書かれる者
「みょうじおなまえ…ふうむ、いい名前だね」

片手をすこし尖ったあごに添えて口の中で転がすように彼は何度か私の名前をつぶやいた。名前を呼ばれるたびに私はいちいちどきりとして、背筋が伸びた。顔が赤くなるのを感じる。当たり前だ。世の中で一番尊敬している男の前に座り、その男に何度も名前を呼ばれているのだから。緊張と興奮で目の前がちかちかした。

「『担当 みょうじ おなまえ』うん、悪くない」

彼は背の低い机の上に散らばった原稿用紙の上に万年筆でさららっと書き流した。机の上には何冊か分厚い、古臭そうな本が立てられていた。ろくな管理をしていないのだろう、ページは背の部分がこんがりと日に焼けてしまっている。風が開けっぱなしになったインク壷が独特のにおいを放っている。彼は、安田貢広は小説家だ。ただの小説家ではない。いや、それは私の中だけの話だけども。私にとって安田貢広と言う小説家は人生の全てであり、私と言う人間を本当の意味で産み育てた、覚醒させた人物なのだ。狭く、貧相な中庭を臨む縁側は所々板が逆向けており、狭い部屋のたたみも日に焼けて茶色くなっている。それを隠すために敷いたであろう緋色の古ぼけた毛の短いじゅうたんは、コーヒーやらしょうゆやらをこぼした小さなシミが散らばっている。そんな作業部屋で産まれた小説が、安田先生が書いた小説が私の人生を変えたのだ。

中学2年生の時、私はまだ子どもで少女ですらなかっただろう。同世代の少女達は色恋に目覚め、照れたりはにかんだり、時に涙したりと毎日をイキイキと過ごしていた。それが本当にいいことなのかどうか、私には分からなかったけど、ただ、自分には無い『色』がある、と思いうらやましくは思えた。何をしても、何をとってもぱっとしない。そんな苦しくも無い楽しくも無い人生を14年間送っていたけど、それが崩壊するのはなんともあっけなく、そして唐突だった。ある一冊の本に出会う。書店に並んでいるのを見て、隣のほんの表紙よりもぱっとしないそれが私の目を引いた。手にとってページをめくると私はその中に吸い込まれてしまった。

なんて官能的な文章だろう。一文一文読み進めていくたびに私の息はあがり心臓はうるさくなった。余計な言葉の無い直線的で攻撃的な文は私を射止め、ドラマチック性の無い平凡で極個人的なヒューマニズムを解いただけの勝手で偏見的なストーリィは私を縛り上げた。具体的で的確すぎる性描写に私の体は疼いた。どうしてそれは自分が体験しているように感じてしまうのだ。物語の中で女が愛撫を受ければ、私の体もまるで同じ愛撫を受けているようにじりりと熱を持ち、幼いながらにとぷりと体の奥から愛液が染み出してくるのが分かった。声をあげてしまいそうになったり、本当に自ら同じ愛撫を再現してみたりもした。一冊を読み終わる頃には私はもう今までの私ではなくなっていた。全てのものが色を持ち、目にうつるもの、人、全てが眩しく鮮やかに見えた。全ての事がおもしろくて仕方が無かった。通りを歩く少女を見れば『ああ、彼女達は何を思い、何を考え今こうして道を進んでいるのだろう?何を目的に?買い物か、それともお茶に行くのか?』犬を見れば『首輪をしていないから野良犬か?いや、首輪をすり抜けて飛び出して来たのかも知れない』たくさんの可能性を感じるようになった。人生がこんなに楽しい事だったなんて知らなかった。私だけの世界じゃない。そこにはたくさんのものが存在していて、たくさんの思想が思考が気持ちが同時に多発的に起こっていて、それがせめぎあい殺し合い生かしあっているのが世界と言うものなんだ。彼は私にそんな事を気付かせてくれた。

「安田先生」
「やめてくれ、先生なんて歳じゃないよ俺は」

端整な細い眉を困ったように寄せて笑う。ああ、彼は文章だけでなくその存在全てで私をおかしくさせるつもりか。以降、私は彼の著作の熱狂的なファンとなった。同世代で『安田貢広』を知るものなど居なかった。それが余計に私を安田先生の作品へと溺れさせた。私は中学を卒業して、高校を出、大学へ入り、編集社に就職した。もちろん目指していたのは安田先生の担当。そうでなくても、安田先生の作品に関わる事ができるのなら、どんなことだってしたいと思った。それほどに、彼の小説は私を魅了していたのだ。

「先生は、どのように小説を書かれるのですか?」
「また、唐突な質問だね」
「私、14の頃から先生のファンでして…どうしたらあんなお話が書けるのか、ただ漠然とそして強く。知りたいと思っていたのです」
「ふうむ」

