60
 灰混じりの髪。
 新緑色の優しい瞳。
 すらりと延びた手足。
 常に微笑みを浮かべていた口元。
 いつも周囲を見守り、時に叱り、時に励まし、荒くれ者ばかりのシキを纏めていた、ヒワ。
 しかし、今、結界越しに存在する彼は、記憶の中の姿とは遠く離れていた。
 血にまみれ、充血した目をこちらに向け、涎を垂らしている目の前のヒワ。否定できるものなら喜んでする。「これはヒワじゃない」と。
 しかし、無情なことに目の前のヒワは彼が持っていた特徴を兼ね備えていた。汚れた灰混じりの髪に、充血の中に浮かんでいる新緑色の瞳。ぼろぼろだが、長い手足。そして何より、自分の中の組み込まれた遺伝子が反応する。「これはヒワだ」と。
 適応に失敗した個体は、シキとなれずに魔物となる。
 魔物と化したものは、基盤の遺伝子と組み込まれた遺伝子が反発するが故に、お互いの特徴が何の意図もなしに混ざり合った醜い姿となる。
 ある者は獣の四肢に人の顔が付き、またある者は顔と足が人間で、残りの部分は鳥となった。遺伝子により、形状はある程度揃ってくるが、魔物の姿は千差万別であった。
 しかし、一旦シキとなった者はそのような症状が出ることはまず無い。しかし、どうだ。今のヒワには首筋にたてがみが、手足は一部蹄のように変形してしまっている。
「このようになってしまわれたのは、およそ二千年程前です。恐らく、能力の多用、そして基盤の体が限界に近づいてきたのが原因でしょう」
「ヒワ……っ」
「結界越しとは言え、それ以上近づかないでくださいね。今のヒワ殿には理性や記憶と言ったものが存在致しません。ただ、近づくものを食らうだけ。幾らセツ殿と言えど、警戒域に踏み入ろうものならば、八つ裂きにされることでしょう」
「元には、もう戻れないの?」
『精神的に大きな衝撃を受けた影響で、以前の記憶の浸食が進んでいます。負担を考慮し、対応を図ります』
 タシャが警戒を鳴らす一方で、虚ろな目でモチに問う。
 シキが浸食されるなど、前例がない。それ故、解決策があるかはほぼ絶望的な状況であった。
「ええ。御座います」
 しかし、モチの口からは、ヒワを助ける術があることを示唆する発言が出た。
『浸食が止まりました』
 再び、セツの目に光が宿る。
「我らホダスの遺伝子を継がれたヒワ殿の能力は束縛。人、物、はたまた目に見えぬ物までを繋ぎ止める能力です。ヒワ殿は生前多数のものに能力を使用されておりました。恐らく、それが仇となったのでしょう」
「なら、ヒワが施した鎖を解いていけば……!」
「ええ。完全に戻れる保証はありませんが、今の状況よりヒワ殿を救えることは確実でしょう」
「やる。私やるよ! それで、どうやったらその鎖って言うのを解けるの?」
「方法は、三つあります。一つは、予め決められている手順で鎖を解く方法。此処へ至る結界を解いたのがその方法です。しかし、これはヒワ殿しか知り得ない手順もありますので、難易度は非常に高いです。次に、解放の能力を持っている頭首殿のお力を借りること……おや、どうかされましたか?」
 頭首とやらがココーのことを指していると理解したセツは、あからさまに嫌そうな表情を浮かべる。と、同時に何を考えているか分かったものではないあの男に、そんな大役が果たせるのかと怪訝に思う。
 何だかんだでセツはココーを認め、慕っている節がある。しかし、今回はココーに頼ることを望まなかった。
「あいつにはあまり頼りたくない。あ、その、別にヒワを独り占めしたいとかじゃなくって。あいつは、駄目だ。何となく、そう思う」
「ええ。セツ殿ならばそう言うだろうとヒワ殿は言っておりました。それに、ヒワ殿も頭首殿には頼みたくないと仰っておりました。三つ目の解放ですが、これはヒワ殿が最も望んだ方法ですが、セツ殿に非常に負担のかかるものです」
「構わない」
