48
 カハヴィ・エウロペ。二十三歳。
 彼はマニャーナ国の極々平凡な階層の出である。
 先祖代々、「平凡」を誇りとする彼の家には、豪華なものは一切置いておらず、壁の至る所に「薔薇よりコスモス」「役者より小道具」「普通ほど素晴らしき物はない」等々、平凡を強調させる標語が貼ってある。
 そんな彼の一族は、皆して在り来たりな職に就いていた。唯一の例外であるエウロペ除いて。
 騎士という平々凡々から遠くかけ離れた職に就いた彼は、別に平凡を愛する家族を疎ましく思っていたわけではない。人一倍努力家で、生真面目な彼からすれば、騎士という職が自分に合っていると思っただけであり、特別非凡だとは思わなかったのである。
 当然、家族は猛火のように怒り狂って彼を止めたが、効果は一切無かった。むしろ、そのあまりの激情が異常だと思ったエウロペは、益々覚悟を固めた。
 何より彼は標語の裏に「出る杭は打たれろ」と嫉妬にも近い言葉が書かれているのを知っていた。先祖代々、実は非凡に憧れていたということを知り、彼はカハヴィ家の平凡からの脱出を謀ったのである。
 結果、彼は今家族とは絶縁状態にある。せめてもの情けでカハヴィ家の姓を名乗ることは許されているが、交流は一切無い。
 だが、彼は自分の行動を悔いた事はない。彼は、ただ自分の普通の価値観に従って生きているだけなのだから。

「解任、ですか」
 騎士団長、ビクティマに呼び出されたエウロペは、突然の命令に思わず聞き返してしまった。
「珍しいな、聞こえなかったのか? 今日よりお前はレイール様の護衛から外れることになる」
「私に、不手際があったのでしょうか」
「そういった報告は受けていない。ただ、王子は今日より塔にこもって儀式に備えるそうだ。その警備はフラウデが行うらしい。だからお前を解任したのだろう」
 フラウデ。
 その言葉を耳にした途端、エウロペの表情は見る見るうちに険しくなる。
 フラウデとは隠密行動を得意とする集団である。その実体は三十年以上騎士として国に尽くすビクティマすら掴みきれていない。
 フラウデを統括するのは国王陛下の寵愛を受けているボルヴェンと言う名の、恐らく齢七十を超える老人である。恐らく、というのは彼らが滅多に人前に出ないこと、そして常に白いローブを身に纏っており、顔が伺えないことから来ている。
 ボルヴェンの下には、ハクマ、ミズシ、コンクという三人の部下がいる。彼らはボルヴェン以上に姿を現さない、会ったとしてもどれもが異様な雰囲気を纏っているため、エウロペは正直彼等が大嫌いであった。
「自分が、あの者達よりも劣っていると?」
「そう卑屈になるな。ボルヴェン氏が自ら進言したのだ。どちらが優れている等は関係無いだろう。この話はもう終わりだ。お前も退屈なお守りを終えられて良かっただろう」
 やや意固地になってきたエウロペを宥め、ビクティマは彼と机の上を交互に見る。
 机の上には大量の書類が何列にも渡って並べられている。デスクワークが壊滅的に不向きなこの上司はきっと、書類整理をエウロペが代行してくれるのを期待しているに違いない。ちらとわき見をすれば、部屋の片隅に紙飛行機が、その隣には千羽鶴が落ちている。遠目でもマニャーナ国の象徴である獅子の印鑑が押されているそれは、重要書類で間違いないだろう。
「……騎士団長の印鑑はどこにありますか?」
「ああ、ありがとう。手伝ってくれるのか! いつものところにあるよ! いや、本当に君が戻ってきてくれて良かった。僕一人じゃ、この紙共は私を生き埋めにしようと群を成して襲いかかって来るんだから、困ったものだよ!」
 近くの椅子を運び、慣れた手付きで書類を仕分けるエウロペに、ビクティマはコーヒーを入れたり、茶菓子を出したりと、仕事以外の手伝いをせっせとする。
