43
 何処をどう走ったのかも分からない程、ただ無心で走り続けたセツであるが、気がつけば夜の灯台の元へたどり着いていた。
 成る程これが帰巣本能という奴かと密かに納得しつつも、直後に先の光景を思い出して頭を抱える。
 頭を抱える原因。それは言わずもがな、レイールが男と言うことだ。
 別に男だから意識するだとか、そう言ったことは無いのだが、問題はレイールのスキンシップにあった。
 男女間においては彼女が育ったノシドにおいて、抱きついたりといった行為をするのは対象者に絶対的な愛を示す時くらいだ。それ故、そう言った行為をする対象は、必ずと言って良いほど伴侶である。
「大変なことをしでかしたんじゃないか、これは」
 酔って抱きついてしまったが故に40も上の女性と結婚した青年、タニシの前例を思い浮かべ、セツは絶望に染まったため息を吐く。
「遅かったな」
 不意に家の方から声がした。
 声から誰か見当がついているため、だらだらと顔を上げると案の定そこにはココーがいた。もっとも、ココーが勝手に家で横たわっているのは予想外だったが。
「色々あったんだよ……。仲直りは出来たんだけど、新しい問題が浮上してね。横になりたいから、そこどいて」
「ああ、無事王子に会えたのか」
「会えた会えた。……って王子!?」
「知らなかったのか? レイールは国の第一王子だ」
「知らなかった……」
「おかしいな。お前があいつのことを姫と呼んだとき、似たようなものと言ったぞ」
「分かるか、そんなもん!」
 思っていたより、レイールの立場は上であった。
 その事実がやってしまった感に拍車を掛ける。どうしようもない現実を前に、セツは逃避をするべく、全く退く気配のないココーを引っ張り出すことにした。
 痛いと不満の声を上げつつも、未だ動こうとしないココーを何とか引っ張り出す。意外に筋肉が付いているのか、ココーは見た目よりもずっと重かった。
「セツ、分かっているとは思うが……」
「レイールと仲良くするなってやつ? 無理だから諦めて。レイールは守らなきゃならないんだよ。絶対に」
「……何があった」
「別に……はっきり思い出せた訳じゃないんだけど、約束した気がするんだよ」
 ーークロ!
 脳裏に蘇る、まだあどけない少女の呼び声。
 あれは何時のことだったか。そもそもどんな縁で守るとなったのか。それは未だ霞に包まれている。
 けれど、それはとても大事なモノ。セツがこうして生きているのも、彼女のおかげ……のような気がする。何分思い出せないのだ。
 ああ、歯がゆいったらありゃしない。ふてくされたように毒を吐き、セツはやや構えながら前のココーを見上げる。
 あれ程までに人との関わりを拒絶していた彼なのだから、反対されるのは承知している。
 けれど、セツは物分かりのいい方ではない。むしろ頑固だ。止めろと言われて「はいはい、そうですね」と了承するようなタマではない。納得がいかなければ徹底抗戦するような性格だ。
「……わかった。王子を護るとなれば、力が必要になる。何せ相手は国なのだからな。これから空いている晩は鍛錬の相手をしてやる」
 しかし、返ってきたのは意外にも了承の言葉であった。
 イマイチ自体が読み込めず、惚けた顔のセツにココーは、
「どうせ禁じたところで聞かんだろう。なら、少しでもリスクを減らせるようにした方が合理的だ。分かったら寝ていないで起きろ。早速始めるぞ」
 セツが思っていたより、ココーは石頭ではなかった。
 困惑しながらも、自分の手助けをしてくれるココーに感謝の念がこみ上げる。
 そして唐突に思う。これが、アルティフとココーの決定的な違いだと。
 彼はアルティフと違い、自分達の意見を何かしら反映させてくれる。だから皆は彼を信じ、力になることを望んだ。そして、力になった分、彼は魔物としてアルティフの駒となり、死ぬ運命だった自分達の未来を変えた。
 ヘネラル伝説の賢者が人間にとって英雄ならば、セツ達魔物にとっての英雄はココーなのだ。
「あ、今行く!」
 ココーに急かされ、あわてて寝床から飛び出す。
 今までややぞんざいに扱っていたが、実は雲の上のような存在であるココーに対し、尊敬の念が芽生え始める。
 お互いに向き合い、短刀を構える。言葉が無くても分かる。これから始める鍛錬は一切手を抜かない真剣勝負だ。
 ーーっ!
 本気で向き合って初めて分かる、ココーの実力。
 向き合っているだけなのに、その体から発される気に全身の血の気が引く。脈拍が早くなる。
 指先を少しでも動かせば、たちまち切り刻まれてしまうような殺気に体が震えた。けれどそれは恐れだけでなく、これから始まる戦いに対する高揚も混じっていた。
 