「……ありがとう、ございます。三つ目は、束縛をされた入れ物を破壊することです。ヒワ殿の施された封は、主にセツ殿の能力と共にあります。セツ殿の結界で閉じ、その上からヒワ殿の束縛を施す。そして、それらの解放は、頭領が行う。それが、セツ殿、ヒワ殿、頭首殿の元来の役割でありました」
「だから、三宝と言われていたのか……」
 鍵、鎖、箱。
 ミズシが言っていた意味の分からない差し名。その理由、役割がようやくわかった。
 ヒュルルルと、どこかで風が鳴いた気がした。
 ヒワの手助けの糸口が見つかり、すっかり気持ちが昂揚してきたセツは、涎を垂らしたままの彼にどこか哀しげに、しかし、力強く微笑みかけると、モチの顔を見上げる。
「ありがとう、モチ」
「いいえ。では早速封を一つ解きましょう」
「え? そんな近くにあるの?」
「ええ、セツ殿の目の前に」
 どこだどこだと周囲を忙しく見渡すセツだが、ふとその動きを止めてモチを見上げた。
 目の前のモチは穏やかに微笑んでいる。しかし、反対にセツの顔はどんどん青ざめていく。
「モ……」
「迷う必要は有りません。セツ殿は、ヒワ殿を救いたいのでしょう?」
 そうだ。自分はヒワを救いたい。
 しかし、ヒワを救う代わりに、モチの命を犠牲にする。このような重すぎる選択をおいそれと出来る訳がない。だが、迷う一方で、セツはこれは逃れられない選択であると、頭のどこかで理解していた。
 そして、それはモチも、ホダスの群も理解しているのだろう。だからホダス達は長であるモチの命を奪うセツを必要以上に敵視した。そして、地下に入る前にモチに会いに来たのも、最期の別れの挨拶だったのだろう。
「聞いても分かり切っているけど、本当に良いの?」
「ええ。私は、ヒワ殿に会った頃既に老齢で、それに深手を負っていました。ヒワ殿が私の命をつなぎ止めてくださらなければ、私は志半ばで死んでいた。ヒワ殿に救われた命、それをヒワ殿の為に使える。これ以上の喜びはございません」
 まだ納得しきれていないセツに気づいたのか、モチはそれに……と言葉を続ける。
「私は永く生きすぎました。妻も、子も、私を置いて先に逝ってしまった。老いたものが残り、若いものが先に逝く。このような自然の摂理に逆らった生き方は本来許されないものです。終わりがあるから、生は美しい。セツ殿ならば、理解していただけるでしょう?」
 僅かに目を反らし、戻された目には、既に迷いはなかった。
 分かった。と呟いたセツの体から、真珠色の光が淡く放たれる。
「あしがとうございます」
 優しく微笑み、ホダスは周囲を見渡す。
 苔むした地下道、その遙か先に見える、気が遠くなるほどの年月を過ごした、緑の地。
 愛するものに先立たれ、ただ見送るだけの年月がどれほど辛いものか。それはモチにしか分からない。幾千の時を越えて生きながらえていた一匹の獣は、今この時より、待ち望んでいた死出の旅路に向かおうとしていた。
 ふと、射していた光が遮られ、入り口の方に一頭の成獣のホダスが現れた。そしてその後ろから、まだ生まれて間もない幼いホダスが、くりくりの目をこちらに向ける。
 それは、モチの孫にあたるホダスと、その子どもであった。
 来るなと言ったのに、しようのない。
 小さくごち、モチは力強く、入り口へと向かって嘶いた。その直後、地を震わすように、ホダスの嘶きが響きわたる。
 突然のことにセツは勿論、モチでさえ動きを止める。時間が経つにつれ、その嘶きがモチを送る声だと気付き、一人と一匹は顔を見合わせて少し笑った。
「良いんだね?」
「ええ」
 セツの体がまばゆく光のを見ながら、モチは目を瞑り、今まで支えてきてくれた仲間に感謝の意を送り、先に逝った愛するもの達に、遅れてすまないと、謝罪する。
 既にモチの体はセツの体から延びた光に包まれ、彼女と同様の光を放っている。そして、光が強くなるにつれ、体の表面に半透明の鎖のような帯が浮かび上がる。
