15
 あれから数十分後、セツは仏頂面でガファスの大通りを歩いていた。隣には相変わらず整った顔のエセカラがいる。
 ――はぁ、いい人だと思ったのにな。
 横目でチラリとエセカラの表情を盗み見たセツは小さくため息をついた。
 隣を歩くこの男は、道行く女性が振り返る程の美貌の持ち主だった。何故かたまに男性さえ振り返っている。ただでさえ興味を引くような美貌の持ち主だが、そこに加えて爽やかな笑顔を浮かべている。彼の本性を知らぬ女性たちはさぞかし胸をときめかせることだろう。もっとも、その実態は鬼が金棒に防弾チョッキ、サブマシンガンを装備したようなものなのだが。
 ――あーあ。とっとと桃太郎来ないものかね。
ほんの少し前まで道を歩く女性たちと同じ心境だったセツは御伽草子の中の英雄に思いをはせる。その心には、少し前までのときめき等綺麗さっぱり跡形も無く消え去っていた。

 セツがエセカラの要求を承諾した後、彼の性格は豹変した。いや、素に戻ったと言った方が正しい。
 セツに解毒剤を渡したエセカラは「誰がお前みたいな珍獣に惚れるかよ。鏡見たことねぇのか」「じゃがいも」「お前って顔面潰したの? 可哀そうな面しているよな」「酸素に謝れ」等々、噴水のごとく暴言をはいた後に、聞いてもいないのに自分はどれだけモテるかを語り始めた。
 曖昧に流せば再び暴言の嵐、真剣に聞けば「お前には無縁の話だけどな」と、鼻で笑われる。真剣に聞いても、曖昧に聞いても不快な思いをするセツは、生まれて初めてふつふつと黒い感情が沸き上がってくるのが分かった。
 暫くの間エセカラの話に耐えると、エセカラは何故セツを恋人にしたかを話し始めた。
 耐えに耐えたセツは話題が変わった事に、かなり喜んだが、話が終わった頃にはすっかりと気がまいっていた。
 要約するとエセカラがセツを恋人にしたのはこのような事があったからだった。

 外面は花のように美しいが、内面はドブといい勝負であるエセカラは言い寄る女性と取っ替え引っ替え関係を持っていた。飽きたら次の女性といった最低な行為を行なっていたエセカラは、今まで何人の女性と関係を持ったか覚えていないらしい。
 だが、ある日を境にその行為は中断される。それはある日関係を持った女がいつまでもエセカラにまとわりつき、他の女性に対して嫌がらせをしていたからだった。
 その女はエセカラがどんなに冷たくあしらっても、毎日のように仕事場に押しかけ、"私はエセカラの女"と、有りもしない事を公表しているらしい。別にそれが見ていて哀れな外見や、普通ならば問題はなかっただろう。だが、運悪くその女はガファス一の美貌と権力を持っていた。おかげでエセカラの元に来る女性は居なくなり、自分もしつこくまとわりつかれたエセカラは我慢の限界だった。
 そこで"恋人"が必要だと考えたらしい。本気で自分が愛している人物がいたら、しつこい女もいい加減諦めるだろう、と。
それを聞いたセツは思わず「自業自得だ」と漏らした。それはエセカラも薄々感じていたようで、彼は無言でセツの頭を殴り付けたのだった。