 ーーザァ……。
 風が吹くと同時に、セツは短刀を振りかざしてココーに迫る。そして未だ動かないココーの頭部めがけて、躊躇無く刃を下ろした。
「動きが大きい」
 しかし、ココーは至極落ち着いた様子で小さく呟き、飛び上がったがためにがら空きになったセツの腹部に、短刀の柄を使った強烈な打撃をたたき込む。
 隙を突かれた強烈な一撃に、一瞬意識が遠のいた。
 しかし、寸での所で意識を留め、体勢を立て直して再度向かおうとする。が、受け身を取った瞬間、セツの体はココーの足に押さえられていた。
 無防備な状態のセツの首筋に、ココーがナイフを当てる。チェックメイト。セツとココーの本気の組み手はものの数秒で幕を下ろした。
 勝てると確信していたわけではない。しかし、少しでもそう思っていなかったのかと問われると嘘になる。だが、現実は圧倒的なココーの勝利。その実力差は海よりも深いものであった。
「お前のような体格の小さいものが飛び上がれば、通常の者よりも隙が大きくなる。頭を狙いたいのは分からなくもないが、まずは己の体を生かした戦い方を身につけろ。それと……」
 あまりの実力の差に唇を噛みしめるセツを起こし、ココーは大雑把な解説をする。
 そしてわざとらしく言葉を区切ると、未だショックが抜けないセツの顔を覗き込む。
 近づいたココーの顔に我に返ったセツは慌てふためきながらも彼の言葉の続きを待つ。この溜め方からするに、きっと次の言葉は重要なものだろうと判断したからだ。
「臭いから体洗ってきてくれ」
「……っのあほ!」
 真顔で告げられた、心遣いもクソもない頼みごとに、セツの右ストレートが炸裂する。
 こうして、ココーとセツの鍛錬が始まったのだった。

