男斗雌
 聖夜。
 とある古城でどんちゃん騒ぎをする賊があった。
 中心で酒を呑んでいるのは、スキンヘッドにボディービルダーも裸足で逃げ出す程の筋骨隆々の肉体。筋肉で造形された眉に、良い声を通り越して怖い位の低い声をした、外見は漢。けれど心は乙女。そんな心と体がちぐはぐなムヘールであった。
 しかし、ムヘールは最初から乙女であった訳ではない。昔の彼は心も体も男であった。
 何故、彼が今のようになったのか。今、それを知るものは殆どいない。


 21年前。まだムヘールが17歳で、オカマのオの欠片も無かった時。砂漠の集落から上京した彼は今以上に冷酷かつ残虐な賊であった。
 潰した集落は数知れず。殺した数は星の数程。その手法は刺して、燃やして、潰して沈める……。等々。その辺の料理人の料理のレパートリーより多かった。
 そんな彼の噂は瞬く間に広がり、各軍事国家には勿論の事。ド僻地で無い限り知る人はいない状況となっていた。
 そこまで有名となれば討伐隊が許しておく訳がない。が、皮肉にもその噂は彼の強さに興味を持った者を呼び込み、時間が経つにつれて彼の元へは選りすぐりの悪党が集うようになった。

 ムヘールは驚くほど強く、そして何故か人を必要以上に憎んでいた。だがその獣じみた強さが、狂気が、ムヘールの元に集った者の心を鷲掴みにしていた。
 一度、ある男がムヘールに聞いた事がある。何故、故郷を捨てて出て来たのか。と。
「おれは故郷を捨てた訳じゃない。守るために出てきたんだ」
 このムヘールの言葉に男達は大きな感銘を受けた。
 自分を含め、このような道に堕ちた物達の理由は胸を張って言えるようなモノではない。身分も金も無く、仕方なしにその道に堕ちた者。又はコレが病み付きになったどうしようもない者ばかりである。
 だがムヘールは違った。彼は故郷を守る為、誰に言われるでもなく自らこの道に堕ちたのだ。
 酔狂な彼に、一生付いていこう。故郷に愛情深く、その他には愚かな君主に一部の者達は一生の忠誠を誓ったのだった。
 そして季節は巡って16年前。ムヘールが22になった年、向かう所敵無しであった彼等は、ある集落でこの後の人生を大きく変える出来事に遭遇した。


「おい、集落だ」
 前に襲った村で強奪した馬に乗ったムヘールは、多くの風車がある自然豊かな集落を見付けた。
 崖の上から見ていると、アフロ頭の小さな子ども達が楽しそうに遊んでいる姿が見えた。これから起こる事を知らずにはしゃぐ子どもは、彼等にとっては滑稽な者以外の何物でもなかった。
 虫でも見るように目下の集落を見下ろすムヘールと彼の仲間達。彼等はこれから始まるであろう狂乱に、胸を踊らせていた。
 しかし、それを遠くで見つめる一つの人影があった事に、彼等は気付かなかった。

