47
 レイールの母はとても綺麗で、心優しい人だと聞いていた。
 いつも金色の髪をきれいに結っていたその人は、晴れた日は格子越しに見える狭い外界を眺めながら、外の世界の素晴らしさを語り、雨の日はまだ幼いレイールを膝に乗せ、古今東西の沢山の話しをしてくれた。
 また、永きに渡り監禁されようとも、その間に一切夫が来なくとも、薬があれば治る病で永眠する直前まで、不満や不平は一切口にせず、レイールの心配ばかりしていた。レイールは、母が何かの不満を言うところを聞いたことが無かったという。

 そんな慈愛で満ちたレイールの母の死を、ムニェカは侮辱した。
 只でさえレイールに対する暴言で我慢の限界に達していたセツには、猛り狂う怒りを抑えきれなかった。その為、それが最も野蛮な行為である暴力となって出てしまった。
 それはあまりに端的で、頭の悪い行為だとは重々承知している。けれど、後悔はしていない。
『女子どもに手を上げるのは最低だ。けれど、あまりに過ぎたことをしている女子どもに手すら上げない奴は、ただのカスだ』
 祖父であったソウカが口癖であったその言葉を、セツはもっともだと思っていたからだ。
「おら、入れ。……ったく、生きてんのか、こいつ」
 その為、その結果が折檻を受けてからの投獄という形でも、セツは一切後悔していない。
 冷たく、暗いかび臭い牢獄に、まるでゴミを投げ入れるかのように放り込まれたセツは身じろぎもしない。全身から血を流し、生々しい傷跡が彼女が受けた罰の凄惨さが彼女の受けた罰の凄惨さを物語っている。
 セツの肩が僅かに上下していることを確認した看守は、彼女に息があるのだと理解して足早に牢から出て行く。一刻も早く、この血と死の匂いしかしない陰鬱とした空間から抜け出したかったのだ。
 重い鉄の格子が閉められ、地下空間には再び沈黙と闇が戻ってきた。
 恐らくあの看守はセツを牢に入れる際に着いた血を洗い流すために、これからシャワーに向かうのだろう。血は着いていて気持ちの良いものではない。それが罪人の物ならば、尚更だ。

 どれ位時間が経っただろう。
 地面に横たわったままのセツは肩で息をしながら、血糊で開きにくくなった目を何とかこじ開ける。天井近くで頼りなさげに揺れる蝋燭の炎に目を細めながら、ゆっくりと体を起こそうとする。
 が、動かそうとした途端、鈍痛が全身を襲ってまた地面に倒れ込む。どうやら、思っているよりも体の傷は重いらしい。よくよく見れば、手枷をされている自分の両手には爪が一つも残っていない。ああ、そういえば全て剥がされたっけ。セツはどこか他人事のようにそう思った。
 ーータシャ。
『はい。現在、主の体は無数の負傷があります。致命傷は無いものの、通常の人間ならば満足に動けない程の負傷です。怪我の詳細をお教え致しましょうか?』
 口の中も切れているのか、喋ることすら億劫なセツは初めて脳内でタシャに語りかける。
 セツの生命維持装置のような存在であるタシャは脳を共有しているだけあって、言葉に出さずとも、むしろ言葉に出さない方がスムーズな意志疎通が可能であった。しかし、タシャを一個人として接したいセツとしてはそれは認め難い。今回のような事がない限り、声に出さぬ会話はしないだろう。
 ーー詳細は要らないや。爪を全部剥がされたのを思い出しただけでお腹いっぱいだから。で、治癒にはどれ位掛かる?
