ブルー・マリッジ・ブルー
先月、高校2年の時から付き合ってた彼からプロポーズを受けました。

『俺をおなまえのご主人様にしてください!!』

だなんて、本当にバカだと思った。それに可愛いと思って、ああ、やっぱり好きだなあって思った。プロポーズにうってつけなガラス張りのタワーのレストラン。まさに、プロポーズするために立てられたようなビルだ。夜景を臨みながら食べたおいしいフレンチコース。たのんだ覚えの無いワインが運ばれてきて、あれ?って思ったときに店内に居た従業員さん、お客さんみんなが立ち上がって割れるような拍手をする。私はわけが分からずに、あ…誰かが誕生日なのかな?って思って、自分も立ち上がって拍手をした。みんなが笑ってる。ああ、わけが分からない…ねぇ貢広…声をかけた向かいの席には誰も居なくて、辺りを探そうと席から離れると私の足元で膝まづいている貢広が居た。顔を真っ赤にして、あごなんか骸骨みたいにかたかた震えちゃって…差し出された小さな箱の中にはきっと一生懸命に選んだ指輪が入っているんだろう。ああ、私、プロポーズされてるんだ。そう気がついた瞬間にぱらぱらっと拍手が止んでいった。貢広が深呼吸する音、自分の体がばくんばくんと緊張と興奮で脈打ってる音。全てがまだ、体に焼き付いてる。

「俺をおなまえのご主人様にしてください!!」

貢広がそう叫ぶと、若い女のお客さんたちが小さな声で「きゃあ」っと恥ずかしそうに口元を押さえた。恥ずかしい…!!いったいなんてプロポーズの仕方なんだろう?!もっとなんかあるだろうがばかやろー!!って思うけど、そのときは、嬉しくて、バカすぎて、貢広が一生懸命なのが伝わってきて、自分の未来がその小さなわっかと、貢広に重なって見えて…涙がこみ上げた。ぼろぼろ涙をこぼしながら私も

「私のご主人様になってください」

って貢広に抱きついた。抱きしめた貢広の体はやっぱり緊張にがたがた震えてて、それを抑えてあげたい気持ちと、私も震えが止まらなくなってきてどうしようもなくなってきちゃったっていうのと、貢広大好きだ愛してるって気持ちでぎゅうぎゅう抱きしめた。貢広はその倍くらいの力で私の事抱きしめた。ぱんぱん!っと何個かクラッカーがなって、お店の人が小さなケーキと花束を持ってきてくれた。みんなが口々に「おめでとう」「お幸せに」を唱えてくれる。ああ、全然知らない人たちなのに…そのときもしも幸せが、水だか空気だかゼリーだかに変化してしまったなら、きっとビルのガラスを突き破って、外にあふれ出して私たちは流されてしまっていただろう。そのくらいに幸せだった。なにも嫌な要素は無かった。貢広はよかったーよかったーって涙と鼻水でぐじゅぐじゅになってるけど、構わずにキスした。ぬるっと鼻水で口が滑るから、貢広の両耳を引っつかんで、ぎゅううっと離れないように、くっついちゃうようにきつくキスをした。

なのに。ねぇ、貢広。嘘だよね?