 日暮。
 崖を駆け降り、ムヘール達は目的の集落へと馬を急がせていた。
 あと数分で始まる狂気の宴に、皆一様にして心を踊らせていた。だが、その胸の高ぶりは次の瞬間には崩れ去る事となる。
 プチ。
 不意に後方で響いた軽い音に、ムヘールに続いて走っていた男は振り返った。
「何だ!?」
 男の目に映ったのは、横の草むらから大量に転がる拳大の石ころ、そしてそれに足を取られて次々と転倒していく仲間達の姿であった。
「此処で止まる奴は置いていく!」
 ムヘールの言葉に冷静になり、男は振り返るのを止めた。しかし、その後も落とし穴や、丸太の振り子等、ムヘール一行は様々な罠に苦しめられる事となった。
 そしてようやくの思いで集落へと着いた頃には彼等の人数は十数人と、非常に少ない数までに減っていた。そしてようやく着いた集落も、普通では無かった。上からはかなりの数が確認された人が、全く居ないのだ。
 今までに仕掛けてあった数々の罠。そして人っ子一人いない集落。これが誰かの陰謀である事は誰の目から見ても明らかで、初めてこのような目に遭ったムヘールは激昂していた。
「ゴルァ! 仕組んだ奴出て来い!」
 馬から下り、ムヘールが一歩前に出る。
 途端、今まで彼がいた場所から一味の最後尾まで、下から鋼鉄の檻が出てきて彼等を封じ込めた。一人だけになったムヘールは、益々怒りを露にして、誰とも分からぬ仕掛人にとても文字に出来ない罵声を浴びせた。
「メリークリスマース!」
 不意に場違いに明るい声がして、ムヘールは血走った目で声がした方を見た。
 良く見れば、ある民家の屋根で満月をバックに立っている一人の人物がいた。
「誰だテメェ」
「サンタさんだよー」
「ふざけんな!」
「ふざけてなんかいないよー。本当だよー」
 そう言って、サンタと名乗った人物はこれ見よがしに後ろを向いて、明らかに大きすぎる袋を揺らして見せた。
 予想外の展開に呆然とする檻の中の男達、サンタと名乗る妙ちくりんな男におちょくられ、怒りを露にするムヘール。そして尚もサンタアピールをする謎の人物。何とも言えない空気であった。
「テメェ、ふざけてると殺すぞ!」
 怒りの頂点に達したムヘールが屋根の上でダンスを踊っていたサンタにナイフを投げ付けた。鍛え上げられた筋肉により投げ付けられたナイフは、真っ直ぐにサンタへと飛んで行き、そして、その頭を貫いた。
 一秒、二秒、永遠にも思われる沈黙が流れる。そして等々サンタの体が崩れ落ちた。
「なーんてね、アフロに刺さっただけでしたー」
 崩れ落ちた振りをしただけだったサンタは、残念でしたー。と楽しげに言うと帽子ごとアフロを刺したナイフを引き抜いた。
 今まで背負った袋が影になって分からなかったが、サンタはアフロだったのだ。
「君、ふざけてるとって言ったよね」
 唖然とするムヘールにサンタは今までと違い、静かな声で尋ねた。
 妙な気迫に圧され、吃りながら返事をするムヘールにサンタ厳しい声で告げる。
「ふざけているのは君達だろう。罪もない人を殺め、血を流させ、未来を奪う。それがどんな悪行で許されざる事か分かっているか?」
「関係ねぇ。外の人間であれば殺すだけだ」
「やれやれ。最近の子はまるで反省しない。けどね、今日でその考えは改める事になるよ。俺の子そ……間違えた。聖夜にそのような悪行に手を出したが、年貢の納め時だー! ……して君達。サンタさんはご存じかい?」
 何やら口走りかけた自称サンタがムヘール一味に話しかける。だが当然、誰も返事は……、
「良い子にプレゼントをくれる人!」
 しかし檻に入っていた仲間の一人。通称ヌガーファングが元気良く答えを返してしまった。ヌガーファング、本名サトウは大のおばあちゃんっ子で前世界のおとぎ話が大好きだったのである。
「ピンポーン! 大正解だよー」
 正解を貰って嬉しがるサトウであったが、周囲の視線を感じて直ぐに黙り込む。空気読めよと、皆が思った。
「でもね、サンタさんはもう一人いるんだよー」
 言うや否や、サンタは着ている服を破った。下から覗く服は月明かりに照らされ、黒色だと分かった。
「悪い子の家には、黒いサンタが来るんだよ」
 ヒヒヒと笑い、黒い服を纏ったサンタは袋から何かを引きずり出す。月明かりに見えたそれは、動物の生肉であった。
 凍り付いた彼等の前で、黒いサンタは尚も説明を続ける。
「黒いサンタはねー、悪い子を生肉でぶって……」
 突然、サンタの姿が消えた。どこへ行ったのかとどよめき立つ一同の耳に、ギャッという悲鳴が聞こえた。
 見てみれば、檻の後方にいた仲間が、いつの間にか現れたサンタによって生肉でぶたれ、倒れていた。
「袋に詰めて何処かに連れて行くんだよ。あ、心配しなくていいよー。生肉に皮膚から浸透するしびれ薬塗ってあるだけだから。あ、ちなみに意識はしっかりあるからねー。じゃないと教育にならないでしょー」
 月明かりに照らされたサンタは、オレンジ色のアフロを月に反射させて無邪気に笑った。凄まじく怖い笑みであった。
 そしてサンタは慌てふためく賊達を檻越しに次々と生肉でぶっ叩いて行く。その姿は正に鬼。気が付けば、立っているのはムヘールだけとなっていた。
「お前、一体……!」
「だからサンタさんだってば。強いて言うなら、愛する者を守る正義のサンタさん。かな?」
 そう言って、サンタは頭に被っている帽子を脱いだ。真ん丸なアフロに人懐こい目。それは昼間に見た子どもと良く似ていた。
「あんた、もしかして此処にいる子どもの父親か?」
「うん。口調が優しくなったね。良い感じだ。ううん。俺は父親じゃないよ。けど、似たような存在。ずっと、ずーっと昔から彼等を見守っている。いつまでも愛しているからね」
 そう言ってサンタは生肉を構えた。同じようにムヘールもナイフを構える。けれど、その目には今までのような狂気は映っていなかった。
「おれも、いつかあんたみたいになれるだろうか?」
 初めて口元に笑みを浮かべ、ムヘールはサンタに問うた。するとサンタはにっこり笑い、成れるよと、嬉しそうに言った。
 直後、ナイフを落としたムヘールの右頬に、生臭い臭いと嫌な感触がフルスイングで叩き込まれた。
 目眩がするような地味な痛みの中、ムヘールは心に沸き上がる、初めての感情を感じていた。

 ・

「今年も、会えなかったわ……」
 皆が酔い潰れ、静まり返った古城でムヘールは夜空を見上げてポツリと呟いた。
 誰に会えなかったのか、当時を知っている者は皆知っている。けれど、あれはある意味今でも悪夢に見るようなものなので、好んで話題に出す者はいなかった。
「嗚呼、愛しのサンタ様。私は貴方に会える日をただひたすら待っております。ずっとずっとお慕いしております……」
 生肉でぶたれ、少し性格を強制され、かなり趣向が変わってしまった乙女、ムヘールは何処に居るか分からぬンタへと静かに愛を囁いたのだった。


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