 ビクティマは剣の腕はべらぼうに強いのだが、それ以外は、主に書類関係となると全くの無能になる。武力のインフレ、脳のデフレを起こしている彼にとって、何でもそつなくこなすエウロペは無くてはならない存在である。彼が居なければ、ビクティマはただの脳筋のおっさんなのである。
 もっとも、エウロペの才能をビクティマが知り、その味を占めてから、彼の無能っぷりに拍車がかかっていることは間違いない事実なのだが。
「そう言えばさー、フエゴ辞めちゃったんだよ。忠義も何もない連中と国を守るなんてふざけている! って怒ってさぁ」
「そうですか」
「これで補佐クラス殆ど抜けちゃって、気が付けばエウロペだけだよ。新しい奴らは仕事しないしさー。参っちゃうよね」
「そうですか」
「人数はどんどん増えているけど、良い人材とは言い難いよね。いつの間にか騎士団、チンピラみたいなのばっかりになっているしさ」
「そうですか」
「そうなんです」
 黙々と作業をこなすエウロペを眺めながら、ビクティマはソファーに横になる。鼻歌を歌いながら本を読むその姿は、仕事を代行してもらっている立場には見えない。
 駄目人間の典型的な型のビクティマだが、彼の外向きの顔は非常に真面目で硬派なものである。その為、彼の実状を知らずに憧れを抱いている者は少なくない。
「ああそうだ。ベネノ失踪したよ」
 突然の知らせに、それまで機械的に動いていた手が止まる。
 ベネノは騎士団の一人で、エウロペが直前まで行っていた訓練に同行していた者。そして「疲れが取れる薬だ」と、パライソを飲ませた張本人でもある。
「何故ですか?」
「知らないよ。でも少し前から異常な行動が目立っていたからね。気でも違ってどっかに行ったんじゃないかな? 最近多いじゃない。巷でも変な薬回っているって話だしさ。見所ある子だっただけに残念だよ」
 無理だ分からん。と、語学書を投げて手紙を読む暢気なビクティマとは反対に、エウロペの心は大きく波立っていた。
 ーーベネノが失踪? 馬鹿な。
 薬を盛られた事は許し難い。けれど、彼とは既に和解している。これから毎日兵舎のトイレ掃除と風呂掃除、そしてゴミ出しを行う。という地味かつ辛い交換条件で。
 しかし、彼は失踪してしまった。自分に何も告げず。
 確かにベネノは賢いとは言い難い。むしろ薬に手を出したのだから馬鹿だ。更に、危ないと分かりながらも仲間に勧めてしまうような、どうしようもない愚か者だ。無理矢理飲ませるようなカスだ。
 けれど、彼は常に仕事に熱く、真っ直ぐしか見ていないような純粋な奴だった。その性格故に周囲に迷惑をかけることも多々あったが、それに対する償いは必ずした。逃げることは無かった。
「本当に、足取りは掴めていないのですか? 天下のマニャーナ国の騎士団の力を以てしても?」
「うーん。したいのは山々なんだけどさ、許可が出ないんだよ。たかが兵士一人の為に人手割く時間はないって」
「たかが兵士がこの国を支えているのに、何故それに気付かない!」
 大声を上げたことに気付き、謝罪をして腰を下ろす。立ち上がってもいたようだ。
 再び作業に戻るエウロペを驚いた表情で見たビクティマは、やがて嬉しそうな笑みを浮かべる。
「わーお、君が大声を上げるとこ、始めてみたよ。どうやら、王子の警護は君に人間らしさを与えたようだね。いや、結構結構。今までの君は人間っぽさが薄かったから、僕は今の君の方が好きだな」
 ふざけないでください。と言っても、ビクティマは歯牙にも掛けない様子で「どんな事があったの?」と、それはそれは気になって仕方ないといった調子で尋ねてくる。
 どんなこと。そう思って浮かんでくるのは、主であったレイール。そしてそれを覆い尽くすように出てくる臭い繋ぎを来た女の姿。確か、セツと言ったか。
 人を小馬鹿にしたような表情のセツが次から次へと浮かんできたため、エウロペは止まっていた手を動かすことにより、邪念と化したセツの残像を追い払う。
「もう、終わった話ですから」
 素っ気なく口にするエウロペの表情は、いつもの冷静なもの。