先生はまたあごをさすってから少しうつむき、ぱちぱちっと瞬きをしてからまた、私に向き直った。

「たとえば、物を売る奴がいる。俺がそいつから物を買う。そういう話のが世界と言うものなんだ。彼は私にそんな事を気付かせてくれた。

「安田先生」
「やめてくれ、先生なんて歳じゃないよ俺は」

端整な細い眉を困ったように寄せて笑う。ああ、彼は文章だけでなくその存在全てで私をおかしくさせるつもりか。以降、私は彼の著作の熱狂的なファンとなった。同世代で『安田貢広』を知るものなど居なかった。それが余計に私を安田先生の作品へと溺れさせた。私は中学を卒業して、高校を出、大学へ入り、編集社に就職した。もちろん目指していたのは安田先生の担当。そうでなくても、安田先生の作品に関わる事ができるのなら、どんなことだってしたいと思った。それほどに、彼の小説は私を魅了していたのだ。

「先生は、どのように小説を書かれるのですか?」
「また、唐突な質問だね」
「私、14の頃から先生のファンでして…どうしたらあんなお話が書けるのか、ただ漠然とそして強く。知りたいと思っていたのです」
「ふうむ」

先生はまたあごをさすってから少しうつむき、ぱちぱちっと瞬きをしてからまた、私に向き直った。

「たとえば、物を売る奴がいる。俺がそいつから物を買う。そういう話ですか?」
「君のその困った顔、気に入ったよ」

先生はとにかく、あまりお部屋にいらっしゃらない。お話を書くためには何か新しい事、おもしろい事を体験しなくちゃいけないのだそうだ。だから外に出て町を歩き、ぼうっとしたり楽しんだりして物語の種となるものをはぐくむらしい。私としては先生と一緒に居られないのが寂しいと感じるが、それ以前に先生とこうしてかかわりを持てたことに対する喜びのほうが大きかった。

ある日、珍しく日中に先生がお部屋にいらっしゃった。私は特に何をするでもなく、机に向かう先生の隣で座っていた。かりっかりっと万年筆が原稿を削る音が、インクのにおいが心地よかった。日は高く、暖かい日だ。先生は突然ぱっと席を立ち座布団を少し蹴飛ばして「そこでまってろ」といって部屋を出て行った。どうしたのだろう?

戻って来た先生の横には、見たこともない男が立っていた。知り合いだろうか…?立ち上がり、あいさつをしようと思ったらとたんにその男は私に覆いかぶさりじゅうたんの上に組み強いてきた。何事だと思った頃にはその男が私の服をはだけさせ、大きな両手で両の乳房を揉みしだき、折った膝でぐりぐりと私の股をおしあげていた。ああ、私は強姦されているのだ。怖い、気持ちが悪い。私は先生に助けを求めようと目で追うと、先生は座布団に座りなおし、私の方をじっと見ていた。その瞬間、体の奥からとぷっと愛液が染み出してくるのが分かった。背筋にぞくぞくっとなにかが這い上がり、全身があわ立った。見知らぬ男にどんどん好き勝手に弄り回される体よりを他所に、私は精神だけ何度も何度もオーガズムを迎えた。さらけ出された先生の男性器が大きく反り返っているのを見ただけで私は甘いと息を漏らした。嗚呼、先生が私を見て興奮していらっしゃるんだ。私が犯されているのを見て自身を熱く、硬くしていらっしゃるんだ。そう思えば思うほど私の体は熱く、乳首ははしたなく腫れあがり、見知らぬ男の男性器をくわえ込んだ膣はきゅうきゅうと締め付け、子宮は歓喜に鳴いた。どうしようもない快楽が襲う。

「ぁあッ!せんせぇッあ!せんせッ…んぁッあッああッ」
「はぁはぁ…おなまえっくぅ」

ああ、なんてプラトニックな関係だろう?私は先生に犯されているわけじゃないのに、先生のことを考えながら感じ、なき、オーガズムを迎える。先生は私に触れているわけじゃないのに、何かを原稿に叩きつけるように書きなぐりながらもう片手で自身の反り返った男性器を握り、上下に扱き、射精をする。先生が声を押し殺して精液を放ってしまうのを見て、私ははしたない声を上げながら今までに感じたことのないくらいのオーガズムを向かえ、気を失った。



「…」
「…どうだ?まだ、さわりだけなんだが」
「…先生の怖いところは、想像したことが事実と相違ないところですね」
「簡単な事だ。俺がそうであって欲しいと望んだことを書くまでさ」

オーガズムの気だるい余韻を携えて、目を覚ました私に先生が突きつけたものがこの原稿だった。



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