ゴロゴロの日
何十年も前から使っているクッションの汚れた中綿のような、小汚いおじいちゃんの髭のような色の、どんよりとした空にピカリと輝く一筋の光。ぴしぴしっと陶器やらガラスやらにひびが入るみたいな、複雑かつ不規則な形体を擁したその光が、私の心臓を震わせる。と、少しの時間を置いて、凄まじい轟音。お腹のそこを震わすような、雷鳴に足元を見失う。遠くに飛ばされてしまいそうで、それでも押しつぶされそうなおかしな恐怖。お尻をつけた床から、微弱な振動を感じると、はじかれたように立ち上がってベッドにもぐりこんだ。いつ止むかも解らない超自然現象のそれに、歯をカチカチ鳴らしながら、涙をぽろぽろこぼしながら耐え抜く長い長い夜は、本当に心細いものだった。

そう、ものだった。

過去形である。

『こわがりおなまえ』『泣き虫おなまえ』『雷アレルギー』なんていう悪口が通用するのも小学校5年生までだ。もう、雷なんて怖くない。ゴロゴロピッシャーン?うははは!笑い飛ばしてやるわッ!!小さな頃はそれこそ、雷がなると、自転車に乗るときに装着を義務付けられている(みんなが嫌がる)ヘルメットを無我夢中で装着して、長袖長ズボンに着替えて、軍手をつけてベッドにもぐりこんでいた。今考えると、何が怖くてそんな完全防備していたのかよくわからない。まぁ、とにかく幼心に雷の音はそこまで正気を失わせるほど酷く恐ろしく響いたんだろう。

でも今はそんな事ない。

だけど、雷の日。特に、夜には体が震えるほど…怖いとは違うけど…恐ろしい事が起きる。


ゴロゴロ…

ゴロゴロゴロ…ピッシャーン…

もうほとんど真夜中。布団をかぶってカーテン越しの稲光を睨みつける。ああ、イヤだ。早く止んでくれ、雷様よ…

ガラガラビシャーン!!

「おなまえさァアアんんんん!!!!!」

ひときわ大きな雷鳴と共に、怒号を上げ私の部屋に飛び込んできた幼馴染。

「なんで?!なんで貢広ッ?!どうして来るの?!」

私も布団から飛び出て怒鳴り返す。ピンクのパジャマ(シルク…)(赤い唇マークがちりばめられている)(おそろいのナイトキャップ付き)装備の貢広は、必死そうな顔をして、自分の枕を脇に抱えて、はぁはぁと息を切らして、汗までかいていた。

「だ、だってよ…おなまえが『みっくん!みっくぅん!!カミナリこわいよぉ』って泣いてる様な気がして…」

悲しくなるくらい真剣な顔で、額の汗をぬぐう貢広。あああ!!!何年前の話だそれ?!何歳のときの可愛い私だよッ!!今、あんたのことみっくんなんて呼んでないじゃん!!

私は部屋の真ん中に座り込んで、それにしても雷すげぇなって感激してる貢広の肩を掴んで立たせる。なんて趣味の悪いパジャマだ…

「おいおい、そんな…強引だな、おなまえ…」
「勘違いするんじゃない!頬を染めるんじゃない!」
「なんだよ?じゃあ、抱いて欲しいんだな?よしよし、可愛いやつだなァもォ!!」
「っきゃあ!!やめろッ!!抱きつくなッ!!」

まんまと貢広の胸の中に閉じ込められて、鼻がさわり心地抜群のシルク生地にこすれる。肺いっぱいに貢広のにおいがして、すこしだけてれるけど…照れるけど…!!違う違う!!そういうのじゃない!!今日はそういうのじゃない!!

「ちがう!貢広!!もう自分の家帰ってよ!!てか何でうち入れたの?!」
「お邪魔しまーすっつったら、おばさんがいらっしゃーいって…」
「嘘だッ!絶対に嘘だ!!だってお母さんもう寝てるもん!!」
「そうごめんうそ。おばさんに合鍵もらってんの」
「それこそ嘘であってほしいわッ!!」

細かいことはいいじゃんいいじゃん、って言いながら、貢広にずるずると引きずられてベッドに連れてかれる。ああううういいいやああ!!

「お、あったかい…おなまえのぬくもりだ…」
「変なこと言わないで」
「おなまえのにおいがする」
「あたりまえじゃん」

ベッドにずっぽり入り込んだ貢広は、私と向かい合うように体を丸めて、掛け布団を鼻の下までずりあげてきて、わざとらしく私に上目遣い。瞳をぱちぱちしてくる。かわいくないっつぅの…!!

「…ねぇ」
「ん?」
「なんで雷の日ばっかなの?」
「なに?他の日にも来て欲しい?」
「違う!」
「だってさ」

布団の中でぎゅうっと抱きしめられる。

「雷こわがってるおなまえ、可愛いんだもん」

雷の日。雷鳴も稲光も克服した私は、幼馴染に狙われる貞操と天然くどき文句に怯えています。


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