2015/08/31 23:17 「主、お体が冷えてしまいます。どうぞ中へ」 分厚いひざ掛けを持った長谷部が、濡れ縁にたたずむ私の元へとやってきた。見上げていた空の重たく暗い雲は、とうとう雪を降らせ始めた。桜のボタンも、夏のスイッチも切ってしまった。ここは過去で、雪は冷たくて、私は寒くて体が震えそうだった。葉を無くし枯れ枝になった庭木や、カエルもトンボもいない氷を張った池は、まるで死んでしまっているようだ。言い得ない悲壮感に襲われる。ふすま向こうのみんなの話し声が遠くて、寂しくて胸が締め付けられる。「はせべ」呼べば彼は後ろから抱きしめるような格好で私の膝に、分厚いひざ掛けを乗せた。「もうこんなにも冷えていらっしゃる」私の髪に頬を寄せて、少し呆れたような、それでも笑うような声で呟いた。「はせべ」頭を彼の胸に預けるように体を傾ける。もう一度呼ぶと、私の膝にあった彼の手がゆっくりと私の体の上を這うようにして上がり、方を抱きしめた。私の額に口づけでもするような格好で抱きすくめられると、そのあたたかさに鼻が緩む。すんっと鼻をすすって、私の肩を抱く長谷部の手に、自分の手を添える。振り込んできた小さな雪の粒は、ひざ掛けの上でじっと溶けずに私たちの事を見えていた。 「はせべ。ありがとう」 添えた手に力を込めると、ちりちりと空気の隙間から桜の花びらが姿を現した。ひとひら、ふたひらだったそれは、すぐに数え切れないほどのものになり、私と長谷部に降り注ぐ。外は雪。桜の花びらに隠されるようにして、私はそのまま長谷部に口づけた。みんなの声が遠くて、私と長谷部だけが鮮明で、寒いのにあたたかくて、花びらと雪に降られて、嬉しいのに寂しくて、私たちはただくちびるを触れ合わせることしか出来なかった。冬に桜を降らせるということ。望み薄だということ。ありえないということ。 何ぞ御座いましたら(0) |