 ・

 数日後、ダイナリのしごきと、連日続くココーのスパルタ鍛錬で心身共に疲れ果てたセツはレイールに会いに行くことも出来ないまま、灯台の下で腐っていた。
 会って逃げた事を詫びなければならないとは思っているのだが、あれからというもの、仕事が終わればいつもココーがねぐらで待っているのだ。その為、毎回そのまま鍛錬へなだれ込んでしまい、レイールに会うことは必然的に無理となっていた。
 それに加えてここ最近、気のせいかダイナリのしごきも過激になってきた。
 一昨日は蜂の巣駆除を一人で。それも防護服無しで任されたため、体中のありとあらゆる所が腫れて、見るも無惨な様相になってしまっていた。
 以上二つの要素が加わった為、セツは未だかつて無いほどに疲弊してしまっていた。
「体は洗えたけど、もう動かない……。いや、でもあいつが来ない内に行かないと、レイールに会えないからな」
 今にも眠ってしまいそうな意識を何とかつなぎ止め、セツはほふく全身でずりずりと階段へと向かう。
 その様は芋虫と瓜二つであった。
「……見苦しい」
 突如聞こえた声に、鬱陶しそうに顔を上げる。
 と、そこには思いがけぬ。……悪い意味で思いがけぬ顔があり、セツの表情は見る見る内に険しくなっていく。
 見上げた先には、レイールの身辺を警護しているエウロペの姿があった。
 銀色の髪を風に靡かせながら、エウロペは美しい青い目にありったけの嫌悪感を詰め込んでセツを見下げていた。
「あんたは、えーっと……ゲロッペ?」
「エウロペだ! 貴様には人の名を覚える脳もないのか」
「あーそうそう何かペロペロしたような名前。あんたは私の名前言えるのかよ」
「ふん、何故俺が貴様のような下賤な者の名を覚えねばならんのだ」
「うわー、人の名前を覚える脳もないんだね。可哀想」
「貴様……」
「何だよ」
 お互いが「お前とは違う」という意見を掲げるが、そもそも喧嘩というものは同じレベルの者同士でないと成り立たない。
 それを分かっているのか、いないのか。二人はその後も静かに下らない言い合いを暫し続ける。
「貴様の相手をしている暇はないのだ。俺がわざわざこのような浮浪者の巣に来たのは、レイール様に言伝を頼まれたからだ。明日の夜、話がしたいから西の倉に来てほしいとのことだ」
 ものの数秒で終わる仕事を無意味に引き延ばすなよ。という思いを何とか飲み込み、申し出を了承する。
 とにかく今はこの銀髪と離れたかった。
 セツの返事を聞くや否や、エウロペはさっさと踵を返して立ち去ろうとする。
 どうやら、エウロペも思うことは同じなようだ。
「俺は、貴様を認めん。しかし、レイール様は何故か貴様を気に入っている。こんな貧相で頭の悪い、口やかましい猿のような女だというのに……」
「おうおうおう、言ってくれるねぇ。だけどね、気に食わないのはこっちも同じだよ。私だって、遊び半分で、例え魔物であろうと命を弄ぶような輩が、レイールの側にいるなんて……ぞっとしないね」
 船の上で見た光景。その事に触れた途端、鉄仮面のように切変化がなかったエウロペの顔が、驚きに歪んだ。
 少し噛みつくつもりで言った言葉が、想像以上の威力を秘めていたことにセツもエウロペに負けず劣らず驚く。まさかここまでエウロペが驚くとは微塵も思っていなかったのだ。
「何故それを……?」
「何故って、私もあの船に乗っていたから……」
「何処だ、何処から見ていた!?」
 目を見開いたまま呆けたようにしていた様から一転し、エウロペは鬼気迫る形相でセツに詰め寄り、彼女の両肩を強く掴む。
 掴まれた肩が酷く痛む。それに加えて眼前にはエウロペの蒼白の顔。船の一件がエウロペの大きな秘密に繋がっているのは安易に想像できる。
 想像は出来るのだが、如何せんこの密着した状態で、おまけに一度冷静さを崩されれば、まともに考えを巡らせることすら出来ない。
「あ、えっと、最初に見かけたのは甲板であんた達が酒盛りしていた所。こっちは船酔いが酷かったからはっきりは見てなかったけど、あのさらさらの銀髪は確かにあんただった」
 交渉を持ちかければいいのに、すっかり混乱しているセツは洗いざらい吐いてしまう。
 そこまで聞いたエウロペはそれまで強く掴んでいた手を離し、口に手を当てて何やらぶつぶつと呟き始める。
 その様子は明らかに異常で、セツは無意識にエウロペと距離を取った。
しかし、エウロペが何を言っているのかが気になり、またそろそろと距離を詰める。
「あのことは決して口外されてはならない。……決してっ……」
 首の後ろがそわ立つ。
 嫌な予感がして何の気無しに後ずさる。その直後であった。エウロペが剣を抜いたのは。
「あれは口外されてはならん……! ましてや、レイール様に知られでもしたら……ならば、俺に出来ることは、情報の出所を絶つこと……!」
 言うや否やエウロペは迷いなく剣を下ろす。
 流石は要人の警備を任されるだけあって、エウロペの剣筋は無駄のない見事なものであった。
「……終わりだ」
 エウロペの初撃をバックステップで避けたセツに、待ってましたとばかりに基本に忠実な追撃が来る。
 避けるにしても両隣は階段の手摺り。そして階段をバックステップで下りたため、体勢は大きく崩れ、とてもじゃないがエウロペの剣は避けられない。
 明らかに、エウロペの勝利が見えた。
「っのやろ!」
 怒りの声と共に、セツは何を思ったのか自身の腕を盾にしてエウロペへと突っ込んできた。
 ーー馬鹿な、腕を捨てるだと!?
 ギィンと金属同士がぶつかる耳障りな音と共に、手が異常に痺れた。
 そして続いて剣に押し負けぬように、腕を振り払うセツの姿が見える。その腕に、何やら銀色の物が見えて、エウロペはこの状況を理解した。
 セツは腕にナイフを隠しており、それで自分の攻撃を防いだのだと。
 成る程、奇策にしてはまずまずだ。だが、それだけでは自分は倒せまい。
 直ぐに体勢を立て直したエウロペは、未だ痺れる手に渇を入れ、そして今度は剣を縦ではなく、横に振るう。
「ああ、もう、落ち着けよ!」
 しゃがんで攻撃を避けたセツは、懐から何かを取り出してエウロペへと投げつける。
 反射的にそれを切りつけるエウロペだが、剣の先がそれに触れる。その次の瞬間、軽い破裂音と共に冷たい物が顔に降りかかってきた。
「何だ、これは……!?」
「水風船。ちょっとは頭冷えたんじゃないの? あーあ、仕込み刀も水風船も対ココー用だったんだけどなあ……」
 手摺りに跳び乗ったセツは、忌々しそうに髪を掻き上げるエウロペをどこか口惜しそうに見つめる。
 どうやら、袖に隠しておいた短刀も、水風船もココーの稽古用に考えた物のようだ。
「あのさ、ぶった切られそうだから先に言っておくね。私、船の上であんたがしていた事を誰かに言おうなんて、これっぽちも思っちゃいないよ」
「ふん、どうだか。口では何とでも言える」
「この自意識過剰に、被害妄想の塊め」
「何だと!?」
「あんたが思っているより私はあんたに興味ないんだよ! なんでわざわざ興味ない奴のことに首突っ込まなきゃならんのだ、このばーか」
 清々しいまでの本音をぶちかますセツに、開いた口が塞がらない。
 だが、勝手に疑われて殺されかけたセツからすれば、彼は述べたとおりの輩なのだ。迷惑以外の何物でもない。
「分かったら帰れ。今日のことも言わないしさ。あまり遅いと、レイール心配するよ。優しいんだから」
「貴様に言われずとも分かっている!」
 荒々しく踵を返すと、エウロペは足早にその場を去る。
 ーー何だ、あの女は。あの無礼な振る舞い、少しも女らしくない言葉遣い。猿のような身のこなし。今まで会ったこともない!
 全く以て遺憾である。と心中で呟いていると、階段の下から自分を呼ぶ声がした。声の主は分かっている。あの猿だ。
「何だ」
「レイールに伝えといて欲しい。会いに行けなくてごめん。また遊ぼうって」

 レイールが男だと気付いてからセツは会いに来なくなった。
 もしかすると、自分が男だから、騙していたようなものだから自分が嫌になったのではないか。
 そういって、レイールはここ数日目に見えて落ち込んでいた。
 エウロペからすると、あの無礼な不法侵入者と会わずに済み、清々しているのだがセツが唯一の「友達」であるレイールにとっては心配で居ても立ってもいられなかった。
 もっともエウロペに言わせると、レイールは自分の性別を偽っていない。セツが勝手に騙されていただけだ。
 ともあれ、レイールの心配はただの杞憂だったようだ。
 これでレイールを安心させる事が出来る。ほっと一息吐きながら、エウロペは主の元へ向かうべく、長い長い階段を登り始めた。

 エウロペが去ってから、セツはほっと一息吐き、そのまま後方へ倒れ込む。
 頭をコンクリートで強く打ったが、今は痛みよりも眠気と疲労感の方が上回っている。
 あの銀髪め、余計な体力使わせやがって。と毒づきながらも、手応えを感じたセツは目を閉じながら、嬉しそうに微笑んだ。
「……始めるぞ」
 だが、満足感に浸る間もなく、どこからともなくココーが現れて鍛錬の催促をする。まるで蚊のようにふらっと現れる彼に、驚くことはあまりない。慣れてしまった。
 怠そうに立ち上がるセツだが、高揚感で疲労感は一時的に感じない。
 今日は何だか一本。いや、ココーに勝てるような気がしたのだ。
「今日の私は一味違うよ!」
「結果で語るんだな」
「余裕だね。へん、後で泣き見たって知らないよ」

