中庭にて、短刀たちと。
2015/08/02 14:09

今日は日の高いうちに非番の短刀たちと外で遊んだ。本当は提出書類の準備があったのだけど、別に夜に時間を作ればいいことだし、なによりも遠慮がちに私の部屋を訪ねてきた前田と五虎退の姿を見たら仕事とか日焼けとかそういうのに気を回せなくなってしまった。ここのところまともに遊んであげてなかったから……ずっと我慢していたんだろうなあ。久しぶりに遊ぼうかって言ったら、震えるほど喜んで飛び跳ねちゃうんだから全くもって可愛い。もっと気にかけて、毎日少しでもみんなと過ごす時間を作ろう。私だってみんなと遊びたくないわけじゃない。

草履を履いて外にでれば途端に冒険ごっこが始まる。右手を前田にひかれ、五虎退は虎を抱きながら空いた手で私の袖を摘んでついてくる。どうやら今日の中庭は広大な海らしい。足元に気をつけて、飛び石を踏み外せばたちまち溺れてサメのエサなんだそうだ。

刀剣たちはきっとその刀身の大きさを基準に、見合った形の人の身を得るんだろうけど、精神と言うか、性格、というか、そういうものはいったい何が基準になっているんだろう……。顕現させる審神者の神気の性質も、おおきく影響すると聞くけど実のところよくはわかっていない。とにかく、うちの短刀たちは近頃とっても想像力が豊かだ。顕現されたばかりの頃よりもずっとその身にあった思考をする事が増えた、と思う。それは退行なのか進化なのか、あるいは変化なのか。分からないけど、子どもの容姿に影響されて、私や一期や他の大人連中で子ども扱いしすぎてしまった所為だろうか。近頃はそれが可愛くて仕方ない。

夏の匂いたつ青い芝を指差して前田が声を上げる「あそこの大きなタコは船を沈ませてしまうんです!」指差した先を見た五虎退が震え上がり、私の袖を握る小さな手に力を込める「わあ、主さま、こっちを見てますよ」凶暴なタコを刺激しないようにゆっくりと次の飛び石へとうつる。危険な海域を抜けたのか、前田と五虎退の目が大きく輝く。いつのまにかここは熱帯の海。透き通るような海水は透明度が高すぎて、空とも海ともつかないそうだ。色とりどりの大小さまざまな魚達は、空を泳ぎ海の中を飛んでいるらしい。五虎退の言葉を借りると、きらきら輝いていてとっても綺麗だそうだ。前田が私の肩を指差す。知らないうちに私の肩には小ぶりで可愛いヒトデが止まっていたそうだ。前田の目には柔らかな珊瑚色の、ふっくらとしたヒトデが私の頬をつんつんとつついているのが見えているらしい。とって、逃がしてやってと頼んで飛び石の上でしゃがみ込めば、前田は優しく微笑んで「承知いたしました」と小さな両手でそっと私の肩から人手を取り上げる。芝の上にそれを置くような形にしゃがむと、隣で五虎退は海底に沈んでいく珊瑚色のヒトデに手を振った。私も一緒に手を振ると、急に前田が私の腰に抱きついた。ぐらりと姿勢を崩した私が、飛び石からずり落ちそうになるのを、後から五虎退が慌てて支えてくれる。「主君!サメです!」なんと私たちのすぐ後ろから人食いザメが猛スピードで追ってきているとか。前田に手を引かれ、五虎退の手を引き、必死に逃げたけど、どうやらサメの方が早く、回り込まれてしまったらしい。前田が両手を広げて私を庇いつつ、五虎退に合図を出す。「横隊陣です五虎退、主君をお守りしますよ!」「主さま!下がっていてください!」すがるように私の手を握っていた小さな手がぱっと放される。とんっと飛び石を蹴って、五虎退は私を飛び越し、前田の横に並ぶ。本物の刀身は抜かず、型のみの戦闘が始まる。五虎退が突き、前田が飛び掛る。隙をついて五虎退が潜り込み刺す。前田が飛ぶように斬る。深手を負い、それでも凶暴なサメはまだ私たちを食べてしまおうと牙を向く。肩で息をする前田に、五虎退が声を上げる。「イルカさんがきてくれました!」瞬間、前田の目が輝いた。ぴょんと前田が跳ねると、次に五虎退が跳ねる。「主君、イルカに乗って逃げましょう!」手を伸ばされて、それをとる。2人を真似て私もひとつ飛び上がれば、私たちは気のいいイルカに跨って海の上を飛ぶように移動する。飛び石を蹴って、飛ぶ。1つ飛び越し、2つ飛び越し。イルカに乗っているから、海を走ることも出来るんだと前田が言うので、私たちは庭中を自由に駆け回った。五虎退いわく、さっきのヒトデがこちらに手を振っているらしい。前田は深海に幻の大魚を見つけたそうだ。そのうちにイルカの作る水しぶきが虹を生み、それは二重にも三重にも、幾重にもなって空に届いてしまったそうだ。輝き飛び散る水しぶき、髪を撫ぜる潮風、宙を泳ぐ魚達。私はそうして前田と五虎退と、気が済むまで中庭を駆け回った。青い芝の匂いをたっぷり感じながら。ああ、あの子たちの見ている海はいったいどんな色なんだろう。透き通った空色で、沁みるような群青で、きらきら輝く太陽を反射して……。私もあの子たちが見ている海を見てみたいなあ……凶暴なタコはどんな色なんだろう、珊瑚色のヒトデの足は何本あったんだろう、私を守って戦ってくれたあのサメはいったいどれほど恐ろしいサメだったんだろう……。遊びつかれてしまった前田と五虎退は、濡れ縁の影に座ってお茶を一杯飲んでしまえば、スイッチでも切ったかのように眠り込んでしまった。