 それは、モチの心臓を中心にして、全身を包み込んでいた。その鎖こそが、ヒワの施した封であった。
 秒単位でセツからつながる光は強くなり、内側から膨張するようにして鎖を緊張させる。
 ーー皆、元気で。共に過ごせたこと、心より幸せに思っています。セツ殿、辛くとも、希望を忘れずに。この様な事をさせて、本当に申し訳なく思います。皆様のこと、頼みました。
 実体のない鎖が悲鳴を上げ、今正に千切れようとするとき、モチはそれまで閉じていた目を開き、永らく守り続けていた主を見た。
「御武運を。お先に、失礼致します」
 直後、セツの結界が内側からヒワの鎖を破壊し、新緑色の光と真珠色の光が合わさり、目を開けていられない程の光が辺りを包み込む。それは地下だけに留まらず、地上、森、挙げ句の果てには空へと、閃光のごとく駆け抜け、そしてゆっくりと消えていった。

 ・

 ヒワの聖域。
 そこは緑と白に囲まれた、至極神秘的な空間。
 同系色が続く空間は方向感覚を失いやすく、無闇に歩けば体力の消費を招く。そこに加え、ここにのみ生息するホダスという暴れ馬の存在があるため、益々探索の行い辛い地となっている。
 無論、特異な能力を持っているシキ一同ならば、ホダスを退けながら探索を行うことが出来る。しかしホダスはヒワに組み込まれた遺伝子元であり、彼等を傷つけることはヒワへの冒涜に繋がる。
 ホダスとの無用な接触を避けるため、彼等は地上での行動を制限せざるを得なかった。
 地上を歩き、ホダスの姿を見かければ樹上に移り、彼等が通過するのを待ち、時には此方の気配を察した彼等を撒く。
 数え切れない程、その手順を繰り返して行く内に、幾ら散策に慣れた彼等とは言え、疲れが見えるようになってきた。
「何であいつは直ぐに迷子になるんだよ。意味分かんねえ」
「そりゃあ、女の子は方向感覚あまり無いからじゃない?」
「方向感覚の問題じゃねえよ。あいつ、放浪癖でもあるんじゃねえの」
「元はといえば、あんたがセツを乗せたくないって駄々こねたからでしょ」
「はあ!? 俺が悪いのかよ!?」
「頭悪い上に耳も悪いの? それ以外にどう解釈するの、鳥頭」
 険悪な雰囲気のケミとクサカを見て見ぬ振りし、一同は休憩と称し、軽食を挟みながら遙か下に位置する地面を見る。
 巨大な光の柱が経ってから、もう随分と時間が経っている。
 地上に落ちたセツが何をしたのか、それは分からない。けれど、地を震わす振動と共に現れた光。あれがセツと関係があるというのは、新緑がかった光に混じっていた真珠色の光が教えてくれていた。
 光の方角で、セツがどの辺りにいるかも大体は把握することが出来る。しかし、地上で群を成し、こちらを警戒するようにして見上げるホダスの存在が、彼等の足を止めていた。
「何だか、今日はいやに警戒しているなぁ。こんな調子じゃあ、セツも危ないだろうに。ココー、どうする?」
 黙々とパンを食すココーにこれからの動向を尋ねるも、彼は感情の乏しい表情のまま、さあ。と言うだけであった。
「埒が空きませんね。私が、活路を開きます。私の能力なら、彼等を傷つけずに済みます」
 予想外にも、この状況の打開案を出したのは、それまでひたすら沈黙を守り続け、あわや存在すらあやふやになっていたウリハリであった。
「駄目だ」
 しかし、その申し出は即座にココーによって却下される。
「制御できていないお前の能力は、お前以外の存在に影響を与える。ホダスの足止めは出来ても、俺たちの足まで止めてしまっては何の意味もない」
「私の事を信じてくれないのですか?」
「ああ」
 その言葉に、躊躇いは一切無かった。
 ぎょっとクロハエが目を剥き、ケミとクサカが取っ組み合いを中断する中、ウリハリとココー。二人の感情に乏しいものだけが動いていた。