「でもさ、しつこい女がそれくらいで諦めるのかな? 余計に燃え上がっちゃいそうな気がするんだよねぇ……。それにその役、私じゃなくても良くない?」
 向かいから歩く人にぶつかりながら、セツは思っていた事を尋ねてみた。
 確かにそのような粘着質な人が、恋人がいたからといって簡単に引き下がるようには到底思えない。むしろ逆に「障害があればあるほど燃える」等と砂糖のような思考回路で「アテクシと彼の関係を乱す女マジ空気読め」と徹底的に嫌がらせをしそうだ。
「無駄だろうな」
「はい!?」
 エセカラの何の躊躇いも無い返事に、セツは思わず足を止めて彼を凝視した。
「おい、止まるな。どうせこんなことをしたって奴は逆上するだけだ。前もそうだった。一度他の女で試してみた。でもな、奴は集団でそいつを暴行した。それからその女は行方不明。まぁ、元の暮らしにゃぁもう戻れねぇだろうな」
「うっそ。私相当やばい問題に巻き込まれてんじゃん……。おっかしいな。ちょっと前まで平和に暮らしていたっていうのに」
 エセカラの恋人がどれだけ危険かが分かったセツは、冷や汗をたらしながらボソッと呟いた。仕方無しに条件をのんだが、どうやら思っていたよりはるかにまずい状況のようだ。
 状況もそうだが、何よりセツが危険だと感じているのは、昔の恋人を無くしたのに平然としているエセカラであった。
「お前なら居なくなっても問題無いだろうし……」
 にやけた表情でセツを見たエセカラは愉快そうに告げる。
 "恋人"が行方不明になれば、エセカラにも疑いが掛けられ面倒な事になる。だから身元が分からないセツは絶好のカモだった。
「それにお前腕っぷし強そうだしな。簡単にはやられないだろ」
 しかし表情を曇らせていたセツは、エセカラが最後に言った言葉で一気に笑顔になった。
 "強そう"と言われて不機嫌になる者はそう居ないだろう。男勝りなセツなら尚更だ。
「あら〜、エセカラじゃない」
 笑いすぎて気持ちが悪い。と人から見えない部分を殴られたセツは、エセカラを呼ぶやけに色っぽい声へと顔を向けた。そこには四人の女性がいてエセカラの事を艶っぽい視線で見ていた。
 やがて四人の中の茶髪で巻き髪の女がエセカラの前まで出てくる。
「今日も格好良いわね。ふふっ」
 「色気を惜しげもなくふんだんに使っています」がキャッチフレーズになりそうな程、声に色気をつけた女はエセカラの服をなぞりながら、上目遣いで言った。
 女性はとても美しいのだが、あまりに女女したその仕草に、セツは天ぷらを腹十二分目まで食べた気分になった。
「ねぇ……、うちの店にも来てよ」
「シッシはどうした?」
 相変わらずボディタッチをしてくる女の手をはね除け、エセカラは静かに尋ねた。
 頬を膨らます茶髪の女の後ろで、今度は焦げ茶色の長髪の女性が口を開いた。
「シッシ様は……」
「エセカラ、偶然ね」
 女性の声と他の女性の声が被る。
 その声に四人の女達が道を空けると、中央から長い金髪の、それはそれは美しい体と顔をした美女が現れた。美女はスリットの入った赤いロングドレスをなびかせ、エセカラノ前に立つ。エセカラと美女。並んだ二人はおとぎ話の王子様とお姫様そのものであった。
 ――絵になるなぁ。
 今日一日で美男美女のインフレが起こったセツは二人を眺めながらのんきにそんな事を考える。しかし、エセカラの雰囲気はそれとは正反対であった。
「偶然? 良く言えるな。昨日も店に押しかけて離れなかったろ」
「あら、そうだった?」
 とぼけたように言う美女はシッシというらしい。そして話しの内容から、彼女がエセカラのストーカーのようだ。
 ――この美人さんがストーカー!?
 予想外の人物にセツは目を白黒させた。
 失礼だが、セツは先ほどのスキンシップから茶髪の巻き髪の女が例の人物だと思っていたのだ。謝罪の念を込めて茶髪の女を見れば、思い切り睨まれる。「美女が一瞬で般若に!」怯むセツへと、シッシは初めて視線を向けた。
「で、こちらの随分貧相な格好をした方はだあれ?」
「貧相!? そりゃ、アンタ方からしちゃ訳あり商品だけどさ……っ」
「お前には関係無い」
 シッシの言葉を理解するより前にエセカラはセツを自分の胸元へ引っ張った。
 いきなり引っ張られ、何の心構えもしてなかったセツはエセカラの胸元に倒れかかる形になる。

 ――へるぷ! 誰かへるぷ! へるぺすみー!
 抱きとめられたセツはパニックになりながら今の状況を整理しようとした。が、残念ながら整理する事は出来なかった。予期せぬ展開と、背中から感じられるどす黒い何かが、只でさえ働かないセツの思考回路を鈍らせていたのだ。
「あ……ら、こんな型落ちみたいな女の子にあなたが……? ボランティアでも始めたの?」
「は、お前、分かんねぇ訳じゃねぇだろ。なんならここでキスでもすりゃ納得するか? 分かったらさっさと帰れ」
「うそ、まさかそれがあなたの恋人?」
「だったらどうなんだ?」
 あまりに酷い言われようだが、エセカラから解放されようともがくセツは二人の会話に注意する余裕はなかった。それどころかあの手この手で必死にエセカラから離れようとするが、肩を強く押さえつけられているので全て失敗に終わっている。
 何度か言葉を交わした後、シッシは小さく「そうなのね」と呟いた。
 その言葉を聞いたエセカラが腕の力を弱めると、セツは待ってましたとばかりにエセカラから離れた。離れると同時に舌打ちが聞こえたが、あえて聞いていない事にする。
「そう、じゃあ気をつけてね……。最近この辺りも物騒だから、前の恋人のようにならないように」
 そう告げたシッシの顔はどこか歪んで見えた。硬直するセツをよそにシッシは取り巻き達を引き連れて去って行く。
「一段落ついたな。おい、一旦帰るぞ」
 固まったまま動かないセツに、エセカラは肩の関節を鳴らしながら告げた。
 エセカラの言葉にやっと我に返ったセツは、歩き出したエセカラを追いかけた。
「帰るってどこに?」
「俺の家。何もしねぇよ、お前の事大嫌いだから。触りたくもねぇ」
 それを聞いたセツは安心しつつも、"大嫌い"と言われた事に対して密かにショックを受けたのだった。

 ・

 場所は変わりましてエセカラの自宅……の玄関。そこでセツは荷物を漁りながらドアにもたれていた。台所からはエセカラが作っている料理の良い匂いが漂ってきている。だがその分量はどう見ても一人前だ。
 エセカラは自宅にセツを招いた後、玄関から一歩も部屋に入るなと命じた後に、自分の飯くらい自分で確保しろ。と無茶な命令をしていた。ぶっちゃけるとセツに対する嫌がらせだ。
 だが、セツは狭い場所が好きな上に、母に貰った食料がまだ残っていたので、全く堪えていなかった。
「お前、飯食っておけよ」
「んー」
 そうとは知らないエセカラは整った顔に歪んだ笑みを浮かべて、玄関で荷物を漁るセツに嫌味を言っていた。
 既にセツは食事を終えていたが、自分と出会ってから水(痺れ薬入り)しか飲んでいないと思っているエセカラは、空腹のセツがいつ泣き付くかを楽しみに待っていた。
 だがセツの口から出たのは大して興味が無さそうな空返事。
 少し苛つきながらもエセカラはテーブルの上に出来上がった料理を並べ始めた。
「っおぎゃーっ!」
 水を置こうとした時にセツがいきなり叫び声を上げた。驚いて水が手にかかったエセカラは眉間にシワを寄せてセツの元へと歩み寄った。
「騒ぐな!」
「すすすすすすまん!」
明らかに挙動不審で何かを背に隠したセツを見、エセカラの顔に愉快そうな笑みが浮かぶ。
「見せろ」
 言うや否やエセカラはセツをドアに押し当てると、隠していた物を取り上げた。
「ダメだって!」
 慌てるセツを鼻で笑うと、エセカラは空いたもう片方の手で黒い布にくるまれた物を掴み、器用に布を外し始めた。
 はらりと包んでいた布が落ち、くるまれていた物が姿を現す。セツを見てせせら笑っていたエセカラの表情が、右手にある物を見た途端に凍りつく。
「あ〜あ、見ちゃった……」
 エセカラに頭を押さえつけられたまま、セツはボソッと呟いた。右手持っている物、気味の悪い仮面を眺めたまま、エセカラは固って微動だにしない。
 最初こそ哀れみ半分、ざまあみろ半分でいたセツだったが、あまりにエセカラが動かないので「心臓が止まったんじゃないか」と心配になってきた。
「……お前……お前何こんな気味の悪い仮面持ってんだよ! 気色悪いんだよ」
「知るかー! 渡された中に入っていたんだよ! 大体勝手に見たのそっちだろ!? 何だよ逆切れかよ! 心配して損した!」
 何とも気味の悪い仮面を片手にエセカラはセツに怒鳴った。しかしセツも負けずに怒鳴り返す。
「死ね!」
「あんた今死ねって言ったな! その言葉の重み分かってんのか薄らハゲ!」
「ハゲてねぇだろ死ね!」
「また言ったな! このボケーーー!!」
 ……こうしてガファスでの1日は更けていった。

 ・

 深夜のガファス――路地裏の廃屋――
 蝋燭の光の下、数人の人影が何やら話をしていた。
「今日の商品はこれで良いんだナ?」
 聞き覚えのある声の人物が指差した先には、鉄でできた籠の中で猿ぐつわをされている少女がいた。少女は怯えているのか籠の中で目に涙を浮かべてガタガタと震えている。
「い、良い娘だね……こ今回も高値で売れる」
 籠を覗き込んでいる巨体の男は、そう言うと嬉しそうに微笑んだ。
「今回はどこに売り飛ばすんダ?」
「ふん、そちらの好きなように」
 痩せた男の質問に、一人の人物は大して興味が無いように答えた。その人物がタバコをくわえると、すかさず横にいる人物が火を着けた。
「そんな事より、次に狙ってほしい奴に追加だ」
 足を組み直すとその人物は声を低くして痩せた男に告げた。
「今回捕まえてもらいたいのは……例の女とあと一人、セツという名の女二人だ。これがそいつらの写真だ」
「ンー? これは上玉だガ、この黒髪の女はそれほどだナ」
「ああ、そいつは特別でな。高く売るつもりは毛頭ねぇ。五体満足でなくても問題ない。とにかく、捕獲してくれ。……ゆっくり時間をかけていたぶるそうだ」
 そう言うと話しをした人物は楽しそうに笑った。

「もう、もうオラは……」
 物陰で話を聞いていたクサカリは、自分の腕を掴んで泣き出しそうになるのをこらえていた。

 ・

「ねえ、君名前は何て言うの?」
 ぼんやり空を眺めていたら、不意に後ろから声をかけられた。
 白に近い灰色の髪に若葉色の瞳をした細身の彼に私は淡々と返事をする。
「名前……あの方に呼ばれていたものの事ですか?」
「ううん。そうじゃなくて……」
 何故か困ったような顔で彼は言葉を濁す。あの方が呼んでいたのが「名前」でないのなら、一体何を「名前」というのだろう。
「おーい! 何の話してんだー?」
「あ、名前がね。無いんだって」
「えー? ああ、その子か。あ! そうだ、いい機会じゃないかー。自由になったんだし、現担ぎってことで全員名前変えてみようよー? よし、決まり! おーい!みんなー……」
 そうこうする内に体格の良いオレンジアフロの男性が声をかけてきて、名前について勝手に意見を言うと下の方にいる仲間の方へ走り去って行った。
「はは、あの行動力は凄いね。でも、新しいスタートってことで良いかもしれないね。ねぇ、みんなのところへ行こう?」
「はい」
「あのさ、君の名前。僕が考えても良いかな?」
「? どうぞ」
「ありがとう。じゃあ、君の名前はね……」

「セーツー!!」
 がばりと起き上がったセツは寝ぼけ眼のまま辺りを見渡した。
 見慣れない部屋、靴、そしてやけに堅い床。それらを見たセツはここがエセカラの家の玄関だという事をようやく思い出した。
「はあ、夢か」
 間接をパキパキ鳴らしながらセツは先ほどの夢を思い返す。
 初めに話しかけてきた若葉色の目をした男性の事を知っているような気がするが、どうもハッキリ思い出せない。
「あーモヤモヤする……だっ!!」
 頭を抱えて悶絶するセツに突如、鉄拳制裁ならぬ鉄板制裁が降り注いだ。
 ぐらぐら揺れる頭を押さえて振り返ると、フライパンを持ったエセカラが仁王立ちしていた。
「朝から何自分の名前叫んでんだよ? ナルシストか」
 その事には自分に非がある為、セツは何も言い返せない。ナルシストはお前だと声を大にして言いたいが、そんなことをすれば朝から無駄な体力を使うので我慢する。
 ちなみに昨日の仮面の件の後、エセカラは仮面を布でぐるぐる巻きにし、『開くな』と書いた紙を布に張り付けていた。もっとも、こちらの文字が読めないセツにとっては無駄なのだが。
「……あのさ」
 睡眠を邪魔されて苛立っているエセカラにセツは少し気まずく質問をした。
「あんた私の事嫌いでしょ?」
「ああ、嫌いってか大嫌いだな」
 当然のようにそう言うとエセカラは二度寝をする為に自室へと戻って行った。
 何となくそんな予感はしてたものの、やはり本人の口から聞けばショックは大きいもので、セツは唯一立ち入りを許可された洗面所で顔を洗うと、肩を落としたまま家の外へと出て行った。


