゃ足りない、ずっとずっとこの先もずーっとって欲張っちゃう。だから、見えない未来が怖くなるんだ。形の無い大きな『もしも』の存在に漠然と無力感を感じる。今が、貢広が大事で、大好きだから。空に人差し指を振りかざす

「『不安』って『安田じゃない』って書くでしょ?『不』『安』」
「うーん、よく意味わかんねぇけど…うん」
「だからね、私…貢広と一緒なら大丈夫なんだ」
「…おなまえさん、ちょっと僕には難解すぎます」
「好きだよ、貢広。ありがとう」
「はぁ?」

そのバカ面。たまんない。ハンドルの上の真っ赤になった大好きな手に手を重ねて背伸びして、愛しいバカ面に敬意と未来を賞して口付けた。

今が愛しければ、それを堪能してればいいんだよ。ばかは余計な事考えるとよくないね。未来とかもしもとか、私には大きすぎて抱えてらんない。だから私は取捨選択、まっさきに貢広を選ぶから、貢広も私を選んでね?

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