『傷を治すだけなら、直ぐに可能です。元通りとなれば時間は掛かりますが』
 結界樹の遺伝子を組み込まれたセツは、他のシキと比べても治癒能力が段違いに早い。
 結界樹が植物である事に加え、結界樹は傷を負ったときに自ら負傷した箇所を結界で囲み、治癒を早める特性を持っている。その二つが揃ったセツに、治癒能力で右に出る者は過去を見てもいない。
 現にこうしタシャと対話している今もセツの体の一部では木が樹液を出すように、負傷した箇所に結界が作られ、結晶の中では傷が癒えてきている。言わば、かさぶたのような物だ。
 ーーお願い。
 目立たぬ所で出来ていた結界は、セツの思いに呼応するように体の表面を覆い、その輝きを増す。
 全身に結界のかさぶたを纏い、それらが役目を終えて剥がれ落ち始めたときだった。外から複数の足音が聞こえてきたのは。

 カツ、カツ。
 堅い靴底の音が段々と近付いてくる。
 音の反響からするに、どうやらこの牢は細長い通路で繋がっているらしい。
 痛みが気にならなくなってきた為、今更ながら顔を上げて周囲を見渡す。牢の正面には格子。その奥、つまりセツの牢の向かいはただの壁。そして左右も壁と、外に繋がるであろう扉のみ。どうやら、この牢の入居者はセツだけらしい。もっとも、セツの牢の隅にある白骨死体を除けば、だが。
 やあ。元気? と先輩である白骨死体に声を掛けてみる。多少引きつった痛みはあるが、喋る程度では問題ないようだ。
 やがて足音が扉の前で止まる。
 嫌な予感がして壁際に寄ろうとするが、上体を上げた途端に全身に鈍痛が走った。思わずうずくまるセツの眼前で、扉の鍵が開けられ、嫌な気配と共に四人の人物が牢へと入ってきた。
 入ってきたのは、朝にムニェカと共に居た人物と同じ、白のローブと仮面で顔を隠した者が三名。そして白地に橙と朱の刺繍が施された、見るからに豪勢な作りの服を身に纏った、壮年の男。その男は、レイールと同じ夕陽色の目をしていた。
 刺し殺されるような視線を感じながらまじまじと男の顔を見る。
 長い銀髪を後ろに流し、まるで虫けらを見るような視線を送るこの男には、微かながらレイールの面影が。そしてムニェカの面影が大いにあった。つまるところ、この男がレイールの父なのだろう。
「罪人よ。お前は自分がどんな罪を犯したのか、理解しているか?」
「このく……」
「罪人が私に気安く話しかけるでない」
 そんな殺生な。突っ込みたかったが、相変わらず白ずくめ三人衆の殺気が凄まじいので黙っておく事にする。
「お前が犯した罪は国の象徴たる王家の者に手を出した事、並びに……」
 21条例等、理解できない単語が続く中、国王の話が面白くないものだということだけは瞬時に理解したセツは、顔の向きはそのままにして目だけを動かして、国王の周りを囲む白ずくめの集団を観察する。
 背が高いもの、腰が曲がっているもの、そしてセツと同じほどの背丈であろうもの。体格は皆バラバラだが、皆一様にしてセツに対して殺気にも近い警戒心を抱いている。中でも、セツと似た体格のものは強烈な警戒心。というよりはただの殺気を遠慮無しに漏らしてくる。
 その遠慮無しの殺気が気に食わず、セツは無言で相手を睨む。何故だか、この人物がたまらなく嫌に思えたからだ。
「ボルヴィン。本当にこやつが黒の獣なのか?」
「さあ。断言は出来ませぬ。しかし、彼の者の体をご覧ください。立てぬほどに痛めつけた筈ですが、今では傷の殆どが塞がっております。これは人では考えにくいことです」
 ボルヴィンと呼ばれた腰の曲がった人物は、格好に似合った枯れた声で、セツの体を手に持っているランタンで照らす。
 橙の光に当てられたセツの体は、殆どの傷が治っており、破けた服の隙間からは少し傷の残った肌が覗いている。それはとても数時間前に血塗れで横たわっていた者のそれとは思えないものであった。
