It's over
『私はいつまでも女の子で、貴方はどこまでも男の子だったから』続編


止まらない。私の思いも、涙も。お前も。…でもずっとそのままじゃいられない。だって私達は息をして、感じて、考えて…時を経て、歳をとっていくのだから

あっちぃいぃいいいいぃい…お盆休みっつったって地球温暖化は休んでくんねぇし、進行はとどまるどころかみんながバカみたいにクーラー使うからヒートアイランド現象真っ只中、駆け足で地球滅亡に向かってる世の中お疲れさん。俺はコンビニに行って雑誌とタバコとアイスコーヒーを買ってバカあっつい外を悲しくも歩きで(駐禁やらスピード違反やらで免停くらった)家路を急ぎたいにも暑くて急げない…っていうジレンマの中で汗をだらりだらりと流してた。ら、前方からちいせぇ女の子を連れた奥様が歩いてきた。おおう、人妻か…遠目でもエロい…。はぁ、いくつになってもこういう思考ってかわんねぇもんだなあ…俺って若いな。すばらしくねぇ?

「って、えッ?!みょうじ?!みょうじおなまえ…!!」
「えっ…あ」
「ママぁ?」

偶然ね。そうやって眩しそうな顔で笑うえろい人妻はまぎれも無くみょうじだった。みょうじおなまえ。12年前には俺の彼女で、9年前に音信不通になって、7年前にひどい別れかたをした(ってかさせた?)女だ。となりでひらひらとすずしそうなワンピースをひらつかせているちいせぇ女の子は長いのに全然うっとうしく感じさせないきれいな髪をしてた。

「ママぁ、この人だぁれ?」
「ママの昔のお友達よ、ごあいさつして?」

昔の、友達…か。

「はじめまして、ゆなです5さいです」
「はじめまして、安田貢広です。偉いなあ、あいさつできるなんて」
「へへーママ、褒められた」
「いい子ね」
「笑った顔みょうじに似てるな…かわいい」

あ、俺いますげぇ無神経な事言った。…だめだな…。それでもみょうじは全然怒るでも傷つくでもなく、笑った。キレイにくちびるを緩めて微笑んだ。ああ、俺がファーストキスの相手だったみょうじが笑う。

「そう?この子旦那似よ?寝てる顔なんて生き写しなの」
「えーママがいいッ!!ママがいいッ!!」

ゆなちゃんはみょうじにべったりとひっついて離れようとしない。肌がじりじりする。みょうじ、の…子どもなんだよな?当たり前か、ママって言ってるし…結婚してたのか…知らなかった…いつ?相手は?今どこに住んでんだ?てか俺ってそんな簡単に話しかけたり呼び止めたりしてよかったのか?すげぇひどい事したんだよな…みょうじに…

「あー、なんか飴とか持ってたら良かったんだけど…ごめんなゆなちゃん」
「あ、いいわよそんなの!これからアイス食べに行くところなんだし」
「アイスー!!パパと一緒に食べるんだよ!」

ゆなちゃんはずっとみょうじの足に抱きついたり、みょうじの腕を自分の体に絡めたりしてみょうじにじゃれてた。みょうじも時折それに応えるように体を揺らしたり、笑ったりした。ああ、上品に開いた胸元から覗く白い胸が本当にえろい。なんかちょっとでかくなった?子ども産んだから?スカートだって膝が隠れるような上品な丈で…昔はぴちぴちの短パンと色のあせたTシャツ着てたみょうじが幻のようだ。

「旦那って…誰か訊いてもいい?俺の知ってる奴?」
「藤くんよ」
「えッ?!…あ、」
「ふふっ、嘘よ。あなたの知らない人。常伏の人じゃないわ」
「あ…あぁ…そうか」

ちょっとビビった。

「ていうかそれ、雑誌。ゆなに見えないようにしてね?ビニールが透けてる」
「あ…悪い…」
「もういい歳なのに…まだそんなの読んでるの?」
「歳は関係ねぇんだよ」
「そう?あ…ちょっとごめん」

みょうじのケータイが鳴って(子どものためか、ごちゃごちゃしたアニメの歌が流れた)ごめんと一言断ってから少しはなれて電話に出る。ああ…なんだか話し方が大人っぽくなりましたね。ふふって笑うような女じゃなかったじゃんお前。手ぇばちばちならして大声で笑う下品なやつだったじゃん。いい歳、ねぇ…あーあ、俺の知らない奴か…それなら、藤の方が良かったかもしんねぇ…。まぁ、俺が何言ったって、何思ったって仕方ないし、俺にそんな権利無いんですがね。…しかし、まァ…遠くなちまって…みょうじさん…あ、いや、みょうじじゃないのか?なんていうんだ?名無しさん?

「やすだ泣いてるの?ゆなのハンカチ借りる?」
「えッ?!あ…あー…ありがとう、ゆなちゃん優しいね。(ってか呼び捨て…)」
「ママがね、お外で泣くのはお行儀が悪いからって」
「…そっか」
あー、泣くなんて卑怯だよな俺。俺ぜんぜん泣いていい立場じゃねぇし。あーでもさ、でもさ、あの時みょうじが走って行っちゃった後。花巻と鏑木は急いでお前追いかけてって、エミちゃんはヒステリックになって俺置いて逃げちゃう(その後音信不通になった)し、藤に殴られるし、美作に説教されるし、明日葉に怒られるし…遅れて来た本好には…ちょっとあんまり思い出したくないくらいに怒られたし…って、言ったってチャラにはなってねぇよな…あー…でも俺、マジでみょうじの事大好きだったんだからな?!言わないけど、ぜってぇ言わねぇけど…!!それだけはわかって欲しかったなあ…俺だって寂しかった、辛かった、みょうじに会いたかった、知り合ったばっかりの女の子よりも知り尽くしたみょうじとキスしたかったセックスしたかった。そうやって7年前の竜巻みたいな自分のどうしようもない身勝手な欲望と純情となんちゃらかんちゃらを思い出して涙が出てくる。ゆなちゃんが貸してくれたピンクのタオル生地のハンカチで涙をぬぐうと、俺いい歳して…って呆れる。

「え、いいわよそんなッ…うん、うん…そこまで来てるの?…うん、わかったわ」
「どうした?」
「ん?ああ、旦那が待ちくたびれて迎えに来るって」
「パパ来るの?!」
「うん、迎えに来るってー」

旦那のお盆休みがうまく合わずに一足先にみょうじたちだけ帰郷してたらしい。それで旦那の到着に待ち合わせて出かける予定だったのが、旦那が案外と早く着いて今から2人を迎えに来る…あー、旦那さんにあいたくねぇ…イライラするな…本当俺って身勝手だけど…!!悔しい、ずるい。いいか、お前の奥さんの処女は俺が奪ってやったんだからな?!二回目だって三回目だってずっとずっと俺だけだったんだからな?!初めてフェラしたのだって俺のちんこだったし!初めてバックでやったのも、立ったままやったのも、オナってんの見せ合ったのだって俺が初めてだったんだからな?!キスも、手繋ぐのも…付き合ったのも…!!そうやって旦那にぶちかましてやろうと、やりたいと思ったけど無理だった。まぁ普通に考えて道路でそんな事言えるわけねぇんだけど、それ以前に…白いローバーに乗って来た旦那さんはちょっとふくよかで、メガネで、にこにこしてて…すげぇいい人そうで俺にそんなの言うの失礼だって気を起こさせた。いいお父さんの見本みたいな旦那さんだ。

「パパ!」
「もう、待ちくたびれちゃったよ〜。パパだってはやくアイス食べたいのに」
「ごめんね、昔の知り合いに偶然会って…」
「そうだったの?あ、こんにちわッ!」
「あ、こんにちわ」

人懐っこそうな旦那さんは俺を見てニコニコしてみょうじに向かってイケメンだねだのなんだの言った。やだ、もうバカってみょうじは笑った。ああ…

「あ、明後日の夜に藤くんのおうちで集まるんだけど…どうする?」
「いけねぇよ…俺、藤に殺される…」
「…そう」

また眩しそうに笑う。ゆなちゃんを後ろの座席のチャイルドシートに乗せてから、みょうじは助手席に乗り込もうとする。

「いま、幸せ?」
「ん?ごめん、聞こえなかった…パパ、音楽大きいわ!」

ごめんごめんと運転席からお茶目なこえがする。みょうじがもう一度こっちを向いて何だった?と聞き返す。少なくとも俺といた時よりは幸せだよな…。オーラが見えるよ。

「ううん、何でもねぇよ…」
「そう?ゆな、ごあいさつして?」
「ばいばい!」

ばいばい…

車が静かに走り出して、俺はひとりぼっちになった。ああ…今更分かった。俺はみょうじになんてひどいことをしたんだろう…そんなの今思ったところで、反省したって仕方ない。過去におきたことはどうしようもない。これからどうがんばったって、あの時みょうじは(俺には計り知れないくらいにひどく)傷ついたんだし、俺は(俺には計り知れないほどにひどく)みょうじを傷つけたんだ。あああ、いい歳なのに涙がこぼれる。熱い熱いアスファルトに落ちた涙は、しゅっと消えてった。



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