死んじゃっただなんて…


『おなまえちゃん?ああ、急にごめんなさいね…今ね病院なんだけど…あの、落ち着いて聞いてね?あのね、貢広が…』

交通事故だったって。貢広の車に、酔っ払い運転した大きな車が信号無視で思いっきり突っ込んだ来たそうだ。車はぐちゃぐちゃ。貢広は車の中に閉じ込められちゃって、レスキュー隊が駆けつけて救助したときにはもう…。足元に大きな穴がぽこっと開いて、落ちていくようだった。心臓だけを宙に残したまま、私の体はどこかに飛ばされてしまったようだ。貢広が死んだ?頭が上手く回らない。事故って…あ、病院…行かなきゃ…お義母さん、が…貢広…え、あ…ふ、服って…何着てけば、いいんだろ…くろいやつ?そんなの持ってない…お母さんに借りたほうが…あ、お母さんにも、話さなきゃ…貢広、が…。かたかたからだが震えだした。立っていられなくて、すとんっとしゃがみこんでしまうと、もう一生動けなくなってしまいそうな気持ちになった。わけが分からない…なんで貢広が?死んだってなにそれ?どういうこと?やだ、わかんない。わかんないわかんないわかんない!!頭の中がぐじゃぐじゃになって歯まで鳴る。自分の手で自分の手を握り締めると、左の薬指にはめられた婚約指輪がやけに冷たく感じた。私のご主人様になってくれるんじゃなかったの?ねぇ、貢広…ああ、ばかばかばか!!この間会って、えっちした時に「俺、もうこのまま死んでもいい」なんて言うから…だ、絶対にそうだ!貢広のばか…殴ってやりたい。いたいいたい!なんのご褒美?!ってあの下品な笑い方で騒いで欲しい。そのあとちゃんとよしよしって撫でてあげて、将来的に面積が激増しそうなおでこにキスしてあげたい。あったかくて大きな手を、私の小さな両手で握って指一本一本丁寧に舐めてあげたい。うわ、えろーってにやにやして欲しい。馬鹿にしてからかって欲しい。ぎゅうってして欲しい。ああ、どうしようどうしよう。私もう貢広に何もしてもらえないんだ。何もして上げられないんだ。この間ちゃんと、もっとちゃんとえっちしてあげればよかった。「また今度ね」なんてじらすんじゃなかった。ちゃんとしてあげればよかった。

本当に動けなくなってしまった私に、声をかけたのはお義母さんだった。急いでうちまで来てくれたみたい…。ああ、ねぇお義母さん、貢広が…ねぇ…

「…おなまえちゃん…」
「ぅうぇ…しんじゃった…って、ぅあッぇ…」
「うん、うん…」

お義母さんにしがみついてわんわん泣くと、余計に胸が苦しくなってきた。何もわかんない、分かりたくない。なんで貢広が?どうして私たちが?!吐き気がするほど泣いて、泣いた。何が悲しいのかも分からなくなって、どうして泣いているのかも、何が起きたのかも分からなくなった。そのうちに、ただ、ぼうっとするだけになってしまって、顔が泣いた所為でひりひりと痛んだ。お義母さんは私の顔を覗き込んで、もう一度。抱きしめてくれた。でも、何も感じない。ああ、貢広にぎゅうってして欲しいな…


全部のものが色を失ったように感じる。のっぺらな土地にのっぺらな建物が建ってて、のっぺらなガラスがなんでもない、のっぺらな景色を写して、余計にのっぺらに見せた。その中でただ一つだけ強く、濃い色を持ったマンション。一つだけが、柔らかい黄緑色だけが私をこの世界につなぎとめてくれた。貢広のマンション。いつも車が止めてあった「4」の駐車場はからっぽ。合鍵で部屋に入ると、貢広のにおいがした。お義母さんが、貢広の荷物の整理を私にやって欲しいって…いいですよって言ったけど…できるのかな?私…。靴を脱いで部屋に入る。ああ、もう、玄関に居るだけでつぶれてしまいそうだ。貢広の履き古したスニーカー、ちょっとそこまで用のサンダル。ここにある全部が貢広のもので、まだ、貢広のものなのに、もうここには、どこにも…貢広は居ない。なんて違和感だ、なんて矛盾の中に私は残されてしまったんだ…。

部屋は汚れては居ない。もともと貢広は綺麗好きなほうだから…片付いていないときもあるけど、よくある一人暮らし男性のような汚さ不潔さは全く無い。私が遊びに来るから…なんてうぬぼれかな?でも、新居への引越しの準備の途中だったのかな?ぱっこりと口を開けたダンボールがちらほら。積まれた本に、たたまれてグループ分けされた衣服。大きなゴミ袋は少しごみが入った状態で、ゆるく口が結んである。ベッドも綺麗で、シンクも綺麗。ラックに飾られたCD、DVD、雑誌…。えっちなモノも平気で飾ってあるところ、貢広だなあって思う。息を吸うと、体が貢広で満たされる気がして、吐き出したくなかった。私から吐き出された息は、きっともう貢広の気配を失ったただの息だから…貢広の気配を薄めたくなかった。ずっとこうして息を止めて、ここで死んでしまいたくなった。…なにを馬鹿なこと考えてるんだろう…私が死んでどうするんだ。

