大好きな君の名前
「ねぇ、安田くん。どうして先生の授業はちゃんと受けてくれないのかな?」

下校時間もとっくに過ぎて、この季節特有のでっかい…ばかでかい太陽がゆらゆらしながら沈んでく景色を貼り付けたガラス窓がずらっと並んだここは2年A組の教室。俺は自分の席で、怒られてるくせに偉そうに足を広げて、もうちょっとでケツがイスからずり落ちるんじゃねぇのってくらいだらけた格好で居る。限りなく0に近い点数をはじき出した俺の国語のテストの答案用紙が乗せられた、何十人もの生徒が使ってきた汚ねぇ机の向かい側でみょうじ先生が両腕で頬杖をついて困ったようににこにこしてる。この人はうちの中学の国語の先生で、若くて、可愛くて、美人で、優しくて、人気があって、でもそういうの鼻にかけないタイプで、謙虚で、背は高くないけど背筋がすぅっと通ってて歩いてるとすげぇモデルさんなんじゃねぇ?!ってなるくらいにきれいな歩き方する。肌が白くて、やわらかそうで、いや絶対やわらかくて、ほっぺたとかふにふにで、笑うとまつげがふわってなって化粧っ気ないのにきれいで…。まともに目も当てらんねぇ…。好きなんだ。俺。先生のこと。

「いつも、私の授業だけ出てくれないよね…国語嫌い?」
「や、別に…国語は嫌いじゃないっす」
「じゃあ、私が嫌い?っだったら困るんだけど…はは」
「時間割の問題なんだと思います。国語のある時間ってどうしても眠いんで」
「…そっか」

ずっとみょうじ先生とは目を合わせないまま居たけど先生が黙るから気になって、ちらっと目をやるとみょうじ先生はすげぇまじめな顔で俺のこと見てて、心臓がばあんって破裂するかと思った。すげぇきれい。ちょうびじん。心臓が爆発してるみたいに一回一回どっくんどっくんって大げさに鳴って、息もしっかり出来なくなりそうだ。顔が熱くなってる気がしたけど、それは多分ガラスの窓の向こうのばかでかい夕日の所為だ。無意識なカッターシャツの襟元から少しちらつくみょうじ先生の胸元はそりゃあ中学の女子とは比べ物にならないくらい立派で、いやらしい雑誌みたいにがばあって胸元開いてるわけじゃないのに、鎖骨の先っちょと滑らかにつづく陰った白い肌だけで俺は頭が破裂しそうなくらいにおかしくなった。ごくっとのどが鳴って、すぐにごまかすみたいにへたくそなせきをした。

「『安田貢広』くん」

そうやって言いながらみょうじ先生は自分のシャーペンで俺の答案用紙の氏名欄の、俺が書いた汚ねぇ『安田貢広』の上にさらさらと、それこそまさに国語の先生の字で『安田貢広』って書いた。きれいな字。先生の指先、ペン先、『安田貢広』の字に見とれる。みょうじ先生が書くだけで、こんなにも自分の名前がすごいものみたいに感じる。王様とか王子様とか、そういうすげぇ人たちの名前のように感じる。

「貢ぐ、は、いろんな物を人にあげて助けてあげる、広い、は、たくさんの人に、いろんな人に。安は、安らぎとか安心とか…田はお米、ご飯だね。食べ物のこと。つまり安田くんは、たくさんの人にいろんな物や食べ物、安心や安らぎを与えてくれる人。」

『安田貢広』の字から何本か線を引っ張ってさらさらと説明を始める先生。え?何?

「私、安田くんの名前好きだよ。すごくいい名前」

ああ、そんな風に笑わないでよ。俺バカだから期待しちゃうじゃん。先生はみんなに平等に親切で優しい。学校の先生に好かれるのは学級委員とか、優等生タイプか、ボランティア活動ばっかしてる奴か、部活ですげぇ功績持ってるか…そういうクラスの中でも5、6人の人間だけだ。分かってる。俺はその中のどれでもないから、こうやってわざと先生の授業サボって、迷惑かけて気ぃ引くしかないんだ。みょうじ先生はまた何度か「安田貢広」って繰り返してつぶやいてから俺のほうを見て笑った。ダメだよ、俺バカだから。勘違いしちゃうじゃん。やめてよ。

「漢字って面白いでしょう?安田くん。安田くんが国語の授業好きになれるように先生もがんばるから、明日は授業出てくれると嬉しいな」

ほら、やっぱり。なんか裏切られた気分だ。俺のことほめてるんじゃない。俺を授業に出させるためのえさだったんだ。

「…明日になってみないと、わかんないっすよ」

みょうじ先生は立ち上がって、「そっか」ってまた困った笑いかたして補習の連絡用紙を俺に差し出す。こんなの要らねぇ。面白くねぇ。あーもう。やだなあ…はやく卒業してぇなあ…

「みょうじ先生」
「なあに?安田くん」

教室を出ようとしてドアに手をかけていたみょうじ先生がこっちを振り返る。すらっとした立ち姿がすげぇ大人で全然手が届かない存在なんだって事を見せ付けられる。くっそ…みょうじ先生なんて他の学校に異動になればいいのに…

「俺は先生の、みょうじおなまえって名前。大っ嫌いですよ」
「…そっか」

寂しそうに笑うのだって特に深い意味はないんだ。大人はずるい。それでも俺はバカだから、教室を出て行った先生を急に追いかけたくなって、衝動的にがたんってすげぇ音を立ててイスから立ち上がった。教室から飛び出せば、俺も大人になれるのかな?

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -