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 それもその筈。圧倒的な力の差を無くしたとしても、近接型のセツと、中、長距離のクサカでは相性が悪すぎるのだ。近づきさえすればセツに分があるのだが、いかんせんクサカは休みなしに攻撃をしてくる。その為、近づく隙すらないのだ。
 ――仕方ない。在庫切れを狙うか。
 近づけなければ、相手の球切れを狙え。
 思いつくや否や、セツは近くにあった岩の裏側に回り込む。
ここならば岩が壁となってクサカの攻撃が届くことも無い。例えクサカが此方に回りこんだとしても、幾らかは時間稼ぎが出来るだろう。
――くそ、何なんだあれ!
腕に刺さった針を抜き、簡単な止血を施しながら、セツは理解できぬ状況に毒づいた。
それはクサカがいきなり豹変したこともそうだが、一番に向けられているのは、針の不可解な動きと威力である。
通常、人が真っ直ぐな何かを投げると、それはほとんど真っ直ぐ飛ぶ。しかし、クサカは違う。
彼が放つ針は真っ直ぐは勿論のこと、やや曲がるは当たり前。驚くべきは急激なカーブや落下、上昇等、変化自在の動きをするのであるそれに加え、木の幹を簡単に抉る威力。
そのどれもが、通常ではありえなかった。
――あんなの、原理的に不可能な筈なのに。なんでクサカはあんな魔術みたいな……そういえば、あの赤い石も……。
雨の森で電撃が走るような感覚に度々見舞われていたことを思い出したセツは、懐から布に包まれた赤い石の欠片を取り出す。良く分からないが、命を救われたことにありがたみを感じたセツは、レンテに断って結晶の一部を切り取らせて貰ったのだった。
陽に透かせて見た石は、体に流れる血のように濃い色をしている。
――電気電気電気……。
両手に持って強く祈るが、特に何も起こらない。
当たり前かと苦笑まじりに石を懐に戻し、セツは再びクサカのあの珍妙な技について考える。
「あんな超常現象、何で起こるのかな。あんなの特別な能力を持っていなきゃ出来っこないよ。それこそ、御伽草子に載っているようなファンタジックで、オカルティックな……。ん? 能力? 御伽草子?」
 自分が言ったことに何やら引っ掛かったセツは、その個所を繰り返し口にする。
『あたしはずっと昔に眠りに着いた、通称漆黒の守り神で……』『自分の結晶を持っていないと力を完全に……』
「能力、力。伝説、御伽草子……え、もしかして……」
 ある仮説にたどり着いた途端、突如背後で爆発音が響き、同時に無数の破片と砂埃がセツを襲う。
「……うわっ、何だっていうんだよ……」
 粉塵に目を細めつつ、文句を言いながらその場から数歩飛び退いたセツは先ほどまで自分がいた場所を見た途端、思わぬ光景に絶句した。
 先ほどまでセツが身を隠していた岩は、中央が大きくくり抜かれた状況となっていた。先ほどの無数の破片と、今ももうもうと舞う粉塵は、無残な姿となった岩。その中央のえぐり取られた中央の部分の残骸だったのだ。
 呆気にとられるセツであったが、粉塵の向こうから足音がした途端、すぐさま我に返って臨戦態勢に入る。真剣な面持ちで粉塵を見つめるその表情には、いつもの余裕は一切感じられない。
 今この場にいるのはセツとクサカの二人だけ。となると、先程の攻撃は思いがけぬ心算者がいない限り、クサカしかありえない。しかし、クサカの武器はあの針のような、鋭利な棒の筈だ。あの武器では岩を吹き飛ばす事など物理的に不可能な筈。では、クサカはどのようにしてこの超常的な現象を引き起こしたのだろうか。
 セツより遥かに実践を積み、未知の力を持つクサカと、実践不足で、まだまだ駆け出しの戦闘力しか持っていないセツ。
誰の目にも見ても不利な状況に、セツの頬に冷や汗が伝う。
と、まさにその時。
足音が止まると同時に、風を裂く、爆音に近い音を伴い、クサカが放ったであろう針が粉塵を裂いて襲いかかって来た。
幸い、寸前でかわせたため大事には至らなかったが、針は彼女の背後にある壁に当たると、爆音を立て、あろうことか壁の表面を遠慮なくえぐり取る。
「ちょろちょろと……いい加減うぜぇんだよ!」
 状況を整理する間も与えず、粉塵から姿を現したクサカはセツが直撃を免れたと分かるや否や、怒りを露わにして再度武器を手に取る。