とりあえずラックから雑誌とかを下ろして、ダンボールに入れちゃおう。ごっそりといろんな種類の、いろんな大きさの雑誌を取り出すとぼとぼとと何冊か床に落としてしまった。ああ、何してんだ私…。急いで拾おうとしたけど、偶然に開いてしまったページが私の動きを止めた。

『彼女を絶対に感動させるプロポーズ!』

体験談やタレントのコメント、引用文…プロポーズに関する特集が組んであるページに、赤いペンでたくさんたくさん線が引いてあった。線をひいて、丸をつけて、矢印を引っ張って、一言コメントを記してある。

『結婚してください』←ベタすぎる!!『毎朝、味噌汁を…』←味噌汁ばっかりじゃ飽きる…『僕のお嫁さんになってください!』←いい!!!!

ばかだなあ…こんなに考えて、あのプロポーズか…貢広…やっぱりあんた、昔からセンス無いわ…でも好きだよ。やっぱり。一生懸命で真面目にやってんのになんでかちょっと抜けてて、ばかなんだよね。大好きだよ。寂しくなっちゃう前にその雑誌を閉じてダンボールに放り込む。次に手に取ったのは…貢広の参考書…と言う名のえろ雑誌。なんで、こういうの平気においとくかな?私が、見ても怒らないと思ってるのかな?まぁ、怒るような事ではないけどさ、やっぱりちょっと寂しいよ、彼女として…。雑誌のいやんあはんなお姉さんでぬいてたりするのかな?って思うと、私の事呼んでくれれば良かったのに、って思う。…貢広ってどういうのがタイプだったんだろう?知的好奇心で雑誌をめくってみると、それは私が想像していたものとは少し違う雑誌だった。私はもっとこう、エッチなお姉さんがばーん☆すっごいポーズでどーん☆見たいな雑誌をイメージしていたんだけど、違った。文字とか、図?ばっかりで、さっきの雑誌同様、赤ペンでメモがしてある。『イかせテク!』だって…。貢広…ばか、かわいい…。猥褻な言葉が並ぶ文章に貢広の赤線。ああ、こういうのやってもらって事ある。すッごく気持ちよかったけど、結局つかれちゃって、普通にしたね。凝ったことなんてしなくっていいんだよ。まぁ、貢広がしたいならいいんだけどね…貢広も、私に気持ちよくなって欲しいって思ってやってくれてたんだもんね…。なんだかむずむずしてきました。ねぇ、貢広…私の事こんなにしたの、貢広だからね?

貢広のベットに乗って、枕に顔をうずめると貢広の濃いにおいがして、胸がいっぱいになった。ああ、貢広。もういっかいだけ、貢広とエッチしたかったな。裸でぎゅうぎゅう抱き合って気持ちよくなりたかったな。エッチのあとにね、貢広が「うわー、もうホント…責任とってね?おなまえちゃん」って困った顔で笑うの、大好きだった。女の子に言うせりふじゃないよそれ。貢広好きだよ、大好きだ。貢広こそ責任取ってよね…っていっても死んじゃったんだからしょうがないよね。あー、何で死んじゃったの?どうして?死んじゃうならご主人様にしてくださいなんていわないでよ、私期待しちゃったじゃん。プロポーズ受けてから、色々話したとき。子どもは何人欲しい?ってきいた。9人で野球チームとか11人でサッカーチームとか、作るだけ作る!!とかいいそうだなって思ってたのに、ちょっと恥ずかしそうに笑って「子どもは授かるもんだからなあ」って言ったの、すごくびっくりした。し、ちょっと泣けた。ねぇ、貢広。私こんなに貢広のこと好きなのに、なんで置いていっちゃったの?どうして一人にするの?さみしくて死んじゃうよう…。貢広のベッドの上で、貢広のシーツに包まって、貢広のにおいを感じながら、一生懸命自分で、自分のパンツの中を触って気持ちよくなろうとした。貢広はどんな風に私に触ってたっけ?どうしたら気持ちよくなれたっけ?すこしずつ濡れてきたけど、まだ。貢広が触ってくれるときは、こんなの比べ物にならないくらいべたべたでどろどになっちゃうのに…ああ、さみしいよう、貢広…貢広に触って欲しい、貢広にして欲しい。貢広じゃなきゃ気持ちよくなんない。ねぇ、貢広…わたし、これから一生誰ともえっちできないよ。だって、貢広じゃなきゃ気持ちよくないもん、貢広じゃなきゃいやだもん、貢広だから気持ちよかったんだもん、えっちしたいと思えたんだもん…ねぇ、貢広、貢広、みつひろみつひろみつひろ…!!

