愛しのアリア
学校の帰り道。私と貢広は隣に並んで歩くだけで、おしゃべりをしたり手をつないだりいちゃいちゃしたりお互いの股間を触りあったりと特別にコミュニケーションをとったりしない。貢広が歩けば私も歩くし、私が何気なく景色に見惚れて足を止めれば貢広もそれにあわせてぴたりと歩くのをやめる。そんな感じの下校だ。貢広はよく喋るときは(大抵興奮してるとき)マシンガンのように喋りまくるけど、普段はそんなにおしゃべりなほうじゃない。私の話の相槌を打ったり生返事をしたり、くしゃみしたりするくらいだ。それでも下校のときは口寂しくなるのか暇なのか、よく理由は知らないけど口笛を吹く。まぁ、うまい。プロの口笛奏者(口笛って歌手になるのか、奏者になるのかわかんないけど…)ってのがあるんなら貢広はきっとそれを目指したほうがいいと思う。高い高いかすれた音が好きで、いつだって聞き惚れてしまう。歌詞がないとどんなアーティストのどんな歌なのかなんて私はわかんないけど、そんなの気にならなくなるくらいに心地のいいメロディーで、口笛吹いてるときの貢広は普段の貢広の50倍くらい好き。口笛を吹いてるとき無意識にぺろりと舌で唇を湿らすしぐさが色っぽくてかっこよくて大好きで、こっそり横でまねをしてみる。なんか、私がやっても食いしん坊な子みたいで全然かっこよくない。一曲吹き終わると満足するのか貢広はふぅっと軽いため息をつく。あーあ終わっちゃった。

「あれ吹ける?あれ」
「あれって何だよ、曲名言えよ」
「『G線上のアリア』?」
「ん?なんだそれ?クラシック?わかんね
「あれだよ、卒業式とかで流れるやつ。チャーン、チャララララララーンララーンって。バッハの」
「あ…、ん?あ!あーあー!!分かった分かった」

ちょっと悩んでから、貢広は顔を上げてくちびるをぺろり。はじめのゆったりと伸びる高音に、きゅうっと胸が締め付けられた。貢広のくちびるは曲の旋律にあわせてきゅっと鋭くしぼめられたり、緩んだり、じっと見てなきゃわかんないけどちょっとずつ動いて、私達を抱く空気にゆっくりと、丁寧にアリアをつむいでいった。なんて心地いい空気なんだろう。

「貢広…好き」

「…口笛も。貢広も」

貢広のほうを見ると口笛はとめないけど、鼻をひくひくさせながらいやらしく(バカな感じに)細められた目をきょろきょろさせながら、居心地悪そうに手をポケットの中でごぞごぞと動かした。ああ、なんだこいつ。照れてるのか…。

私が聞き惚れていた胸を締め付けるような貢広のアリアは、ゆっくりとバランスを崩して最後にはチャッラチャチャララランっとマリオが没していくときの間抜けな、でも耳に残るメロディになって、幕引きとなった。は?

「え?なんでやめるの?!」
「だって、続きしらねぇんだもん!てかお前俺にクラシック吹けとか言った時点で自分の間違いに気づけよ!」
「っえー?!なにそれッ!!じゃあ、いいよ貢広に吹いてもらわなくて済むようにするからッ!」
「なに?どーいう意味それ?」

私は指でぐにぐにと自分の唇をいじくりながら貢広のほうを見る。口笛ふけないけど、貢広に教えてもらえば、ふけるようになるんじゃないかな?ふけるようになったら今度は私が貢広のリクエストに応えてあげよう。

「口笛、教えてよ?」
「なッ…!!お前ッ」

顔を真っ赤にした貢広は、唇をいじる私の手をぱしんっと叩いてから何度か変なことを口走った。エロいんだよ…。ぽつり。さっきまでアリアをつむいでた唇からはあきれるくらい貢広らしい、バカでいとしい言葉が落ちた。ああ、アリアじゃ無くったってポロネーズでもワルツでもノクターンでもなくったって。あなたの唇から生まれる音なら、私はなんだって愛してしまうんだ。

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