 しかしその手が武器を放つことは無かった。
「……っ! てめぇ!」
 クサカが武器に手を掛けた途端、その手は凍りついたように動かなくなった。否、動けなくなったと言った方が正しいだろう。
 クサカの手は僅かに真珠色の輝きを放つ結晶のようなもので覆われ、動かないようにがっちりと固められていた。そしてクサカの視線の先には彼の手と、そしてホルダーに向けて手を伸ばすセツの姿がある。
 睨みつけられ、そして未だ手を翳したままのセツはクサカの手に向けていた視線を上げ、そして無表情でゆっくりと彼へと歩み寄る。
「またその目か。いつもいつも、すかしたような、分かり切ったような目で見やがって……。お前のその目が、顔が、気に食わねぇんだよ!!」
 吠えるように怒鳴りながら、クサカは丁度舞ってきた破片を掴み、自由な右手でセツへとその破片を投げる。
 クサカの手から放たれたほんの小さな、小石程の大きさのありふれた破片は彼の手を離れると同時に金色の光をその身に纏う。そして光を纏った瞬間、その身では到底つけることの出来ない勢いと爆風を伴い、セツの脳天目掛けて真っ直ぐに飛んでいく。
 だが、その攻撃もまた、セツに届く前に薄い真珠色の膜に塞がれ、失敗に終わる。
「標的、捕捉」
 忌々しげに舌打ちをし、次なる攻撃をしようとするクサカだが、今度ばかりはセツの方が早かった。
 表情と同じく、感情が一切感じられない抑揚のない声で呟くと共に、セツは目にも留まらぬ速さでクサカの懐に潜り込み、左手を強く叩いて手の中の物を落とさせる。そして」そのまま左手を掴んだまま背後に回り、膝に蹴りを入れてしゃがみ込ませながら、首の後ろでギリギリと腕を締め上げる。
「この……糞がっ!」
「殺意、観測。このまま収まらなければ、始末します」
「は、始末か。ツミナの事もそうやって殺したのか?」
 憎々しげにクサカが口にしたその言葉に、セツの動きが、否。体は止まるが、例の声に抑えられているセツ意識が大きく揺らいだ。
 ツミナ
 クサカの親友で藍色の髪と吊り目が特徴的な、かつての仲間。いや、仲間だったという方が正しいだろうか。何故過去形なのか。それは、彼が既に故人だからだ。そして彼を手に掛けたのは、まぎれも無くセツ自身である。

『ねぇ、やっぱりやんの? オレ、痛いの嫌いなんだけど』
 溢れだした記憶のプール。そこに映っていたのは、白い輝きを放つ大理石の部屋のソファーに腰掛け、いつものようにおどけたように話しかけてくるツミナの姿。
 その光景にセツは見覚えがあった。シッシと対峙したあの夜。セツは血に染まった大理石の部屋にいた。その腕に、物言わぬ屍と化したツミナを抱えて。
 静寂が辺りを包み、腕に抱かれたツミナは長く、冷たい死出の旅路につく。罪悪感は無かった。すまないとも思わなかった。ただ、彼が羨ましく思えた。
やがて部屋の扉が大きく開け放たれ、二人の人物が入ってきた。彼らは部屋の状況を見て息を呑み、そして直ぐにセツの姿を見つけて声にならぬ叫びを上げた。羨ましい。また、その思いが胸に広がった。
 ゆっくり、ゆっくり。出来るだけ時間を稼ぎながら振り返る。その際に腕に抱えられていたツミナの体は徐々に滑り落ちて行き、そして水音を立てて血の海へ沈む。ビシャリ。重たい音と共にツミナの体は横たわり、そしてまた悲鳴が上がる。
 返り血の滴る顔で入口を見れば、そこには顔を真っ青にしたクサカと、そしてツミナの恋人である女性。ウリハリの姿があった。
『どうして……!』
 ウリハリは紫水晶と同じ色の目に涙を浮かべてセツに尋ねる。褐色の肌と紫の目にかかる淡い栗色の髪が、とても綺麗だと思った。
『どうしてツミナを……! あなたは、あなたは私達の仲間じゃないですか! 答えてください!!』
 叫ぶウリハリを尻目に、セツは踵を返して反対の入口に向かう。もはや、彼等と語らう必要性は無かった。話すことにより時間が無くなるし、何を言っても状況は変わらない。何より、離す事など何もないからだ。
これからの事の方を考えながら入口に手を掛ける。と、同時に空を裂く音がして、真横に金属製の針が刺さった。
『逃げんなよ……』
 面倒臭い。そう思いつつ振り返ると、視線の先には息絶えたツミナに寄り添うウリハリと、こちらに手を向けているクサカの姿があった。