「みつッ…ひぅ、あッ…みつひぉ、みつひろぉッ」
「…はい」





…?!

「ふぇ…?」
「…何これ?夢?」

俺のベットでおなまえが一人エッチしてる…そうつぶやいて、急いで写メの準備をしてるのは…間違いなく…え、でも…信じられないけど…

「みつ、ひろ…?」
「…そうですけど…おなまえ何してんの?」
「ぅうあ?!えぁぅおおお?!」
「お前大丈夫?」

生きてる…。貢広…え?!えええええええ?!なになに?!なにこれ?!どう言う事?!はぁ?!…ぎゃあああああ!!一人エッチしてるとこ写真撮られた…!!ちょッ…あ、もう…!!貢広…!!

「ぅわッ?!なに?!」
「わああ!!生きてる!よかったぁ!ばか!貢広ばかあ!!愛してるー!!」
「なに?お前俺の知らない世界に行ってたの?」

ちょっと、ドン引きしてる貢広に抱きついてぎゃあぎゃあ喚きながら泣いてるとお義母さんがこっそり部屋に入ってきた。ぎゃああ!!お義母さん!!貢広が…!!ん?!な、なんでお義母さん、にやにやしてるの…?

「ごめんね、おなまえちゃん…いじわるしちゃって…」
「なに?母さんがなんか言ったの?」
「うん、おなまえちゃんの愛を確かめるためにね。ちょっと嘘ついちゃったの」
「なんだよそれ…」
「だって、貢広なんかと結婚してくれるなんて…母さんまだ、信じられなくて…貢広が死んだって言ったら、どの位悲しむかなーって思って…」
「そんな事のために俺を殺すなよッ!!」

…あの、ちょっと…意味が分からないんですけど…え?私、お義母さんに嘘つかれた?貢広死んでないし…お義母さん嬉しそうに笑ってるし…なんじゃこりゃあ…

「あの、私…」
「おなまえちゃん!見ての通り貢広は無事です!じゃじゃーん!」
「じゃじゃーんじゃねぇだろ…おなまえ大丈夫?」

え、全然大丈夫じゃない…けど…。こんな簡単に引っかかってくれるだなんて思って無かったんだもん!おなまえちゃん、死体の確認とか、警察とか行かなかったから、母さんせっかく段取りしておいたのにうんぬん…嬉々として語りだすお義母さん。それに呆れてる貢広…。なんだか、私…ああ、なんで…怒っていいとこのはずなのに…というか、普通に怒るべきところなのに…

「ふぅッ…よ、かった…ぁ」

ぼろぼろ涙がこぼれてきて、またへたり込んでしまった。お義母さんもなぜか泣きながら「ありがとう」って私に言う。まったく、もう…全く意味が分からない…でも、でも本当に…貢広が生きててよかった…

「俺が死んだと思った?」
「…ん」
「悲しかった?」
「死んでやろうかと思った」
「寂しすぎて自分でしちゃった?俺の事考えて?」
「だまれ貢広…もうやだぁ…」
「なぁ、もういっかいプロポーズしていい?」

お前可愛すぎ。そういって私の頭をわしゃわしゃしながら抱きついてくる貢広はあったかくて大きくて…心臓が動いてて呼吸してて、なんだかそれだけでも奇跡のような気がした。お義母さんはいつの間にか部屋を出てて、私も、もうすぐに泣き止む。あとちょっとで、貢広が自分のメモ入りの恥ずかしい雑誌を私が読んじゃったことに慌てふためくんだ。それだけのことが、本当に有難い事なんだと思うとこみ上げてくるのが涙だけじゃなくなっていた。

「貢広…」
「…ん?」
「ありがと…」
「…『結婚してください』…!!」
「『ベタすぎる…!!』ことないですか?それ…」
「…え?!なんでお前、それ…ぁああ!!」


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