「やっぱりショックだよなー」
 まだ日が出てから少ししか経っていないので、道に人は殆どいない。
 少し肌寒い空気の中、セツは先ほどのエセカラの言葉を思い出して落ち込んでいた。
 あの時のエセカラの表情は、無表情だった。無表情だったがあの言葉には明らかにセツへの憎しみが込められていた。
「どれが一番憎まれる原因になったんだろ?」
 思い出されるのは自分の失態の数々。それらを思い出したセツは感情が酷く不安定になった。
気持ちが不安定になったセツは何かに怯えるように辺りを見渡した。しばらく目を凝らしているともう少し進んだ所に大きな木がある事に気が付いた。それを見たセツは何かに追われるかのように急いで木に走り寄る。
 木のすぐ下まで走ってきたセツは、そっと木に触れると、額を木の幹につけた。すると先ほどまであれほど不安定になっていた感情が、嘘のように静まっていく。
 気持ちが落ち着いたセツはふうと一息吐くとそっと木から離れた。と、そこで思いがけない人物が目に入る。
「クサカリさん……?」
 セツが遠慮気味に声をかけると、反対側で木にもたれかかって小鳥に餌をやっている大柄な男がびくりと肩を揺らした。
「そうですけど、何かぁ?」
 独特の喋り方をするクサカリに、親近感を持ったセツはチャンスとばかりにクサカリの前まで寄ると、気になっていた事を聞いた。
「あの、昨日はぶつかってすみませんでした。私セツって言います。いきなりで申し訳ないんですけど、私について何か心当たりありますか?」
「セ……ツ」
 仲間に近付けたかもしれないと意気揚々のセツに反して、名前を聞いた途端にクサカリの顔は真っ青になる。
「よりによって……あんたが……」
 力無くクサカリが言った言葉に、小鳥を眺めていたセツが気付く訳もなく、クサカリがその後に言った「知らない」とだけを聞いたセツは、少しながら落胆した。
「あ、じゃあこんな感じの結晶持ってます?」
 めげずに首飾りを取り出して小さな結晶を見せると、エセカラは懐かしそうに小さな結晶を眺め始めた。
「懐かしいな……昔、かかあもそんな石を持っとった」
「本当!?」
「ああ、本当だぁ。ただ金に困った時に売ってしまった」
「売った!?」
 その話を聞いたセツは「売った」という言葉に少し疑問を抱いた。
 ノシドの母にあげた自分が言える道理ではないが、仲間を探す手がかりを売ってしまって良いものなのか? 悩むセツを差し置いてクサカリは横で話を続ける。
「オラの家、もんの凄く貧乏でなぁ。昔はそれなりに暮らせてたんだがぁ、お父が倒れてからは金がてんで入って来なくなってよぉ、それでオラが都会に出てきて稼いどるんだぁ」
 少し寂しそうに、しかしどこか楽しそうに話すクサカリの姿を悩む事を放棄したセツは笑いながら見ていた。それは家族のことになると顔を輝かせて語るクサカリに、自分と同じ臭いを感じたからかもしれない。
「家族はオラの仕送りでなんとか暮らせているみたいだぁ。……だからオラは仕事を止める訳には」
 仕事の話になった途端に表情が暗くなったクサカリを見たセツは、ある事を思い出した。

『噂だがクサカリは人さらいの仕事をしている』

 昨日、恋人のフリをするといったセツにとって嫌で仕方ない条件と引き換えに教えてもらったクサカリの情報。仲間かもしれないという事以上に、この家族思いの青年が人道を外れた仕事、人さらいをしているなどセツは思えなかった。
「あの、仕事って何をしているんです?」
 「人さらいなどという仕事は否定してほしい」そう願いを込めながらセツは思い切ってクサカリに尋ねた。辺りにいた小鳥達はいつの間にか飛び立っている。
「し、仕事は…………運送業だ」
 クサカリがしどろもどろ返した返事にセツは安堵のため息をついた。
 ――良かった、やっぱりこの人は人さらいなんてしていない。
 顔に笑顔が戻ったセツは何となく感じた事を俯いているクサカリに聞いた。


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