 メガネを付けていないクサカの、真っ直ぐな視線が嫌と言うほど突き刺さる。目は口ほどに物を言う。まさに、その通りだと思った。
『お前は裏切ったんだな。あいつの、アルティフの側なんだな!!』
 怒鳴ると同時にクサカの体を金色の光が纏い、彼の周囲に数十本もの針が浮かんだ。
 無数の針が自分目掛けて襲いかかるのを見ながら、セツはクサカの金色の目に浮かぶ滴を見たような気がした――。

『制御、不可能』
 頭に例の声が響くと共に、体の自由が効くようになった。
 知らぬうちにクサカの腕を締め上げている事に気が付いたセツはその事実に動揺し、僅かに力を緩めた。すかさずクサカはセツの手を払いのける。
 仕返しとばかりにセツへ攻撃を仕掛けようとするクサカだが、彼女が自分の手を見つめながら呆然と立っていることに気付き、その手を止める。
「私が、ツミナを殺したの……?」
「何を今更」
「教えて」
「……ああ、そうだよ。お前がツミナを殺したんだ。ダロの館でな」
「ダロの館……。白色の街、ダロにある、古い洋館。ツミナの、故郷」
「思い出したのか?」
 ブツブツと呟くようにしてダロの情報を口にするセツに、クサカは驚いたように問いかける。それと同時に、彼の右手から発されている黒い靄が、僅かに薄くなったように見えた。
 その問いかけに、セツは焦点の合っていない目を彼に向け、そしてぎこちない動きではあるが、ゆっくりと小さく頷いた。
「何を思い出した?」
「緑が豊かな肥沃な土壌。石灰をくり抜いて造られた建物が並ぶ、美しい街並み。ダロの街は弦楽器が有名で……」
「そんな事じゃねぇ! 俺が聞きたいのは、俺たちが知りたいのは、お前がツミナを殺した理由だ!!」
 怒鳴られ、しばし動きを止めたセツは視線を徐々に下げる。そしてまたもやゆっくりと、首を横に振った。
 ダロの街並みや、そこにいた人々の様子ははっきりと思い出すことが出来る。だが、思い出せるのはそこまでだった。頬を撫でた風も、パリィという名の果物の芳醇な香りも、今しがた感じたように思い出せる。
だが、ツミナの詳細や、自分がどうして彼を手に掛けたのか。そういった肝心の事が思い出せないのだ。
「そうか、分かった……」
 俯き、唇を噛みしめるセツへ、クサカは小さく呟いた。その声には殺気も、嫌悪も無く、彼女は驚きつつも顔を上げる。しかし、彼女を待っていたのは、友を奪われたクサカの混り気の無い憎悪であった。
「お前にとってツミナはダロの街にも劣るような。その程度の存在だったんだな」
「ち、違……っ!」
「違う? 何が違うんだよ!? お前はツミナの事を、どうしてあいつを手に掛けたかも覚えていない。つまり、あいつの事を蚊程も思っていなかったんだろ! なんで無くなった街を覚えていて、てめぇの手にかけたツミナを覚えてねぇんだよ!!」
 咆哮のような思いを吐き出すと共に、治まっていた筈の靄がクサカの右手を、腕をそして顔の半分までもを覆う。
 それと同時に彼の周囲に竜巻のような突風が巻き起こる。そこでようやく、セツは確信した。あの通常では考えられぬ威力を持った針も、岩を吹き飛ばしたのも、クサカが持っている何らかの能力なのだと。
「お前さえ、お前さえいなけりゃ……! 何でお前が生きていて、あいつが死んでんだよ!!」
 吹き飛ばされぬよう必死に踏ん張るセツへと、クサカは二本の針を投げた。
足を取られながらも何とかしゃがみ込んでそれを避けたセツだが、その針には今までの物とは違った。
ブツっという嫌な音に視線を向けたセツは、強風に煽られて飛ばされていく黒い糸の束を眺めた後、何気なしに自分の襟足を触って驚愕した。腰ほどまであった髪が、今や肩までに短くなっているのだ。
勿論、驚きの理由の殆どは密かに憧れていた長髪を切り落とされたことだが、今はそれ以上に今の攻撃のカラクリが分からないことに向けられている。
避けた筈なのに、どうして自慢の髪が刃物で切られたようになっているのか。その原理が全く分からない。
「ちょろちょろうぜぇんだよ! さっさと死ね。死んでツミナに詫びろ!!」
 動揺するセツの耳にクサカの怒声が届いた。途端、セツは考える事を止めてクサカを見る。


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