プレゼント大作戦
 時刻は深夜。場所はとある町。雪だけが静かに降り積もる町は静寂に支配されていた。
 そんな中で二つの影が動いていた。
 近付くにつれ、二つの姿と会話が明らかになる。それは赤い服に身を包んだクロハエと、クサカであった。
「よし、始めようか!」
「……俺帰る」
 赤い服を着、真っ白な袋を背負ったクロハエは小声で何かの開始を宣言した。ちなみに、クロハエは赤い帽子を着用しているのだが、アフロが災いして帽子が卵を飲み込んだ蛇のようになっている。
 何やら楽しげなクロハエとは反対に、寒さに腕をさするクサカは即座に踵を返す。が、クロハエは閃光のような素早さで彼の腕を掴んで離さない。
「何で帰る? お楽しみはこれからだぞ!」
「何でって……、じゃあ逆に聞くけどよ、何で俺がお前の趣味に付き合わなきゃならないんだよ」
 クサカのもっともな疑問を聞いたクロハエは、待ってましたとばかりに腕を広げる。すかさずクサカは逃げ出そうとしたが、やはり捕まってしまう。意外に反射神経は良いようだ。

「今日はクリスマスだぞ。子どもが大好きクリスマスだぞ。放っておくには勿体無いだろ」

 何が勿体無いのだと尋ねてみれば、分かってないなと小馬鹿にしたように返される。その態度に苛ついた。
「俺達も一年中頑張っている訳だしさ、プレゼント欲しいだろ? そこで俺が皆にプレゼントをあげようって訳」
「大人にプレゼントしてどうするんだよ」
「大人がプレゼント貰っちゃいけない決まりなんて無いぞー」
「……別に俺じゃないといけない理由は無いよな?」
「いや。ケミは寒さに弱いだろ。ココーは何するか分かったもんじゃないし、セツつい最近まで未成年だった訳でしょ? つまりは主役。だから消去法でお前しかいないんだよ」
 消去法かよと呟きながら、クサカはやたらに目立つ格好をした、年と体の大きい仲間を見てため息を吐いた。きっと、クロハエはセツと同じ位精神年齢が低いのだろう。
 だから、な。と言い、クロハエはクサカの腕を引っ張って路地裏に連れて行く。何が「な」なのか、此方が承諾した覚えは一切無いというのに。
 昔からクロハエはこうだ。自分の趣味に他人を、主にクサカを巻き込んでいた。馴れ合いを求めないクサカにとって、それは非常に鬱陶しい事なのだが、巻き込まれる事をそれほど嫌っていないのも事実であった。恐らく、クロハエの人柄がなせる技だろう。
 直ぐに終わる事ならば協力するか。そう思った矢先、クサカの表情は凍り付く。無理もない。満面の笑みを浮かべたクロハエの手にはトナカイの角が付いた茶色の全身タイツが握られていたからだ。
「俺、やっぱり帰る」
「なんでっ!? 五千eもしたんだぞ」
「お前馬鹿だろ、無駄に金を使うな!」
「無駄だと? お前分かっていないな」
 やれやれと肩をすくませるクロハエに、若干苛立ってきたクサカはせめて理由だけでも聞いてやろうと腕を組む。
 あのタイツを着るのは御免だが、しっかりとした理由があるなら是非とも聞いてみたいと思ったからだ。
「男とはロマンに生きるモノだろ。その為には金ぐら……。ってコラ! 何処へ行く!」
 期待した自分が馬鹿だったと、今日一番のため息を吐きながら去って行くクサカを、クロハエは必死に引き止める。
 それに対抗し、クサカも言い訳を口にした。
「いや、俺仏教徒だし」
「何ていう事言うの!? だいたい、お前殺生しまくっているから、とっくに破門されているだろー」
「大丈夫だ。僧兵がいた時代だってあったんだからよ」
「だから、そういう話題止めろって! 問題ありすぎるって」
 それもそうだと考えたクサカは、次にどんな言い訳を付けてクロハエから逃れようかと考えたが、今までクロハエの趣味から逃れられた試しが無いと気付く。
 胸糞悪い結果にうんざりとした心もちで顔を上げると、不必要なまでに目を期待に輝かせたクロハエと目が合う。その眼差しに、無意識に諦めの笑いが漏れた。
「……そっちの赤い服なら付き合ってやるよ」
「さすがクサカ! 信じてたよー」
 大の大人の子守も、たまには良いかと、クサカは苦笑を溢すと共に白い息を一つ吐いた。