「しかし、それだけで黒の獣と言うには無理があるのではないか?」
「でしたら、証拠をお見せしましょう。お前たち、あれを連れてきなさい」
 眩しさに目を細めるセツの前で、ローブを着た背の高い人物が扉から出て行った。
 黒の獣という単語に、セツの意識は国王へと戻される。黒の獣と言えば、レイールが語って聞かせてくれたおとぎ話であり、恐らく昔のセツの別称だ。
 今のところ、レイールが気付いていなければ、セツが黒の獣だと知っている者はいない。なのに、何故この者達はセツが黒の獣だという可能性を掴んでいるのか。
 首をもたげて、再度国王の顔を見る。
 マニャーナ国現国王、ラ・マニャーナ・コルムナ。彼の夕陽色の目は、その色に反して氷のように冷え切っており、その目からは何の感情も読みとれない。無論、近々血の繋がった息子を失う。といった感情も。
「あんた、一体……」
 言いかけた途端、閉ざされていた扉が勢い良く開かれる。
 コルムナに注意を払っていたばかりに、近付く足音に気が付かなかったことに焦りを感じつつ、意識を扉に向ける。
 直後、セツの目は驚愕に見開かれた。

 入ってきたのは先ほど出て行った長身のローブの人物であった。
 それだけならば、セツが動揺することはない。セツの目はローブの人物の後ろ、看守に突き飛ばされるようにして入ってきたドーヨーに向けられていた。
「ドーヨーさん!」
「……新人、ちゃん?」
 セツほどではないが暴行を受けた形跡があるドーヨーは、少し腫れた顔を此方に向ける。
 こうなっても尚やんわりと笑みを浮かべる彼を目にし、怒りと共に少しの安堵がこみ上げる。
 しかし、再会を喜ぶ間もなく、彼は後ろを歩いていた看守に蹴り倒された。両手を後ろで拘束されているドーヨーは、受け身をすることもままならず、そのまま顔から床へと倒れ込んだ。
「お前っ!!」
「何をするか、分かっておりますな?」
「へぇ、こいつをただなぶれば宜しいんでしょう? この女の前でね。それより……」
「ええ。お話しした通りにして頂けたら、約束の報酬はお渡し致しますゆえ……」
「お安い御用でさぁ」
 へっへっへ。と耳に触る下卑た笑い声を漏らし、看守の男はドーヨーに向き直る。
 男の声、でっぷりとした体型、顔。その全てにセツは見覚えがあるような気がした。そうだ、こいつは昨日ドーヨーさんに絡んで、その後水路に捨てられた看守だ。
 そう思うと同時に、看守は腹同様、肉がたっぷりとついた足でドーヨーの腹を蹴りつける。
「!? っ止めろ!」
 せき込み、悶えるドーヨーを前にしたセツは看守に止めるように言う。しかし、看守はチラとセツを一瞥しただけで、再びドーヨーに暴行を加える。
「昨日は世話になったみたいじゃねぇか。びっくりしたぜぇ、何せ目覚めたら水路の中だったんだからなぁ。おかげで風邪気味だ、お前みてぇなカスのせいでよぉっ!!」
 つらつらと恨みを吐きながら、看守は渾身の力でドーヨーの腹部を蹴り上げる。腹部を圧迫されたことにより、ドーヨーの口から吐瀉物が出た。けれど、看守は蹴ることを止めない。
 見ていられなかった。いつも気の抜けた笑みを浮かべ、仕事を投げてくるが、さり気なくフォローしてくれていたドーヨーが、ぼろぼろにされる姿を。
 今すぐに割って入りたい。この私怨にまみれた男を殴り飛ばしたい。
 しかし格子で遮られ、手枷、足枷で体の自由を奪われている自分には、看守を殴るどころか、素早くドーヨーに駆け寄ることすら出来ない。
 芋虫のように這いずりながら、何とかドーヨーに近付こうとする。
 誰か、誰か彼を助けてくれる者はいないのか。