 彼の仕事に対する生真面目すぎる姿勢を知っているビクティマは、その言葉が本心であることを理解した。レイールの護衛の役目を終えた彼は、これから一切その事に触れようとしないだろう。
「そっか、君らしいね。ああ、そうそう。僕、これから有給取って旅行行ってくるから」
「数日後に儀式を控えているというのに、そんな事が許される訳が……」
「如何なる相手だろうと、僕の行く手を阻むことは出来ないよ! それに今まで身を粉にして尽くして来たんだから、ちょっとの我が儘くらい通らないと釣り合わない。もう、申請書も出したからね。儀式は代行として君の名前で出しておいたから」
「本気で言っているのですか」
「マジマジ。僕いつだって本当の事しか言わないし」
「申請したと言っても、まだ返事が来ていないでしょう」
「そんなの、返事遅い方が悪いから大丈夫。ほら、論文だって早い者勝ちでしょ? 君もさ、ちょっとくらい自分に素直になってみたら? 今までずっと真面目にしてくれていたんだから、大目に見るよ?」
「結構です。そんなことより、本当に出かけるおつもりですか?」
「だから、僕は本当のことしか言わないって。嫌なら止めてみなよ」
 挑発気味に誘ってみるも、エウロペは僅かに視線を落としただけで動こうとしない。
 端から見れば、上司の身勝手を止めようとしない無責任な輩であるが、上官からの命令を一番とする彼の中では、止めろと命令されない限り、それは「普通」なのである。
 黙々と書類整理を続行する彼に、つまらないとばかりに口を尖らせ、ビクティマは荷物を持って部屋から出ていく。こうなったエウロペは命令しない限り行動に移らないことを、ビクティマは良く知っていた。
「折角人並みになったと思ったのにな。君は本当に惜しいよ。レイール殿下も、君にとっては大した存在でなかったのだね」
 最後の言葉に只ならぬ雰囲気を感じたエウロペは機械的に動かしていた手を止めて入り口へと顔を向ける。
 けれど、そこにはもうビクティマの姿はなく、ただゆっくりと閉まっていく扉があるだけであった。
 再び視線を手元の書類の山に戻したエウロペは、薄くなった印鑑を朱肉に押しつけた。
 ーーあんたは、レイールが大事だから守っているのか? それともレイールが古い約束だから守っているのか?
 印鑑を押していると、ビクティマの言葉に触発されたのか、昨夜レイールに手を挙げたセツを押さえつけた際に言われた言葉が蘇る。
 無礼者と激高するエウロペに、セツは負けじと激高した様子で食ってかかった来た。
 不覚にも、エウロペはその問いかけに答えることが出来なかった。
 今ではレイールのことは仕事だから守っただけと言える。けれど、その時は何も言うことが出来なかった。
『自分が何の為に行動しているかすら言えない奴に殴られる覚えはない。今のあんたはただ命令に従うだけの操り人形だ。私は、そんな奴を良く知っている。今のあんたは、そいつと同じ、考えることを放棄した抜け殻だ』
『私は、エウロペ。君も助けたいと思っている』
 ーー何故、今になってあの者の言葉を思い出すんだ。もう、終わったことだというのに、馬鹿馬鹿しい。
 頭から追い出そうとすればするほど、脳裏にセツとレイールの声が、姿が蘇る。
 何だこれは。と自問自答するも、明確な答えは帰ってこない。
 それから数日間、彼は答えの出ぬ現象に悶々と悩み続けたのであった。

 ーーそして、時が経ち、日が進み、マニャーナ国は儀式の日を迎えた。

「皆、よくぞ集まってくれた。今日この日に皆に会えたことを、私は幸せに思う」
 儀式の間で、コルムナの低い声が響きわたる。
 華美な椅子が並べられた儀式の間には大勢の群衆が集まっている。彼等は皆、椅子に負けないほどの豪勢な衣装を身に纏い、好奇心に満ちた目で、高台に立つコルムナを見つめていた。
 傍らで俯いているレイールを一瞥し、コルムナは群衆に向けて手を広げた。