* *

 草木も眠る丑三つ時。
 夜の闇に紛れて動く屋根の上を歩く二つの影があった。
 先頭を行くは奇妙な頭に角のような物が付いた怪しい影。それに続くは至極だるそうに歩く影だった。
 やがて二つの影は宿屋の屋根に渡った途端に、立ち止まって部屋の窓を覗き込む。
「よし、今から忍び込むぞ」
 逆さまの状態で窓越しに室内を観察したトナカイの姿に扮したクロハエは意気揚々とした調子で背後で控えるクサカに声をかける。恰好こそトナカイなものの、慣れた動作で壁づたいに進んでゆくその姿は子ども達に夢を与える存在ではなく、明らかに不審者だ。
 だがクサカは異様にテンションが高いクロハエとは反対に沈んでいる。どうやら今更自分の判断が間違っていたと気付いたらしい。
「……今まで絶対侵入した事あるよな」
 まるで猫のようにスムーズに室内に侵入するクロハエを見て、クサカは最年長の仲間が侵入の常習犯だという事を確信する。
 一足先に室内に侵入したクロハエは窓際にあるベッドの側で、早く来いとクサカを急かしていた。何事かと少し早足で室内に入ると袋を渡せと命じられる。
 泥棒紛いの事柄に付き合わされた上に、命令された事に怒りがわき上がったクサカは乱暴に袋を投げつけた。すかさず非難の声が上がるが知った事ではない。
 本日何度目か分からないため息を吐くクサカだが、クロハエが枕元で騒がしく袋を掻き回すのに、背を向けて寝入るココーに疑問を抱く。あのココーが侵入者に気付かない等あり得ないからだ。
 訝しげに首を捻っていると、プレゼントを置き終えたクロハエがどうした? と尋ねてきた。だが答えるより早くクサカの表情から疑問を読み取ったクロハエは、
「夕食の時に結構な量の薬を盛ったから起きないぞー」
「ちょっと待て。もしかして全員に盛ったのか?」
 危険な発言に、珍しく危機感を抱いたクサカは窓から出ようとしていたクロハエを引き止める。
「いや違う」
 その答えにほっと胸を撫で下ろすも、
「俺とクサカ以外だよ。だってほら、途中で起きられちゃ怖いだろ?」
 そんな発言をするお前が一番怖い。クサカの心中を知ってか知らずか、クロハエは窓を出て隣の部屋へと向かう。その後ろ姿はもはや不法侵入の常習犯にしか見えず、クサカは人知れず鳥肌を立てた。
「ケミのプレゼントは……これっと」
 女の部屋に侵入したクロハエはケミのプレゼントを枕元に置くと、向かいのベッドに寝ているセツへ視線を送る。そこでクサカがセツのベッドを見下ろして微動だにしない姿を見たクロハエは、危機感を抱いて直ぐ様駆け寄った。
「おっお前っ」
「別に何もしてねぇよ。それより見てみろ。あいつ居ないぞ」
 鬱陶しそうにクサカが布団を捲ると、そこにはいる筈のセツは居らず、横たわった形跡さえ無いまっさらなシーツのみがあった。
 セツはケミと同室の筈なのに何故居ないのか。摩訶不思議な現象にクロハエとクサカは揃って首を捻った。
「あー、もしかして隣にもう一つ部屋を借りたのかな? ケミ、今日は酷く不機嫌だったからさ」
 クロハエの立てた仮説に、クサカはそうかもなと同意する。それは心からそう思ったのではなく、只単に早く終わらせたいからであった。
 いそいそと窓から外へ出て行くクロハエを見ながら、クサカは何気無しにセツが寝ている筈だったベッドにポケットに入っていた紙切れを放った。
 直後、隣の部屋からクロハエの呼び声がし、クサカはため息を吐いて部屋から出たのだった。

* *

 翌朝、噴水前でそれぞれ貰ったプレゼントを持つ仲間達を見て、クロハエは満足そうに微笑んだ。しかし、何故かそこにセツの姿は無かった。
「なあ、ココー。セツは何処に行ったんだ?」
 クロハエがプレゼントした"正しい話し言葉"という本をパラパラと捲るココーに尋ねてみると、彼はさぁなと言っただけで明確な答えは返って来なかった。
 すると養命酒をプレゼントされたケミがにやにやと笑いながら、
「抽選会に行ったわよ。どこかの素敵なサンタさんが抽選券をくれたみたいで」
「……抽選券?」
「何惚けてんのよ。あげたんでしょ?」
「え? 抽選券なんて知らないぞ。だって……」
 見に覚えのない話に戸惑いを隠せないクロハエだったが、町の奥から聞き覚えのある声がし、直ぐに視線をそちらに向ける。
「当たったーっ! 干し柿五十個当たったよー!」
 見てみれば、両手に大量の干し柿を持ったセツが意気揚々と走って来た。
「セツ、プレゼントって何を貰ったんだ?」
「え? 抽選券。ベッドの上に丸めて置いてあったんだ。朝、ベッドの下から出てみてびっくりしたよ」
 あろう事かセツはベッドではなく、ベッドの下で眠っていたのだった。そのせいでクサカとクロハエは見付ける事が出来なかったのである。
 あのゴミ抽選券だったのか。密かに舌打ちをするクサカを他所に、抽選券なんてプレゼントをした覚えは無いよと言えないクロハエは「良かったね」としか言えなかった。
 憎らし気に、そして困惑気味にセツを見つめるクロハエとクサカだったが、共通して思う事があった。それは、自分達がプレゼントを渡した相手は一体誰だったのか。という事である。

「ロォオーラちゃああーん! 見て、サンタさんが私にリボンをプレゼントしてくれたわあぁあー!」

 晴れぬ疑問に二人が首を傾げて歩く中、例の宿から野太い歓喜の声がした。


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