 そう思い、顔を上げるも、周囲にはドーヨーが痛めつけられるのをただ傍観するものしかいない。そうだ、ここには味方は居ないのだ。ここに居るのは、敵ばかり。ドーヨーを救えるのは、自分しか、いない。
 どうすればいいのか。それはもう分かっている。
 けれど、同時にそれは自分が「ヒト」として生きる事を辞め、魔物、シキとして生きることを決定付けることとなる。
 もしかしたら、シキではなく人として生きられるのかもしれない。ノシドで暮らしていた、あの頃のように……という淡い夢は、所詮ただの夢だった。もう、人だったあの頃には二度と戻れないのだ。
 しかし、仮初めの現実に思いを馳せるよりも、ドーヨーの身の方が大切だ。例え、この後化け物扱いされようとも。
 這いずることを止め、セツは静かに、けれど通る声で、止めろ。と再度口にする。
 先程までとは違う声色に、看守は暴行する手を止めてセツを見る。気のせいか、牢屋に入っているセツの目が、淡く光っているように思えた。
「もうその人に手を出すな」
「嫌だって言ったら?」
「後悔することになるよ」
「そんな状態で何が出来るって言うんだよ! ハッタリはバレねぇようにするのが鉄則だぜぇ? お前は引き続き先輩がなぶり殺される様を指くわえて見てな!」
 見え透いた脅しだと笑い飛ばし、看守は棍棒を片手にドーヨーの胸ぐらを掴む。
 一方、虚ろな目をしたドーヨーは、引き起こされながらセツの事を見ていた。
 看守がドーヨーの顔を潰そうと腕を引いたとき、彼はセツの顔が泣き出しそうな笑顔を浮かべていたこと、そして「ごめんなさい」と、口が動いていたのを見た。

「馬鹿な……」
 まず、声を上げたのはコルムナであった。
 彼の視線の先には、今まさに殴り殺されようとしている庭師の姿があった。それは以前と何ら変わりはない。
 変わったのは看守であった。否、正確に言うと看守の腕であった。
 棍棒を持った彼の腕は、淡い虹色の光を放つ結晶で覆われていた。その結晶は彼の腕、体、足、床を通じて、床に付けたセツの手から延びている。
「何だこれ、何だって言うんだよっ!」
 漸く異変に気付いた看守はパニックになりながら、なんとか結晶を外そうとする。だが、彼の体に着いた結晶は、どれだけ暴れようと、無機質な美しい輝きを放っている。
 男がもがいた為、自由になったドーヨーは咳込みながら牢の中にいるセツを見た。
「だから言ったじゃないか。後悔するよって」
 冷ややかにそう告げたセツの目は、やはり白い輝きを放っている。そして、先程の泣きそうな表情は、見間違いかと思うほど、綺麗に消え去っていた。
「新人ちゃん、それ……」
「は、放せ、この化け物め!」
 化け物。心が抉られるような感覚に陥る。
 けれど、もう戻ることは出来ない。人でないと知られてしまったのだから。ならば、シキに身を染めるだけだ。
 指先に力を込めると、看守を覆う結晶はパキパキと音を立てて浸食を進めていく。最早体の半分以上を覆われた看守は悲痛な叫びを上げることしか出来ない。
「素晴らしいですぞ! 陛下よ、見ましたか? これぞこの者が人でない証です!」
「こやつが人で無いのは分かった。だがしかし、黒の獣だという確証は無いのではないか?」
「ふむ、確かに。しかし、この者のこの異能と、伝承にある獣の能力は非常に似ております。それに、本物かどうかが重要ではございませぬ。重要なのは、儀式が成功すること。そうでございましょう?」
「そうであるな」
 看守が悲鳴を上げる一方で、ボルヴィンとコルムナは、セツの能力を目の当たりにして満足げに微笑む。
「仮にこの者が黒の獣で無いにしろ、民衆は人知を越えた能力を持つ者の死を知り、安堵するでしょう。それに加えて王子の儀式です。王子の犠牲により、獣を討つことが出来た。何と素晴らしい筋書きか!」
「それもまた一興であるな。では、上がるとするか。ここは、獣臭くてたまらん」