「我が国には、昔から忌まわしき風習がある。それは皆が知っての通り、王族から生け贄を出さねばならぬということである。しかし、この因習は今日、この時を以て終わる。何故ならば、全ての元凶とも言えるシキの生き残りを、黒き獣を、私はとらえたからである!」
 コルムナの言葉に、室内は騒然とする。
 無理もない。シキや黒き獣は所詮おとぎ話だからである。
 けれど、コルムナは周囲の動揺に動じることなく言葉を続ける。
「信じ難いことであることは重々承知している。しかし、奴は私の目の前に現れた。我が最愛の息子であるレイールを狙い!」
 カラカラと、金属を引きずる音が儀式の間と、地下牢を繋ぐ廊下から聞こえてきた。
 その音に、コルムナの気迫に圧された群衆は息を呑みながら彼の言葉を待ち、近付いてくる得体の知れぬ存在に恐怖する。
「諸君等はシキというと絵画に描かれているような化け物を想像することだろう。私もそうであった。だが! 本物の化け物は、得体の知れない者は、化け物の姿などしていない! 人の姿をしているのだ!」
 廊下に差し掛かったセツは、白塗りの壁を見て足を止めた。しかし、すぐさま後ろを歩くフラウデに小突かれる。面倒だなとだるそうに振り返るが、白のローブに隠されたフラウデの表情は分からない。
 誰かさんと同じだな。と心中で呟き、前を向くと、セツの手枷、足枷が繋がれた鎖を持っている兵士と目が合う。が、兵士は上擦った悲鳴を上げて直ぐに目を逸らす。
「別に取って食おうなんざ思っていないって。ずっとそんな化け物見るみたいな態度取られちゃ、幾ら私でも傷つくよ。ねえ、何をそんなに怖がるの? 私何かした?」
 フラウデと共に兵士が牢へセツを迎えに来てからというもの、腫れ物に触るような扱いを受け続けている。その態度が煩わしく思ったセツは兵士に尋ねるも、返事は返ってこない。
 それでもめげずにひたすら質問を投げかけていると、兵士は叫ぶようにして、
「お、お前は人の皮を被った化け物だろう! そうでなければ、あんな無惨な死体と七日間も共にいて平気な訳がない! 何でお前はあんな部屋にいたのに平然としているんだよ!? 普通は発狂するだろう!? あんな、あんな……うっ」
「あーあー、吐いちゃったよ。大丈夫?」
 腐った看守の遺体を思い出した兵士は堪えきれずに嘔吐する。
 七日間もの間、死体と閉じこめられていたセツの牢は、見るもおぞましい状況になっていた。
 地下にあるが故に牢は多湿で物が腐りやすい環境。おまけに窓は無く、外と牢を繋ぐのは、食事を入れるための小さな窓だけ。それだけでも牢の中が凄まじいことになっているのだが、更に栄養満点の肉を求めて虫や小動物が集まるというオプションが付いている。
 そんな五感全てに嫌悪感を与えるような場所に、セツは発狂することなく。否、むしろ以前よりくつろいでいた。実際、兵士が迎えに行ったとき、彼女は悪臭と目を覆いたくなる環境の中であろう事か、寝ころんで鼻歌を歌っていた。これを、異常と思わずして何になろうか。
「普通は発狂、か。やっぱりそうだよね。最初は辛かったよ、私も。でもさ、悲しいことに人は慣れちゃうんだよ。それ以上の地獄を長い間経験したから、あれ位じゃ参らないんだよ。不快は不快だけどね」
「あれ以上の、地獄?」
「ああ、もう演説終わるみたいだよ。早く行かないと」
 会場の異様な熱気が盛り上がっていた為、セツは兵士を急かした。
 あの潔癖そうな男の事だ。自分の描いた演出通りに事が進まなければ、ヒステリックになるに違いない。例え表に出さずとも、後で当たり散らしそうだ。
 そうなれば、真っ先に矛先を向けられるのは、自分を引導しているこの兵士になるだろう。自分のせいでこの兵士が看守のように捨てられるのは目覚めが悪い。それに何より、後ろのフラウデの小突きが手刀レベルになり、腎臓を抉るかのようになっているため、セツは兵士を急かしたのであった。
 ーー我が国に、栄光有れ!!