「ココーさんも、セツさんの側なのですか」
「俺は別に誰の味方でもない。お前はセツに固執している。セツと二人で会うのは危ない。それだけだ」
「固執等、していません」
「お前の言葉は嘘で塗り固められている。そんな奴を信用できる訳がない」
 僅かに、ウリハリの紫水晶の目が見開かれる。
 それに応じるようにしてココーは赤褐色の目でウリハリを見る。
「ウリハリ……」
 ーー駄目。目を見ては、あの言葉を聞いては……。
 ウリハリのこめかみに冷や汗が浮いた折り、急に地上が騒がしくなった。
 ホダスが嘶く音に、ココーの目がウリハリから離される。
「あ、セツ」
 それまで漂っていた不穏な空気は、ケミの間の抜けた声と、落下してから久しく姿を見せていなかったセツにより、紐をほどくようにして緩和された。
 何故か凶暴なホダスがセツを襲うこともなくその場から退散した後、一同は足早に地上へと降り立った。
 こちらの存在に気付いていないのか、セツは正面を見据えたままただ黙々と森の中を歩き続けていた。
 セツ。クロハエが声を掛けると、そこでセツは初めて視線を彼等の方へ向ける。
「……ああ、皆さん」
「ああ。はこっちの台詞。どうして落下地点から動いたの?」
「すみません」
 姿形、声、紛れもなくセツである。
 しかし、その立ち振る舞い、言葉、仕草に違和感があった。
「おかえり、セツ! 無事で良かったよ! 随分遅かったけど、何かあったの?」
 猫のように枝を伝い、クロハエはその太ましい腕でセツを抱きしめる。その上、それだけでは飽き足らないのか抱きしめたままくるくると回り始める。
 二メートル近いクロハエに思う存分振り回されたセツは、しばらく宙でぶん回されていた足を地に着け、
「寝ていました」
「え!?」
「語弊がありましたね。記憶の封印を解いた際に、膨大な記憶容量が流れ込んできたため、意識を保つことが出来ず、意識消失をすることによって情報処理の円滑化を計ると共に、自我の崩壊を防いでいました」
「そ、そうか」
 何か性格違わない? 首を傾げる横で、遅れて降りてきたココーがじっとセツの目をのぞき込む。
 しかし、異変は感じられなかったようで、遅かったな、と呟くだけに留まった。
「なら、戻るか」
 深く言及することもなく、目的が達成されたと判断したココーは撤退命令を出す。ここにいても特にすることのない一同は、素直に従い、先程降りたばかりの木を登っていく。
 皆が登ったのを確認し、セツも木に向かう。
 木に近づくにつれ、一旦離れた赤褐色の目と再び視線が重なる。
 黒と赤、二つの視線は距離が近付くにつれ重なり、そして逸れる。
「会うのは二度目だな」
 通り過ぎたと同時に声を掛けられ、セツは即座に振り返る。
 また、視線が重なった。
「前にマニャーナの洞窟で会ったな。お前はセツだ。しかし、セツではない。……何者だ?」
「ご名答。流石ですね。いずれ分かることです。では、お先に」
 さっさと通り過ぎようとするも、手を掴まれ動けなくなる。
 何をするのですかと物議を申し立てると、言うまで行かせんと、まるで子どものような返答がくる。
 ああ、これもか。小さく呟いて、セツはココーの目を再度見る。
「後でお時間をください。心配せずとも、この方はまだ目覚めません」
 今まで浮かべていた薄っぺらい笑顔を捨て、本来あるべき姿の愛嬌も何もない顔に戻ったセツに、ココーはどこか懐かしさを感じた。

 ・

 日が暮れた頃、セツとココーは二人で砂漠に向かっていた。
 こんな夜更けにデートか。と、はやし立てるクロハエを揃って無視して出てきた際、後ろで何故か鼻をすする音がしてきたのは気のせいだろう。
 地上に出ると昼間とは打って変わって、身を裂くような冷気が二人に襲いかかった。