「いったいどんな夢を見ているんだろうな」と、縁側で三日月と将棋をしてた鶴丸が笑った。二人の将棋を見ていた石切丸が「2人が起きてからきいてみたらどうかな」と立ち上がる。自室に向かおうとする足取りを見送りながら「きっと楽しい夢ですね」と返せば「一敗食った鶴に夢の邪魔をされなければな」と三日月が笑う。「はっ?」と盤上に視線を落とす鶴丸が次の声を上げる前に、石切丸が「投了だね」と呟いた。





(要らん余談)

中庭を駆け回る短刀たちと審神者を眺めながら鶴丸は軽く笑った。「聞いたか、今日の中庭は海なんだとさ」驚いたね。と続ける鶴丸は、担当たちの子どもらしい感受性や思考、表現をいたく気に入っていた。木を避け芝の上を走り回る短刀と審神者を眺めていてはもちろん盤上に集中は出来ない。時間をかけながらも確実に攻める三日月と、それでも機転の利いた手で逃れては不意を突いて玉を狙う鶴丸の将棋は見ごたえがあり、石切丸はどちらを贔屓するわけでなくその勝負を楽しんでいた。「いったいどんなモンなんだろうな。海ってェのは」あぐらをかいた足にひじを立て、頬杖を突く鶴丸が、奉納されて長く神社暮らしをしていた石切丸に問う「さあ、一体どんなものだろうね」と、自分とにた意見が返って来ると思いきや、盤上から目を上げた石切丸は鶴丸を見て微笑んだ。「おや、君には見えないのかい?」楽しげに芝を駆け回る審神者たちを見遣る石切丸。つられて青い芝と立派な松を有する中庭に目を移す鶴丸。「おいおい、君まで…それじゃあまるで短刀らと」石切丸の言葉にあっけに取られた鶴丸に、噴出しとうとう笑い声を上げた三日月が「そうかそうか、鶴には見えぬか」と、愛しげに細められた目を庭の審神者へと結ぶ。「おいおい、君たちなあ」「ほら、鶴丸。君の番だよ」「はっはっは、負ければ茶菓子は頂くぞ」


何ぞ御座いましたら(0)


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