 耳をつんざくような歓声と共に、拍手が起こる。
 この拍手と声援が全て自分に向けられているのだと思うと、何だか照れるものだ。彼等が望んでいるのは、自分の死だと言うことを考えなければ。
「よ、久しぶり」
 カチャン。
 軽い音を立てて兵士が鎖を離す。変わりに受け取ったのは、八日前に別れたエウロペであった。
 彼はセツの挨拶を、まるで聞こえていないかのように無視し、機械的に鎖を引いて歓声が鳴り止まぬ会場へと誘導する。
「人の皮を被った化け物、か」
 兵士が口にした言葉を復唱し、セツは大歓声の中へと入っていった。

 ・

 銀髪の青年に続いて、両手両足に枷をはめられ、ぼろ布に等しい服を纏った女が、地下牢に繋がっている通路から姿を現した。
 女、と言うよりも、少女に見えるその者は、周囲の大歓声に驚いたのか一度足を止めて辺りを見渡した。大きく見開いたその表情からは、彼女が伝説に残る化け物、シキだとは誰も思わない。
 その姿を見て、観覧席にいるムニェカは、母の服の裾を握りながら、歪んだ笑みを浮かべる。自分に手を上げた生意気な女。そして憎たらしくて仕方ない兄がようやく死ぬ。彼女は愉快で仕方なかった。
「皆の者、騙されるでない。この者は姿形こそ我々と同じだが、本質は違う。血に飢えた、化け物だ。思い出せ、我らが民がどれだけ魔物に命を奪われたか! 思い出せ、我々人に近い奴らの醜悪な姿を!」
 コルムナの熱弁に、観客達は「確かに人にしては不自然だ」と、口々に言い始める。
 流されやすい奴らめ。と毒づくセツを中央の台に繋いだエウロペは、フラウデに一礼して一歩引く。一礼したその瞬間、彼の目にはフラウデの袖から覗く細い針が映っていた。
「更にこの者は、あろう事か我が息子、レイールを誘惑した。息子には、黒き獣と浅からぬ縁がある。奴は黒き獣の本能で息子を見つけだし、我が国の繁栄を根絶やしにし、その血で汚れた手で懐柔しようとしているのだ!」
「あのおっさん、黙っていれば好き放題言いやがって……! かいじゅうって何だよ馬鹿野郎! ……っ!?」
 あまりの言われようにいい加減腹が立ってきたセツは、フラウデの制止を振り切ろうとする。が、フラウデに寄りかかった瞬間、首筋に刺すような痛みを感じて止まる。
「大人しくしてなよ、箱さん?」
「誰が箱だ! 今、何した!?」
 どくどくと、首筋がいやに熱を帯びる。
 懐かしいような、それでいて恐ろしい心境に陥るセツを一瞥して、フラウデは低い声で愉快そうに笑う。
「舞台に華を添えるのは演出家として当たり前だろ? それに、感謝されることはあれど、怒られる理由は無いな。だって、僕は君を元に戻そうとしてあげているんだから」
「あんた、一体……」
「ああ、お喋りはここまでだ。ほら、王子様が来たよ?」
 嫌みな含み笑いをするフラウデが下がる。
 成人男性一人が退けた場所には、成人女性程の体格のレイールが立っていた。
 久方ぶりの対面。しかし、彼は何一つ言葉を発さない。あれだけ輝いていた彼の夕日色の目は、今や輝きの片鱗すらなく、ただ虚ろな眼孔と化している。
 ーーああ、この子もか。
 セツは逃れられない宿命を呪った。


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