 数十秒後、灯台の下には文字通り瞬殺されたセツの姿があった。

 ・

 その夜、セツ達一同は最初に集まった洞窟内に来ていた。
 ココー、クサカ、ケミ、自慢のアフロを五分刈にされたクロハエ。そして屍のように倒れているセツ。マニャーナ国にいるシキ一同が揃ったのだ。
「……儀式は本来の予定通りに行われるそうです。あと、十日ですね」
「クロハエ、警備の方はどうなの?」
「はぁ……あ、ああ。書面で見ただけだけど、ガッチガチに固められているねー。城門もぜーんぶ閉鎖するらしいよ」
「あんた、まだアフロのこと引きずってんの?」
「簡単に言ってくれるねー! あれは俺の魂なのっ! 魂奪われてんだよ、俺! ソウル、俺のソウル! 簡単に立ち直れる訳ないじゃん!」
 言うや否や、クロハエは両手で顔を覆ってさめざめと涙を流し始める。
 どうやら、彼にとってのアフロは常人が思っているよりも大切なものらしい。
「再起不能二名か」
 泣くクロハエに、突っ伏したまま微動だにしないセツを見て、ココーが何の気無しに呟く。
 彼の中で自分がセツを再起不能にしたという概念は無いようだ。
「ともかく、状況を再確認しましょう。儀式が行われるのは、東のこの塔です」
 中央の平らな岩の上に羊皮紙を広げ、クサカは右端の建物を指さす。羊皮紙には細密なマニャーナ国の見取り図が書いてあった。
「そして贄が管理されているのはこの塔。祭壇の上」
「何だ、じゃあセツの武器も贄も、直ぐ側にあるんじゃない。問題は、警備、か」
「ああ、塔の側には兵士が配置されているからな。儀式が近付くにつれて更に警備は厳しくなるだろ。面倒くせえ」
「今の手薄な状況でかっぱらうこと出来たら、一番楽なんだけどねぇ」
「それは出来ん。儀式の日は向こうが尻尾を出す、又と無い機会だ」
 指摘したココーの乏しい表情は、乏しいなりにいつもより真剣であった。
 冗談なのにと少しむくれて頬を膨らますケミを尻目に、クサカは気になっている事柄を尋ねる。
「そう言えば、い……ココーさん、魔物とこの国の関係分かりました?」
「ああ。この国は捕虜や罪人等をササの方に送っているらしい。実際、この国がその施設を使用し始めてから、魔物の発生率が跳ね上がっている
。どうもきな臭い」
 ササという地名にクサカが僅かな反応を見せる。
「昔の研究所はあらかた壊した筈ですが……」
「後から作ったか、隠していたんだろう。何にせよ、今はそれよりも儀式だ。贄を殺されては、元も子もない」
「ああ、そう言えば」
 むくれて酒を浴びるように飲んでいたケミが思い出したかのように声を上げる。ちなみに彼女は天下のザルで酒を水のように飲んでも一向に酔わない体質である。
「この間書庫っぽい所に忍び込んだら、こんなのが落ちていたの」
 ケミの手に持たれていたのは古びた一冊の本であった。
 本にしてはやけに豪勢な金の飾りが付いたそれをパラパラとめくり、ケミはお目当てのページを広げる。
 三人がのぞき込んだそのページには、綺麗な字で日付とその日の内容。つまり日記が綴られていた。
 他人の日記を覗き見るなど、悪趣味極まりないが三人はそれを歯牙にもかけていないようで、物語を読むように日記に目を通す。ちなみに、日記には小さな鍵が掛けられていたのだが、それは前もってケミが破壊している。
「あ、ここだ。えっと、読み上げるね」

 この国が抱える闇。それに私は今日対面した。
 それは夕日色の目、もしくは朝日のような金色の髪を持つ王族の子を神に捧げるというもの。
 国王である夫も、自分の姉をその儀式で亡くしている。
 それに何の意味があるのか、はっきりと理解している者は居なかった。
 ただただ過去の惰性で続けているのだ。この、おぞましき悪習を。
 だが、恐ろしいことにこの国の者はその異常性に気付いていない。夫も、私に言われるまで仕方のないことだと思い込んでいた。
 恐ろしい国だ。考えることを禁じられ、ただ今までの習慣に従っているだけ……。まるで家畜ではないか。
 幸い、夫はこの異常性に気付いてくれた。
 きっと、この子の儀式はしないで済むだろう。
 後は儀式の子の短命。それを解き明かすだけ。
 過去に数名儀式を拒んだ者も居るようだけど、家系図を見れば、皆儀式を受けなかったとしても、二十の誕生日に亡くなっている。
 あまりにこれは不自然だ。
 儀式を断ったがために暗殺されたのだと考えれば合点が行くのだけど、皆人の前で苦しみもがいて亡くなったと記してある。
 まだ、この国には見えぬ悪意がある。これを解明しないことには、私達に平穏は来ない。
 この子は守り抜かねば。この子は私にとって、いいや。この世界の希望。例え私の命に代えても守ってみせる。


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