「一興? ふざけるな。ドーヨーさんを傷つけて、レイールを犠牲にしようとして……それのどこが一興なんだよ!?」
「黙れ、人ならざる者が。何事も事を成すためには、犠牲が付き物なのだ」
「自分の息子を殺してまで成すことが大事だって言うのか!?」
「愚問だな。それに私は、あの者を息子だとは思っておらぬ。ただの、生け贄だ」
 頭の中で何かが焼き切れた。
 気が付けば、セツは看守の拘束を放棄し、格子越しにコルムナに掴み掛かろうとしていた。体中が痛みに悲鳴を上げる。けれど、そんなことは気にならない。今はただ、この人の皮を被った悪魔のような男が許せなかった。
「ハクマ、頼みましたよ」
 ボルヴィンが小さく呟くと同時に、セツに殺意を向けていたローブの人物がコルムナの前に出る。
 次の瞬間、格子から出したセツの手は文字通り切り刻まれていた。
「ーーっああああ!!」
 暗い牢獄内にセツの悲鳴が響き渡る。
 だくだくと深紅の血が流れ落ちると同時に、膝が折れ、地から解放された体はまたもや地に伏した。
 そんなセツを後目に、ハクマと呼ばれた人物は、一瞬の内に抜刀した剣を再度かざし、一刀両断の元に看守を斬り捨てた。またもや血飛沫が周囲に舞う。長身の人物はローブの裾を持ち上げ、宙に舞う血飛沫からコルムナを守る。
 ハクマの太刀筋は見事の一言で、斬られた本人ですら自分が斬られたと、頭が胴体と離れたことに気付いていない程であった。
 え、とも、ヒュとも取れない音が看守の口から漏れた直後、水が噴き出すような音と共に、看守の体がぐらりと揺れて倒れた。運悪く、看守の正面にいたセツは首の断面図からあふれ出す血液を頭から被る形となる。
 全身が生温かい血で覆われたセツの脳裏に、今まで忘れていた。否、消し去ろうとしていた暗い過去の記憶が蘇る。
 その記憶は深海に潜む生物が、白濁色の長い触手を伸ばして生物を捕食するかのように、セツの心に覆い被さる。しかし、今の彼女にはそんな物に構っている場合ではなかった。
「彼は、殺す覚悟はあれど、自分が殺される覚悟が足りなかった。やれば、やられる。そんな事すら考えられないとは、悲しい方です。……あなたは、どうですかな?」
 ボルヴェンの言葉に同調するかのように、看守をしとめたハクマは、次に斬るべき相手、ドーヨーに向き直る。
 ハクマの血に塗れた仮面を見つめたまま、ドーヨーは何も言おうとしない。
「止めろ、止めてくれ! その人は、その人には手を出さないで!」
 セツの必死の命乞いも虚しく、ハクマは鞘に戻していた剣に再び手を掛ける。
 その時、それまで沈黙を守っていたドーヨーが口を開いた。
「あんた達に言う義理はない」
 口から出たのは、はっきりとした拒絶の言葉。
 ハクマが剣を握る手に力を込める。ああ、駄目だ。思わず目を瞑るセツだが、直後に聞こえてきたのは意外にもボルヴィンの賞賛の言葉であった。
「素晴らしい。ここで下手に媚びた戯れ言を並べようものなら、すぐさま彼と同じようになって頂くところでした。いやいや、貴方は見所がある御方だ。きっとあの方も気に入る事でしょう。さあ、ハクマ、この御方をあの場所にお連れしなさい」
 興奮したボルヴィンにせき立てられるようにして、ドーヨーはこの血生臭い部屋から出ていく。その際、彼は一度たりともセツの方を見ようとしなかった。
「では黒き獣よ、儀式の日にまた会おう」
 コルムナの言葉を最後に、重い扉は再び閉ざされる。
 残されたのは、看守の遺体と、白骨死体、そして人として生きることを許されなくなったセツのみ。
 人っ子一人居ない、寒々とした空間で、セツは一人膝を抱えた。


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