 幸い、ローブを頭から被っているため、今この場で震えることは無いが、恐らく小一時間も立っていれば、骨の髄まで冷え切ってしまうだろう。
 無言のまましばらく歩いていると、ココーはおもむろに鉱物で出来た小さな笛を取り出した。
 大きさと形状から推測するに、演奏目的ではなく、犬笛のようなものだと推測できる。
 それを口にくわえ、息を吹き込む。思っていたより音は小さく、耳を澄まさなければ聞こえないほどの微かな音であった。
 吹いてから五分ほど経過してからだろうか。どこからともなく何かが這いずるような音がしてきた。何かが近付いている。そう認識した頃には、目の前の砂が急に盛り上がり、まるで砂丘のように膨らんだ。
「手を出さない限りは安全だ。乗れ」
 目の前に現れたのは、形状こそトカゲに似た、白色の巨大な生物。
 トカゲに似た、というのは、それの皮膚にあたる部分が、無数の人が折り重なっているような、非常に醜悪な形だからである。
 乗り込む際に、間近で確認すると、それはやはり人の骸のようであった。しかし、触れてみると石のように硬く、人の皮膚とはほど遠い。
「砂の使者と言って、死者の骸を体に押しつけることによって融合させる性質がある。ササの民にとっては、歩く墓場のようなモノらしい」
 背に乗ると、珍しくココーがこれの説明をしてくれる。
 これは「砂の使者」と称されている存在のようで、取り込まれた骸は日が経つにつれ使者の分泌液で石灰化し、今のような形になるらしい。
 更には、彼等は体に似合った巨大な口を持っているものの、消化器官を有していないため、砂に潜った際に邪魔になる石を砕くだけにしか使っていない。砂の使者は恐怖を与える外見とは正反対で、凶暴性など皆無な生物なのである。
 それから二人は特に言葉を交わすこともなく、ただ砂の中を滑るように進む砂の使者に身を任せた。
 やがて使者は砂に埋もれた遺跡の前でその歩みを止めた。
 ココーに次いで使者の背から降りたセツは、先導されるまま遺跡の中へと入っていく。
「ここなら、誰にも聞かれない」
 罰当たりなことに、ココーは祭壇であろう、奇妙な形をした台の上に腰掛けてセツを手招きする。
「聞かせてもらおうか、お前が、何者なのか」
 両手を組み、その上にあごを乗せてセツの様子を見る。
 壊れた天窓から漏れた月光が、表情のないセツの顔を照らす。その顔は、聖戦時代の彼女と寸部違わぬ様相で、ココーは懐かしさか、それとも憎悪か、僅かに目を細める。
 それに対し、セツは何も反応を見せず、ココーの前まで歩み寄ると、それまで閉ざしていた口を、重々しく開けた。
「私はあなた方がセツと呼ぶこの体を制御している機能です」
「制御?」
「はい。貴方もご存じの通り、この体は完全ではありません。強大すぎる力を持ったため、精神的にも、肉体的にも壊れやすい。個体の崩壊を防ぐための制御装置。それが私です」
「なるほどな。しかし、制御装置であるお前がその体を支配していると、セツに影響を与えるのではないか?」
「ええ。それは勿論。だから私は表に出ないのです」
「なら、お前の今の行動は、セツを守るという本来の役割から逸れているな」
「考えが浅はかですね」
 僅かに、言葉に刺があった。
「何故私が主を危険にさらしてまで出て来なければならないのか。……そうまでしなければ、主がこの体を保てないからです。それ位お分かり頂けますよね、アルティフ・シアルの股肱さん」
 セツの体を動かす存在ーータシャはそこまで言って、射抜くような冷たい目でココーを見据えた。
 セツはココーを信頼している。しかし、タシャは正反対に彼を微塵も信用していない。
 幾らシキの頭首だろうと、今のセツの信頼を得ていようと、ココーは初代の主の命を奪った存在なのだから。


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