炎に照らされているのだから、相手は自分がここに居る事は十中八九わかっているのだろう。
逃げたら良いのだが、「もしユーシキさんだったら」そう考えた彼女は逃げる事も近寄る事もできず、ただ風呂敷を背負って突っ立っている事しか出来なかった。
――あー……、誰?
足音の主が炎に照らされた時、彼女はやっと疑問を抱いた。
結局の所、足音の主はユーシキではなかった。体格からも、雰囲気的にも似ても似着かない。
その人物は頭の先から足の先まで彼女が昔読んだ絵本で見たような"魔女"のような黒いローブで身を包んでいたからだ。
それは、歩みを止める事無く彼女へと近付いて来る。
逃げる? それとも待つ? 彼女は自分自身に問いかけた。
逃げるにしても入り口の方は近付いて来る人がいるから森の外へは逃げられない。
かと言って待っているのも危険だ。格好から不審者丸出しの人物を悠々と待ち受けられる程彼女の根性は据わっていない。
足音の主は考えあぐねる彼女の少し前で立ち止まった。
ローブで隠された頭部からはその人物の表情は伺えない。
――しまった! 逃げるタイミングを見逃した!
ようやくローブの人物が前に来ている事に気がついた彼女は、いきなり視線を必要以上に動かし挙動不審になった。
「すみません……何の用でしょうか?」
おずおずと彼女が尋ねた瞬間、彼女の耳に魔物が現れた事を示す、村の警報の音が聞こえた。
儀式は無事に終えた筈なのに、鳴り続ける警報を聞いた彼女は困惑の色を隠せなかった。
「儀式に失敗した」過去に類を見ない現実に絶望感が彼女を襲った。
「あたしは……認められなかったのかな……」
村の方を見つめながら絶望に染まった声で彼女は呟く。燭台の炎に照らされたその表情には哀しみがありありと浮かび上がっていた。しかし、
――こんな所で落ち込んでいる場合ではない。
そう考えた彼女は纏めた荷物を掴むと森の入り口、ローブの人物がいる方に向けて走り出す。彼女の頭は、ローブの人物の事をすっかりと忘れている。
彼女がローブの人物の横を走り抜けようとした時、ローブの人物は彼女の肩を掴み、懐から短剣を取り出した。
急な事に目を見開く彼女をよそにローブの人物は短剣を彼女の方へと投げつけた。
――や、やられる!
ギュッと目を瞑り、迫りくる痛みを待つ彼女だが、どういう訳か待てど暮らせど痛みが襲ってこない。恐る恐る目を開けると体はどこも傷ついておらず、代わりに彼女の背後にいた魚と人が混ざったような生物が悲鳴を上げて地面でのたうちまわっていた。
呆然とする彼女をその場に置き、魔物に刺さった短剣を抜き取ると、ローブの人物は再び彼女の肩を掴み、森の奥を指差した。
「奥に……行け?」
彼女が尋ねるとローブの人物は微かに頷き、彼女を先導するかのように森の奥へと走り出した。
訳が分からず、慌てて着いていく彼女の耳に叫び声が聞こえた。
走りながら振り向くと、後方には先ほどローブの人物が仕留めた魔物に群がり、一心不乱に食らいつく数匹の魔物が目に入った。
――両方危ないけど……、食われるよりましだ!
魔物達が何をしているのか見当がついた彼女は直ぐに目を逸らし、ローブの人物を追い掛けた。
・
魔物から逃げ出してから、どれ位経っただろうか。
黙々とローブの人物を追いかけて走りつづけた彼女の疲労はピークに達していた。
――そろそろ休みたい……。
荒い呼吸を繰り返しながら彼女はずっと考えていた。
しかし状況と相手が悪かった。無闇に休むと魔物が追い付くかもしれないし、前を歩く人物に言ったとしても、今しがた会ったばかりで、しかも助けてもらった人に「休んで良いですか?」と頼むのは余りに厚かましいと思ったからだ。
――でもやっぱりちょっと休みたい。
鉛のように重く感じる足を動かし、疲労から無意識に来る笑いを抑えて彼女は休憩を望んだ。
すると彼女の祈りが届いたのか、ローブの人物は足を止めた。
突然の事に対処できず、彼女は顔面からローブの人物の背中に突っ込む。
「ごっごめんなさい」
ぶつけた鼻をさすりながら彼女がどけると、ローブの人物はゆっくりと彼女の方へ振り返った。